8月7日ー2
トラックは横道に入り、木々がはみ出す坂道を下っていた。
暫く木々が続き、また畑が見える。なにも植えられていない畑ともう誰も使っていなさそうな倉庫が見える。
それから家が見え始めた。築何年だろう、古い瓦の木造らしき家が数軒、ぽつぽつと見えてくる。窓が割れていたり住んでいる様子が見えない家もあった。
木々が開け横からその景色が開かれる。
そこには少し物静かな町が広がっていた。マンションやオフィスビルなんて、そんな建物は一切見えず、瓦屋根の家々が立ち並んで見える。
来たことがなくても懐かしさを覚えるような、田舎の港町の景色といったところだった。
家が両側に並ぶ道に入っていく。
道は整備されていたが車がやっと一台通っていける程度の幅で、都会にあるような整った十字の道はない。
通っていく間、家を何十軒も見たが人の様子がほとんど確認できなかった。
いくつかは風鈴が飾ってあったり、庭がきちんと手入れされていたが、3割ほどの家は空き家のように風化したような家だった。
その道を進んでいき、曲がってすぐの家の前でゆっくりとトラックは止まる。
「ついたぞ、降りろ」
おっさんが運転席からそう呼びかけてきた。
「降りようか」
「うん」
俺は先に降りてすずを受け止めた。
助手席から少女が降りてきてこっちに向かってくる。
「雪華、お父さん隣にトラック止めてくるから、先にその子ら入れてあげといてくれ」
この少女は『せつか』というらしい。
てかお父さんだったのか、おっさん。考えてみれば結構当たり前の光景ではあるのだが、あまり風貌お父さんらしくないというか。
「えっと、よろしくな」
と俺は手を伸ばした。
「……うん」
あまり気乗りしてないように顔を逸らしながら、不機嫌そうに雪華は握手を交わしてくれた。
うーん、人見知りなのかな。
「わたしも、よろしくね」
意を決して俺に続いたすずが手を伸ばしたが、迷ったように雪華は手を引っ込めてしまった。
「あれれ……」
そのまま雪華は気まずそうにそそくさと、塀の門から玄関の方へと足を伸ばしていった。
手を伸ばしたまま、餌を取られたチワワのような表情でこちらを見てきた。
この世界が漫画なら、すずの頭の右上あたりに「クゥーン」なんて擬音がついていることだろう。
「こんな短時間で嫌われちゃったのかなぁ」
「多分、違うと思うよ」
まだ心の準備ができてないだけ、そう思う。
「あの、どうぞ」
雪華が小さい声でそう言いながら引き戸の玄関を開けそこに待っていた。
「今行くよー!」
すずは真っ先に駆け出し、その元に走っていく。随分と元気なやつだ。
俺もその後を駆け足で追った。
「えっと、こっちが客間なので、ここに待っててもらっていいですか」
「あの!!」
すずがいきなり手を挙げた。
「な、なんですか」
「トイレどこですか!!」
ほんとに元気だなこいつ!!
「えっと、廊下を進んで曲がったところの扉に」
「わかった!ばいばーい」
呑気過ぎるのでは。すずはこちらに小さく手を振りながら、客間を出て行った。
「ありがとな、俺まで上がらせてもらって」
「いえ、二人とも記憶喪失なんですよね。でしたらそんなこと気にしてる場合じゃないと思います」
「あ、敬語使わなくてもいいよ。というか状況的には多分俺の方が敬語使うべき立場だし」
「いえ、年上の方なので」
「そ、そうか」
「……」
少し距離を感じてしまう。出会ってから間もないから仕方ないことではあるのだが。
しばらくの沈黙を破ったのは雪華の方だった。
「あの、二人はいつ会ったんですか?その様子だと私達以外に人に会ったことがなさそうな……」
「つい30分?40分前くらい?俺たちはあそこの砂浜で目が覚めたんだ。名前もその場でそれっぽく決めたんだ」
「え、」
驚くのが当然の反応である。自分も未だにわけがわかっていないのだから。
「先にあいつ、すずって名前で呼んでるんだけど、あいつが目覚めて横で寝てた俺を流木でぶっ叩いてきたんだ」
ええっ、と雪華が少し驚いたように笑う。
「だ、大丈夫だったんですか、それ」
「いや、痛かったなぁあれは。ゲームの世界だったらクリティカルって出てKOされてる。
せっかく目が覚めるところだったのに、即刻ログアウトさせられるところだった」
その言葉を聞いてまた少し雪華は笑った。
「会ってすぐにしては、二人は仲がいいんですね」
「まぁ初めて会ったのがあいつってか、その場にあいつしかいなかったわけだし
二人とも記憶喪失で、境遇が同じだったから、なのかな?」
単純に、あいつが人懐っこいだけかもしれない。
「でも、本当になんにも覚えてないんですか?砂浜に来る前何をしていたのか、とか」
「それが覚えてないんだよなー、なんでか抜け落ちたかのように全部記憶にないんだ。思い出せるような気もしない」
「そうなんですか、記憶が戻るといいですね」
「雪華さん、えっと雪華ちゃんは俺のことどっかでみたことあるみたいなことはない?」
「残念ながら、お役に立てずすみません」
「じゃあ、……」
一瞬すずのことを聞こうとしたが、やめた
「そっか」
と引き戸が開く。
「お、二人とも、女の子の方はどうしたんだ?」
「あいつなら、……お花を摘みに行ってます」
「そうか。そうだ、お前名前は?」
「本当の名前はわからないんですけど、汐音って今は名乗ってます」
「汐音か、じゃあ女の子の方は」
と廊下から、
「すずです!」
「すずって言うのか。にしても、本当に似てるなぁ。生き写しみたいな」
雪華に比べてなんとも思ってないように見える。
「おじさんは、あんまり姉に似てることに対して、気にしてないんですか?」
少しトゲがあるような言い方をしてしまったかもしれない。
「気にはなってるけど、別人なんだろ?あんまり人と重ねて見るのは失礼だと思うからな」
「それは、まぁ、そうですけど」
「それでお前らだが、警察にでもかけてみるか?多分それが一番早いと思うが」
現実的だ、例え自分の身元が見つかっても見つからなくても通るべき手段だろう。
でも、
「いえ、今は遠慮しておきたいです」
理由はただ、まだ自分のことを知りたくない。それだけだった。
「そうか、しばらくうちにいるといい」
おじさんは俺の気持ちを悟ったように返した。口ぶりからなんとなく俺たちのことを知っているように感じてしまった。
「すみません、お世話になります」
「お世話になります!!」
廊下でボケっと話を聞いていたすずも、そこでぺこりと頭を下げる。
「っと、今は……、2時過ぎか。うちにはとくになにもないし一旦お前ら外回ってみてきたらどうだ?町一人でも歩けるように知っておいた方がいいだろ」
「は、はい」
「雪華、まただがこいつらを連れてくれないか。店と、公園と、あと港くらいか?」
「う、うん」
「お父さん、少し休んで夕飯作っとくから」
「じゃあ、行きますか」
雪華ちゃんはこっちに振り向いてそう言った。
ここに来たばかりだがすぐに出ることになった。
玄関口で、
「そういえば、俺たち、靴ない」
「じゃあ、お姉ちゃんの靴いくつか残ってるので、その靴を貸しますね」
「いいの?」
すずがそう言った。
「ずっと置いてても意味、ないですから……」
「そっか」
とスニーカーを二つ出してきた。すずはピンク基調の、俺は青いストライプ線の入ったスニーカーを取った。
「少しきつい、けど履けるかな」
つまり、俺入らないのでは。
その通り、入らなかった。
「お父さんの靴、……はちょっと大きいですよね。じゃあ」
シューズのクローゼットが見える。引き戸で全部が丸見えになっていて目に入ってしまった。
中には左上におっさんのらしき大きい靴がいくつか、あとは右上にハイヒールや、普段使い用かスニーカー、左下にさっきのスニーカーと含めて3足ほど雑多に、右下には同じくらいのサイズの似た靴が4足並べてあり、だいたい4つの区域に分けてしまってあった。
と目当てを見つけたのかサンダルを出してきた。
「見つけました、これならサイズはあまり気にしなくていいはずです」
「おう、ありがとう」
誰のサンダルだろう?まあ余計な詮索はせずに履いた。
「これならいけるな」
「よかったです。じゃあ、出発です」