8月12日ー2
台所に向かうが、すずが一向に着手しようとしない。
「汐音、致命的なことに気づいたよ!」
「おう、来たらお前キョロキョロするんだもん。俺もなんとなく察したわ」
「昨日のお昼が初めてだから、昨日使ったものくらいしか置いてあるものの場所がわからない!」
俺は初日に一応台所をある程度見たが、料理はしていない。すずに関しては多分昨日が初めて台所に入った日だろう。
「昨日、すずは教えて貰わなかったんだな。雪華も少し抜けてるところあるから、言い忘れたのか」
「んー、パスタにする?ミートソースパスタ」
こちらに振り向いて、そんなことを言うすず。俺は躊躇い気味にそれの返答をした。
「作ってもらう側だから文句は言えないけど、朝割と控え目な人だから朝パスタは少しきついわ俺」
「じゃあ汐音は素パスタ?」
飛躍しすぎる。ミートソースパスタはパスタのカテゴリの中ではかなりカロリーが控え目ではあるのだが、より軽いもの、例えば和風パスタとかがあるだろう。
「貧乏人レシピかよ。そんなことしたら雪華が俺になにか作ろうとする未来が見えるわ」
「それは愛されてる自覚だね、嫉妬です」
「まぁ伊達にお兄ちゃんやってないから」
「まぁ冗談はさておき、もうちょっと冷蔵庫の中探ってみますかー」
そう言いながらバーンと、すずが片開きの冷蔵庫を開く。
この家の冷蔵庫はあまりものが入っていない。冷凍庫に、いくらか冷凍食品が保存されている。
今までは2人で、食べたいときに食べる、作るのがめんどくさいときはインスタントや冷凍食品で済ませるようなその日暮らしのような生活を送っていたのだろう。
すずと俺が来たことで、この家庭に賑やかさと、食事の彩りが戻ってきたのなら、俺たちが出会えたのはいいことだったのだとしみじみ思う。
「昨日、そういえば親父が買い足したって言ってたな、ポークウインナーとかならあるんじゃないか?」
「あー、アイス溶けてるー。アイス冷蔵庫に入れたの誰だよぉ」
突然そう言われ、昨日の記憶を思い出す。昨日の俺がなんとなくで入れた描写が脳内に浮かび上がってくる。
確か、冷凍食品と目に見えたアイスを冷凍庫にぶち込んだあとに残りを全て冷蔵庫に放り込んだ気がする。どうやらその中にはまだアイスが残っていたらしい。
「犯人俺だわ、昨日割と適当に分類したから」
「まぁ安いやつだからいっか、ガリガ……、かき氷を封じ込めたソーダ味のアイスキャンディー」
「……、ありがとう?」
「どういたしまして、汐音が食べてね。あと今度コーラ味のやつ買ってきてね」
「コーラ味見覚えは全然あるけどコンビニにあるのあんまり見たことがないんだよな」
「そうなんだよね、なんでなんだろ。コーラ味わたしの中ではかなりメジャーな味だけど欲しいときに売ってない」
「ああ、そういうのあるよな。そういえば、パッキンアイスっていうの?あれ昨日調べたんだけど、コーヒー味がもうなくなってるらしい」
「ええー、どこかが売ったりしないのかな。ああいうの、どこでもスーパーにありそうな感じするのに」
「どこにでもありそうなものってのは、結構この世からなくなってるんだなぁ、悲しきかな」
「んーっと、汐音朝に魚はいける?」
「焼き魚か、多分サンマとか鮭はちょっときついけど白米とお茶と一緒なら中和できる」
「見て、鮭あった。じゃあ、今日はお米にしよっか。お米は汐音に任せるよ」
鮭が2切れ、パックにあった。
「これ2切れだけど、どうすんの?すずと雪華で?」
「こんなに食べれないよ。4等分して、1人半匹だよ」
「ああ、それなら朝ご飯にちょうどいいかもな。
で、何合炊けばいい?4人分だと2合くらい?」
「今日もおじさん釣りに行ってるみたいだよ。鮭は切って残しておくけど、おじさんの分はまだ焼かないー。昨日みたいに夜帰ってくるかもしれないし。
汐音があんまり食べないなら1合でも間に合うかも」
「りょーかい」
そう言いながら、米のありかを探す。炊飯器は卓上に見えるのだが、米がどこにやら。
探していると、ギシギシと階段を降りる足音が聞こえてきた。
「おはよう、お兄ちゃん、すずちゃん」
台所の入り口に顔を向けると、ピンクのパジャマ姿の雪華見えた。起きてからすぐなのか、少し寝ぐせが見える。
「おはよう、雪華」
「おはよ!あれ?起こしちゃった?」
「この時間はいつも起きてるから、お兄ちゃんお米はその隣の戸の中」
そういいながら俺が探っていた棚の隣の方を指さす。その戸を開くと、精米された米が入っている透明の容器が見えた。
「ここか、ありがとな。雪華は、部屋でゲームしようとしてたけど、下の台所で困ってるらしい声が聞こえてきたから、そういえば物の場所教えてない!って思って降りてきたらしいよ」
「汐音、なんかの能力に目覚めたの?エスパー?」
「いや、なんとなくそうかなって」
「お兄ちゃん大体正解、ゲームはしようとしてないけど」
「くっ、外れたか。部屋にパソコンあったからいつもゲームしてんのかなって」
「お兄ちゃん……。多分、それ全国の引きこもりの人の心にナイフグサグサ刺してるとこだよ」
「全国の引きこもりの皆さん、ごめんなさい」
「お兄ちゃんそれ、もっと最悪だよ」
「じゃあどうすればよかったんだ……」
俺とすずは大丈夫だと言ったが、雪華はそのまま朝食作りを手伝ってくれて、そのまま3人で朝ご飯を食べた。
昨日の通り3人でまたゲーム、俺の特訓目的で。
雪華は、かなりゲームが上手い方だと思う。素人目だとどのくらいかと表現するのが難しいが、多分すずの10倍くらいは上手い。
そのまま昼までゲームをして、途中で抜けたすずが昼食を作る。お昼はそうめんだった。なんとなく昼に麺を食べる流れができてきている気がする。
ふむ、明日はうどんだな。
昨日と同じ流れで、俺と雪華が読書。すずは寝……ることはなくゲームをまたしていた。
お昼3時くらいになって、雪華が立ち上がって言った。
「お菓子買ってこよう!」
「おお、どうしたいきなり」
「やっぱり子どもこそお菓子を食べてなんぼだよ」
「大人でもお菓子は全然食べていいと思うけど。うーんポテチ食べたいな」
「わたしはチョコ、なんでもいいけど苦いやつはやだ」
「えぇ……私1人で行くの?」
「すずは、それ途中だよな。俺がいくよ、付き添い」
「おお、汐音は人を慮れるね」
「慮られる、かな多分」
「ら抜き言葉警察だ!ネットで見たことある!」
「日本語って、難しいな」
すずがこちらに振り向くこともなく「だねー」と言うのをよそに雪華を連れて家を出た。
「えーっと、どこにあるんだっけ」
……歩き出したのはいいが、別にここの土地勘が培われているわけじゃない、雪華に付いて行くしかない。
「すぐ近くのところはもしかしたら今日は閉まってたかも、遠い方でいい?」
「閉まってるなら、遠い方しか選択肢がないだろ、それでいいよ」
「お兄ちゃん、なんとなく私にも遠慮がなくなってきた感じ?する」
「あ、ごめん、嫌だったか?」
「んーん、全然。むしろこっちの方がいいよ。だってもっと私もお兄ちゃんと、すずちゃんみたいに気兼ねない仲になりたいもん」
「健気だな」
「そういえば、お兄ちゃん。私さ、9月になったら学校に行こうと思うの。最後の、中学3年生の歳だし」
「へぇ、そりゃまたなんで」
「んー、なんでかな。お兄ちゃんみたいになりたいから?」
「俺なんかいいことしてるっけ」
「お兄ちゃん、記憶を戻すために聞き込みしたり、昔の友達に会ってるでしょ?」
「あれ、なんで知ってるんだ?」
「聞き込みをしてるってのは、お父さんが噂話で聞いたってのをまた聞きしただけなんだけど、
昨日遅いから見に行ったら、蓮くんと話してたの見えたから。ちょっとだけ聞いちゃった。ごめんね」
「いや、別にいいんだけど、なんでそれが学校に行くことに繋がるんだ?」
「過去の記憶がないって本当はとっても不安なことだと思う、でもお兄ちゃんは前に進もうとしてる。
ならわたしも同じように前に進んでみたいなって思ったの。
こう思うまでに2年もかかちゃったな」
「いいんじゃないか?2年もこの時のための準備期間だったと思えば全然遅くないよ」
「そうかな、応援してね!頑張るから!」
少し気がかりがあった。
「なぁ、雪華」
「ん?なぁに?」
「それ、俺がいなくなってたとしても、それができる自信あるか?」
「え、いなくなっちゃうの?やだよ……」
「たとえ話だって。俺は、雪華の家族だけど、でも他人だ。
俺がいなくなってもできなきゃ、怜奈さ……怜奈がいた場所に俺を当てはめてるだけになる。
もし俺を怜奈がいた場所に当てはめてるだけなら、前に進めたとは言えないからさ」
「う、うん。わかった、お兄ちゃんがいなくなっても頑張るよ!」
「うん。いや、別に行く宛はないから、いなくなるつもりは別にないんだけど」
思ったより、雪華はしっかりしていた。今までの自分の心配が杞憂だったことに今更気づく。
雪華は確かに大人になろうとしていた。俺たちがいなかったら、自分が想像したように生き急いで孤独に陥っていたのかもしれない。
でも、俺たちがいることで、俺の行動によって、意図せず雪華が外の世界の人間を見ようとするきっかけになっていたのだ。
「おう。そういえば、」
「ん?なに?」
ふと、雪華に聞いてみたいことがあった。
「雪華は、すずのこと、どう思ってるの?」
「どう思ってるってすっごい曖昧だね。快活な元気な人だなって思ってるかな?多分」
「そ、そうだよな。その部分は俺もそうなんだけど、えーっと……。答えにくかったら答えなくていいんだけど……」
「うん」
「怜奈さんと、すずをどういう関係として考えてる?」
「……だよね、あんまり考えないようにしてたけど、普通に考えたら関係ないわけないよね。お姉ちゃんとすずちゃん」
「ああ、俺は怜奈さんのことを知らないから、ここまで見てきたことで気づいたこととかあるのかなって」
「お姉ちゃんにほんとに似てるし、たまにお姉ちゃんみたいな雰囲気を感じる。だけど、でも少しだけ違う感じ?がするかな」
「少しだけ違う?」
「思い返したらね、私ついこの間溺れたとき、すずちゃん『雪華』って呼び捨てにしてたの。あれはお姉ちゃんの声だった気がしたんだ、なんとなく。
でも、普段過ごしてるときは、うーん、なんていえばいいんだろ。
もっとお姉ちゃんはバカ。うん、これに尽きるよ」
「なんか俺に似てきてる?俺を見習うってそういうことじゃない気がするけど」
「そうかな?とりあえずあんまりすずちゃんをお姉ちゃんと重ねてみてないよ。
なんとなく、すずちゃんはすずちゃんって感じがするから」
「そっか。そう、なのか」
その答えは少し、俺の中のすずに対する答えを揺るがせるようなものだった。
でも、俺はすぐにその答えはどちらも正しかったことを知ることになる。




