8月10日ー2
「親父呼んで来ないと、てかなにしてるんだ?あの人は」
聞くと、雪華は「さあ?」と言った様子で、特に把握されてないらしい。俺はダイニングを抜けて庭に停めてある車の方へ向かった。
親父は、車の運転席の方でガラケーを左手に持ったまま目を瞑っていた。
「おーい、朝飯食べるぞ……ってなにしてんの親父」
「いや、持ち帰る荷物の確認が終わったから昼寝」
「というか俺たちにはスマホ渡してるのに、親父はガラケーなんだな」
「これは……一応仕事用携帯でもあるからな。それを考慮しなかったとしても、まぁスマホの使い方わからんからなぁ」
そう言いながら携帯を閉じて、左ポケットに突っ込む。そのあと、頭の後ろに手を回して、考え込むように車の座席を倒した。
「親父は、なんか趣味とかないの?」
ふと聞いてみた。雪華とすずをどう見ているかだとか、俯瞰的に見ているだけで、俺は親父自身のことをそこまで知っているわけじゃない。
「趣味?趣味なぁ……。難しい質問だなそれ」
「まぁ気持ちはわかるよ、俺も大して趣味といえるもの見つけてないし」
「汐音はあれじゃねぇの?写真。カメラ買ったんだろ」
「誰から聞いたんだ?まだ俺言ってないはずなんだが」
親父は俺から目を逸らしながら「すずが」と答えた。
あいつか、別に隠してるわけじゃないから言ってもいいんだが……。一回黙らせておかないとなんでもかんでも人に話す可能性があるな。
「もう、みんな待ってるから、さっさと行くぞ」
「ん?ああ」
「「「「いただきます」」」」
思えば、4人揃っての朝ごはんは初めてだった気がする。
夜ご飯は毎日4人揃っているわけだが、朝は親父と俺たちの時間が合わなくて揃う機会がなかった。
揃っている人は同じだから雰囲気は変わらないが、時間が違うだけで少し新鮮に感じる。
普段おしゃべりなすずではあるが、ご飯を食べている最中は比較的に静かだ。行儀とかを気にしているのか、そういう育ちというものが生活に染みついているのか。
破天荒な彼女は随所随所で、その教養や品格の良さを見せる。なんとなく、愛されて育ってきたのだなと、感じさせられてしまう。
朝ごはんを食べ終えて、俺たちはバラバラに身支度を整える。今日も朝早くに出る予定らしい。
「車で待ってるから、準備が終わり次第来てくれ」
親父が一番最初に準備を終えたらしい、すずはまだ洗面所にいて、身支度を終えた俺と雪華は家周りの確認をしていた。
窓の施錠、この2日で使った家電のプラグをコンセントから抜く、蛇口をきつく締める。次にここに訪れるのはいつになるのかわからないが、わからないからこそ万全になるように構えておく。大事なことだと思う。
「雪華ー、昨日使ったトランプって持ってきたやつ?元々ここにあったやつ?」
隣の部屋で戸締りをしている雪華に呼びかけるように声を出す。トテトテと雪華が俺の方まで早足で歩いてきた。
「持ってきたものだけど、ここに置いてていいと思う、また来るでしょ?」
「……だな、いつかわかんないけど」
「次はお兄ちゃんが勝てるゲーム見つけてみたいね」
悪戯な顔で雪華がこちらを下からのぞき込んでくる。昨日の全敗の記憶がアピールをするかのように脳内に舞い戻ってくる。
「ちょ、もう忘れかけてたのに」
「あ、ごめん。お兄ちゃん……」
雪華は、素直に申し話なさそうな表情をする。すずより正直で、心の純粋さがでているから、すずのように茶化すのが少し憚られる。
素直であることの可愛らしさと、意地悪な性格であることの付き合いやすさというのは表裏のような関係かもかもしれない。どちらが勝っているだとか
「もう確認は終わったか?そうしたらあとはすずだけなんだけど」
「私様子見てくるよ」
雪華が洗面の方に向かう、その間に俺は玄関にまとめていたみんなの分の荷物を車の後ろのラゲッジスペースに放り込んでいく。
「親父ー、帰りにどこか寄る予定あるか?」
………………
返答が帰ってこない、運転席の方に向かうと天井を見てぼーっとしていたらしい、こちらに気づく。
「いるんじゃん、返事しろよ」
「ん、ああ、すまん。で、何の話だったか?」
「帰りにどっか寄る予定あんの?って」
「うーん、あんまりそんな予定はなかったが……。ああ、沈下橋行くか」
「沈下橋?なにそれ、崩落したの?」
「違う違う。雨とか降ると、川の水位が上がるだろ?そうしたらその橋は川の水面より下に沈むんだ。川の下に沈む橋で、沈下橋。
洪水とかで木の枝とかが引っかかったら面倒だからかな、欄干が、まぁなんだ橋の端、手すりというか柵がないんだなあれ」
「今ダジャレ言った?橋の端って、今までの説明全部吹っ飛んだわ」
「着いたらお前突き落としてやるよ」
「ハハッ、俺に巻き込まれて落ちないといいな」
俺たちが、冗句で苦笑いしていると、ふと思いついたように親父が言った。
「そういえばすずと雪華は?」
「なんか洗面でトラブルシューティング」
「なんだそれ、まぁ時間かかるなら寝るわ、おやすみ」
そう言いながら、親父がすぐ目を瞑る。この人は少し俺に似ている、いや、俺よりはめんどくさがりかもしれない。
「流石に長いから俺も様子見てくる」
入って洗面にいくと、櫛を持ってすずの髪を梳いているらしい2人がいた。
「なにしてんだ?」
「聞いてよ汐音、ここの櫛だと全然枝毛が……」
家にある櫛を持ってこなかったことで、すずの腰まで伸びているその長髪を梳くのにかなりの時間を要しているようだった。
「やっぱりそんなに長いと大変だな」
「そういえば、お兄ちゃんとすずさんの髪って地毛……ですよね?」
「おう、白髪じゃないぞ、これは純粋な銀髪のはず」
「わたしもブリーチとかなんか怖いからしなさそう!もともと金色だったのかな」
「日本人なら元々そういう髪色ってことなさそうだけど……」
少し考え込む様子で俯きながら雪華がそんなこと言う。
「なさそうでもこういう髪色なんだから、あるんだろうよ」
いいや、自分で言ったことで気づいたが、冷静に考えて普通にあり得ないよな……。
しかも、記憶喪失であの砂浜で出会ったすずと俺が。その共通点を探るが、どうにもそれらは髪色に結びつく内容にはならない。
「金色っていいよね、しかも地毛の金髪ってどうしても染めるのじゃ再現が難しいからさ。汐音触ってみてよこのサラサラ感」
すずが自画自賛しながら、その金髪を右手の上にのせて俺の方に差し出してくる。
……たとえこいつでも女性の髪に手を触れるのは気が引けるのだが。
「ほんとお前髪長いのな、腰まで伸びてる髪の毛って創作じゃよく見るけど現実じゃほぼ見ないし」
「まぁ、こんなに手入れがめんどくさいからね……」
そういいながら、すずは右手で俺の方に差し出していたその髪を左手で撫でる。俺が一切手を出してこないのに気づいたのか髪から手を離して、立ち上がった。
「うん、もう大丈夫だよ雪華ちゃん。いこっか」
「うん。あ、お兄ちゃん、確認するけど忘れ物はない?一応ここまで車でも40分くらいはかかるから」
「多分、大丈夫かな。ここの唯一の忘れ物は俺が昨日星空の写真を撮り忘れたくらい」
「あはは……、時間は忘れても取り戻せないからね」
「え、なに急に深いこと言うじゃん」
「……さ、さ。いこいこ2人とも」
意図せず言ったのか、雪華は少し照れた様子で俺たちを家の外の方へ急かした。
車の扉を開くと、親父が「よっこらせ」と倒していた車の座席を元に戻す。
本人はそんなことを言っていなかったのだが傍から見たの人間の感想としては、どうやら寝るのが趣味らしい。
「親父、沈下橋とやら、遠いの?」
「んや、すぐそこ」
全員乗ったことを確認すると、すぐさま車は出発した。




