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8月7日ー1


「ねぇ…」


声が聞こえる。


「ねぇってば…」


女の子?らしい透き通った声だが聞き覚えはないような、そんな気がする。


「起きてるでしょ?もう」


視界はただ、白で覆われていて、その中で声だけが鮮明に聞こえる。


「うーん、どうしたら起きるのかなぁ」


指先を動かすと、少し感触があった。これは……土?いや、もっと乾いた感触だ。サラサラとしていて、でも少し湿っている。


「あ、そういえば!」


ザッザッ、と遠くへ走り去るような音が聞こえる。

ヒュオオと微かに耳の横を風が通り抜けていく音がする。時間と共に、女の子の声以外にも周りの音も聞こえてくるようになってきた。

意識を覚醒させる準備を整わせるかのように、だんだんと身体に感覚が戻ってきている。


指に触れてるのは……砂?


「いい感じのっ、見つけた!」


感覚がどんどん澄まされていく、砂の粒が腕にくっついてザラザラするあの嫌な感じが腕にある。

眩しい、太陽の光が瞼越しに差しているのを感じる。

ジジジジジと鳴く油蝉や、甲高いコチドリのさえずりが鼓膜を震わせる。


「よいしょっと!」


空気がおいしい、自然の匂いだ。

ザザーッ、と波の音が聞こえる。どうやら、ここは海岸らしい。

それを認識し、俺は目を開けて目覚め……


「えいッ!」


突然、前頭部に強い衝撃が走る。


「いっっっで!!!!!!!」


起こしかけていた上半身は時を戻すかのように、元通りに砂浜へと着地した。


「あれ…?」


目の前の違和感に気づいたように、女の子が疑問の声を漏らす。


「うっ…」


常識外れの彼女との出会いは、運命的で、文字通りに衝撃的な出会いだった。




「大丈夫?」


そう言って彼女は俺の額を撫でた。


「ああ、だいじょ、ってこれは完全に君のせいだと思うんだが」


「あはは、大丈夫そうだぁ」


流木を持っているままの、目の前の金髪の彼女は柔らかく笑った。


容貌は年相応に幼い顔立ちで、でも成長期を終えた大人らしい雰囲気も混ざりかけているような、端的に言ってしまえば美少女である。


綺麗な透き通る金髪は、染めているような金髪ではなく自然な髪色で、これを表現するならはちみつ色だろうか。それが腰のあたりまで伸びている長髪だった。


純白のワンピースに包まれたその容姿はまさに天使のようで、触ったらすり抜けてしまいそうなほど儚いものだった。


喋り方もそれを形容するかのようにふわふわしている。


「ここは…」


「わたしもここがどこかは知らないけど、気づいたらここにいてね、あなたが隣で寝てたんだよ。私が先にに起きたから起こしてあげたんだ!」


ふむ、起こし方を間違えている気がするが……。


「なるほど…、そういえば君、名前は?」


「名前?うーん、それも知らないよ!」


「知らないってなんだよ、俺は……あれ?」


いざ自分で言葉にしたときにやっとそれに気づいた。自分の名前が出てこない。思い出せないというより、記憶にそもそも存在してないみたいな。


「あなたも知らないの?じゃあおんなじだね」


この感覚は知らないとは少し違う気がする。その部分がごっそりと欠落しているかのような、中身が空っぽのシュークリームみたいな。脳が喪失感に襲われる。


名前以外に何が思い出せないんだ、ここは、海に面した浜。埠頭が向こうに見える、見覚えは……ない。

とりあえず俺は多分日本人だ、一般常識はあるし文字も頭に浮かぶ。

あとは、日付、今日は何年の何日だ?これは、思い出せないな。


家族構成、両親は、……これも無理だな。思い浮かぶ言葉とそれを指すものはわかるのにその詳細が思い出せない。


住んでいたところ、学校、もしくは職場、何一つ言葉そのものに不具合はないはずだが、それを具体的に自分に当てはめて指すものが脳に浮かんでこない。

なんだか脳の中で空欄だらけの自己紹介カードでもできているかのようだ。


「ぇ……ねぇ、聞いてる?ねーぇ」


おっと、忘れていた。こいつも多分同じ状況なんだよな、見る限りは。


まだ流木を持っている彼女に目をやる。「聞こえてますかー?」なんて言いながら彼女はそれをブンブンと振っている。


「ん?あ、あぁ、なんだって?」


「名前、ないんでしょ?じゃあ決めちゃおうよ、わたしたちの」


こういうときってまず自分のことを知っている人を探すのが先なんじゃないのか……?。


「いや、まあいいか。なんも思い出せないし。

いいよ、どんな名前がいいかな」


「わたしはぁ、お花みたいな名前がいいなぁ。可愛くて女の子っぽい!」


花か、と思いながら彼女を眺める。白いワンピース、この形になんだか見覚えがある、なんだっただろう。


白い花……ああ、鈴蘭。


鈴蘭?このままだと名前っぽくない……か、


「すずはどうだ?」


考えると同時に、そのまま口に出てしまった、我ながら名付けが雑すぎる。


名前ってもっと意味とか気持ちがこもった名前の方がいいんじゃないのか?なんて思ったり、思わなかったり。


「んー?それがいいの?お花……?」


「う、うん。

なんか白いワンピースが似合ってるしそういう華憐な名前が似合いそうだなって」


砂浜に平仮名で『すず』と書きながら彼女に振り返る。


「んーん。あなたが考えて決めてくれた名前ならなんでもいいよ。うん、気に入った!わたしはすず!よろしくね」


「ああ、よろしく」


「じゃあ、あなたは汐音ね」


数秒も跨がずに、彼女は俺が書いた『すず』の文字の右隣に『汐音』と漢字で書いた。


「なんかその名前、女の子っぽくないか?」


「そんなことないよ、かっこいいよ!」


「なぁ、す、すず」


自分の付けた名前を自分から呼ぶのってなんだか恥ずかしいな、慣れなければ。


「なあに?」


「俺たちどうすりゃいいの?」


目下の問題はこれだ、警察にでもいけば身元でもわかるのだろうか。しかし、そもそもここがどこなのかすらわからない。


ただ、それ以上に、自分のことをあまり詮索したくないような。なんとなくそう感じてしまっていた。


「とりあえず、どこかに行ってみよう!なんにもわかんないし知らないし、なにか問題が起きたら起きた時に考えようよ」


「それも、……そうか」


確かにここがどこかすらも知らない俺たちには、考えて行動したところでうまく行く道理はない。


俺たちは海を背にしてコンクリートの堤防の方へ向かった。と、


「「って、あっつ!!」」


早速問題が発生した、俺たちは靴を履いていなかったのだ。


流木を踏み台にして、なんとか砂浜からは脱出する。

二人はすぐさま堤防の横に乱雑に生えている草むらに着地した。


「ここから道路だぞ、どうすんだこれ……」


目の前の道路はアスファルトで、向こうからトラックが1台やってきているのが見える。歩道はなく、車通りは少ないようだ。


「葉っぱを足に巻いて、……とか?」


「どこまで持つのかな、それ」


すずが怪訝な顔をする。

とりあえず、いい感じの大きさの葉をこの辺りから拝借して……。


「あ!!!」


探している真後ろで大声がした、向こうから来ていたトラックが真横で止まっていた。

運転席には、無精髭を生やしたつなぎを着たおっさん。助手席には、俺たちより少しばかり年下に見える少女。

大声を出したのは少女の方だった。


「あの、私のこと、わかりますか?」


真っ先にトラックから降りた茶髪の少女がすずに話しかけていた。


「え?誰?」


無情か、躊躇いも迷いもなく、すずはそう答えた。


「そ、そうですよね……、そんなわけ」


「わたしのこと知ってるの?」


「いや、ごめんなさい。多分、人違い、です。そんなわけないと思うので」


詰まり気味にその少女が答えながら目を逸らした。


「わたしに似た人がいたってことかなぁ」


その言葉を聞いて少女は目線を戻しながら小さく答えた。


「……、姉に」


俺は立ち上がって言った。


「よかったじゃん」


と、すずの肩に手をかけながら続ける。


「こいつ記憶喪失みたいで、名前すら思い出せてないんだ。何があったかは知らないけど」


「違うんです!!」


少女は突然、吐き捨てるように声を出した。


「何がちが」

「姉は、……死んだんです!2年前に」



後ろで黙って聞いていたおっさんが、少女の肩に手をかけて言う。


「よくわからんが、その子、記憶喪失で、しかもお前ら二人とも裸足で……。なにか困っているんだろう?

多少面倒見てやるから、話はあとでしないか」


「あの、俺も記憶喪失なんすけど……」


「空いてねぇから二人とも、荷台の方に乗れ」


俺の情報はスルーされたようだ。




俺はタイヤに足をかけ、荷台に先に乗って、すずを荷台に引っ張った。


小型のトラックで荷台にはみかんとかかれた段ボールが積まれていて、その隣にクーラーボックスがあった。


段ボールには野菜が見える、クーラーボックスは大きく肩にかけても重そうなくらいだ、勝手に開ける勇気はないので当然中身はわからない。


荷台の前側に背をかけて俺たちは乗った。


トラックのリアガラスからは、助手席の少女が乗り出して不安そうにこっちを見ていた。


荷台に乗るのってよくなかった気はするのだが、まあ乗らせてもらっている手前そんなことを気にしている余裕はない。

トラックはすぐに発進した。


キャビンの真後ろの部分だからか風がまったく当たらない。暑すぎる。


荷台の床面は段ボールが敷かれていて少し生ぬるいような、ところどころに細かく土がついていて、ざらざらした感触が直接足に伝わる。


「ねぇ、」


すずがこっちを見ていた。


「わたしってほんとにあの子の姉なのかな」


「知ってるか?この世には同じ顔のやつが3人」


「そっくりな顔の人はいても全く同じ顔の人はいないんじゃないかな?」


「それは、まぁ、そうかもしれないな」


「だったら家族なら似てる人との違いくらいわかるんじゃない?」


「でもあの子2年前って言ってたし、2年も経ってれば曖昧になっちまうのもしょうがないんじゃないか?」


「そうなのかな」


「どうしたんだよ、いきなり不安になったのか?」


俺はつきさっきまでこいつを心の中でノンデリ天然少女だと思ってたのだが……。


「だって、死んだ人にそっくりだなんて、なんか嫌だし」


「それは亡くなった人に失礼じゃないか?」


「それもそうだね、ごめん」


謝る相手は俺じゃない気がするが。


「海見て、ぼーっとしとこうぜ。問題は起きた時に考えるんだろ?すずがそう言ったんじゃないか。

じゃあ今別に考えなくてもいいだろ。

答えは時間が教えてくれるよ、多分」


「うん……」


見渡す限り海がずっと続いていて、太陽の光が反射して進むたびに光り方が変わってチカチカと目を眩ますようだった。


ところどころさびれたように砂浜には草が生い茂っていた。その雑草は整備された様子もなく、縦横無尽に生え、長く砂浜に誰も訪れていないことを示すように見えた。


視界の先、海の沿いにずっと道路が続いていて、反対側には木々や、畑が広がっている。

畑には夏らしくトマトが実っていた。真夏の太陽が反射してその実った深紅の果実は輝いているようだった。


目に入ってくる情報全てが綺麗で、自分の置かれている状況に反して心を湧かせるようだった。


俺たちはずっと無言で、その景色を眺めていた。

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