8月9日ー2
そんなこんなで30分か40分くらいか、車を走らせていると見覚えのある景色に着く。どうやら街についたらしい。
街についてすぐ、携帯ショップで止まる。
そこで親父が口を開いた。
「すずか、汐音か、どっちでもいいがついてきてくれ」
「わたし行く!」
今日も元気なすず、正直質問を聞いた時点で手を挙げると思っていたから予想通りすぎる光景である。
自分は動くのがめんどくさいので、これは正直とても助かる。
「おっさん、なんでどっちかなの?」
「そりゃ、雪華1人置いて行くわけにもいかないし、全員で行くと車の鍵閉めるのめんどくさいし」
「納得の理由です、はい」
どうやら親父と俺は似ているらしい、想定解と全く同じ返答が帰ってきた。
そのまますずと親父が携帯ショップに入っていくところまで眺めた。
「汐音さん、今日はカメラもってきたの?」
「ああ、あいつにスマホでいいって言われたけど。すずには男のロマンってのがわかってないんだな」
「ロマン……?それ私もわからない気がするけど」
「カメラを構える姿って、かっこよくない?」
「絵には……なるかな?」
そう言いながら雪華が首を傾げる。まだ納得までは行っていないらしい。
「じゃあ、カメラを構えてる姿と、スマホを構えてる姿、どっちがかっこいい?」
「なんだか、スマホを構えてる姿って野次馬みたい……汐音さん、それ多分ずるい例え」
「い、言い負かされた……!?」
雪華と話して大体10分程度、ようやく店から出てきた親父とすずが車に乗り込んでくる。
「はーい、汐音。汐音は、えーっと、なんだっけ、なんとかブルーだよ!」
スマホが入っているらしい箱をすずが俺の方に渡してきた。
「あ、色の希望してない。青好きだからいいけど」
「おう、俺が勝手に決めてやった。汐音って波の音ってことだろ?じゃあ青しかないと思って」
親父にしては、ナイスチョイスである。
「じゃあすずは何色なんだ?」
「ああ、それは」「シルバー!!!!」
親父の言葉を遮ってすずが大声で答えた。
「わたしがすずだから、ゴールドか、鈴蘭の白にしたかったけど、選びたい機種のなかになかったからシルバーにしたんだって」
親父がどうやら悔しそうな顔をしている。なるほど、自分のチョイスの説明をしたかったのか。
「自分で説明したいなら、俺たち全員いる場まで言わなかったらよかったのに」
考えを見透かされていると気づいた親父が「出発するぞー」となかったことにしようとする。
俺たちは親父の実家までの道中、親父をからかうことにした。
街から少し外れて、橋などを渡っていく。道中にはまた田んぼが広がっていて、進んで行くほどにだんだん家々やお店などが見えなくなってくる。
ついに、信号が見えなくなった。進むほどに本当にあの港町以上の田舎であることを認識する。
周りに山しか見えない、良く言うなら大自然だ。キャンプをするくらいならちょうどいいかもしれない。
そのまま大きな川沿いを進んで丘のような場所につく。丘に敷設されている白線もないアスファルトを登っていく、重力が後ろにかかるほどの坂道、道路交通法に準じているのかわからない道である。
その坂から右を見ると大きい川がキラキラと輝いていて周りに田んぼがあるのが見える。堰らしいものがあるようで、そこでせき止められた川の水が、まるで滝のようになっている。車からはその光景しか見えないが、水の「ゴオオオオオオ」という音がまるで聞こえてくるようだった。
美しいという表現が似合う大自然の川であった。
そうして、ポツンと立っている瓦屋根の古い家の目の前に車を止める。どうやらここらしい。
車から降りると親父が、俺たちを家に上がらせる前に言った。
「俺は今日使う予定の布団とかを干したり、あとある程度掃除するから、お前らはまぁ、なんだ、その辺で遊んどけ」
おそらく、相当家の中が悲惨なことになっているらしい。その辺で遊んどけと言われても……、
そこで車で荷物を物色していた雪華が、キラキラした目でこっちに声をかけてきた。
「汐音さん、すずさん、ここでこそ昨日買ったものが役立つときですよ」
「昨日?」
「水着ですよ、水着!」
「なるほどな、あの川か」
どうやらあの川で今日は泳ぐつもりらしい。そのことを知っていて雪華は水着をあの手提げカバンに用意していたようだ。
俺たちは、順番に車の中でさっさと水着に着替えて、雪華のあとを追う。すずがスニーカーから昨日買ったサンダルに履き替えていた、行く先は海ではないのだが、ファッションというのは全体の雰囲気を大事にするらしい。
そうして人が通れる程度の林を進み、田んぼの間の道を進んで行くと川の目の前にたどり着いた。
あの坂で見た光景と予想通りの、でも予想以上の光景が目の前にあった。足元にはメダカが泳いでいるのが見え、かなり透き通った綺麗な川であることを認識する。
「わたしちょっとこの辺で遊んどくね」
「水が怖いのか?すず」
「そうじゃないけど……」
不安そうなすず、雪華は楽しそうに先を歩いていた。
「あ……」
と、前を歩いていた雪華が一瞬で姿を消す。川に来てすぐの突然のことだった。
「えっ……」
パシャッと水音がしたかと思えば、一瞬で辺りが静かになる。
焦りで周りの音が聞こえなくなっただけなのか、本当に周りの音がしなくなっただけなのか、その時の俺にはわからなかった。
でも、やるべきことは見えていた。
掴めるもの、……服は置いてきたし、近くには、笹のような植物が生えているのが見える。ただ正直これは役に立たない。ペットボトルや浮き輪なんて元々持ってきていない。あ、そうだ!
「すず!!」
「なーに……って雪華!?し、汐音!!」
「わかってる、そこからサンダルを投げてくれ!」
「うん、わかったよ!」
「すず!大丈夫だと思ったら、俺は左手を水の上にあげるから1分経ってもなにもなかったら、親父を呼んでくれ!」
投げられたサンダルを、少しきついが2つとも右腕に通して雪華の元に向かう。
雪華のいるところから1メートルほどの地点で一旦潜って水中で目を開ける。
(水草に足を取られてるわけじゃない、これは、葉に足を滑らせて足がつかなくなってパニックになったのか)
雪華は必死にもがいているが、水中でがむしゃらに手を動かしているだけで全く水上に上がれていない様子だった。
俺は一旦空気を思いっきり吸って、サンダルを通している右手を雪華の脇の下からくぐるように通して反対の脇を掴んだ。
暴れている雪華の手が顔面に当たる、当たることさえわかっていれば人は冷静に受けられるものだ。そのまま雪華を抱き寄せて雪華の顎を自分の肩の位置まで持ってくる。
そのまま思いっきり、後ろに持っていくような感じで自分の背をのけぞらせる。
そうすると雪華を水上に上がらせることができた。
水上にあがると雪華がハァ、ハァと過呼吸をし始めた。
「雪華!聞こえるか!おい!」
「ちょ、暴れんな、おい」
しばらくして、声が聞こえたのか、体力がなくなったのか、暴れる手が止まってぐったりとする。
それを目視して俺は雪華の腰に回していた手を上方に伸ばす。
「汐音!見えたよ!」
その声を確認して雪華を脇を掴んでいる手をもっと奥へ行かせるようにして雪華も仰向けにさせて、とにかく浮けるように専念した。
雪華がはっきり意識を取り戻してまた暴れないといいのだが……。
と浮いているときは遠いと感じていた陸が案外近かったようで、すずが「んんー」といいながら俺の肩に手を伸ばす。足で水を蹴って雪華をすずに託す。
すずが、雪華の頭の下に俺のスニーカーを下敷きにする形で枕にする。
「ええっと、気失ってるだけ……だよね?」
「そのはずだ」
「うん、心臓は動いてる、まだバグバグ言ってるから結構パニックになったみたい。呼吸は……少し浅いかも、水を肺に吸い込んでるかもしれないから人工呼吸だね」
「ああ、やり方はわかるか?」
こういう緊急の場ではあるが、女性がいるのなら同じ女性がやるのがいい。身内の場合でもそうだと思う。
「うん、大丈夫」
そういって雪華の頭を左手で抑えて顎を持ち上げるように、右手を斜め上頭の方向に丁寧に動かし、頭を後屈させる形にする。
そのまま抑えている左手で鼻をつまんで、「すうう」と息を吸い込んで雪華の口に密着させるようにして、1秒ほど息を吹き込ませる。
雪華は中学生で、中でも背が低い方で、肺が小さい。それを考慮してだろう、すずの吹き込む息が控え目だ。
「もう少し吹き込んでもいいんじゃないか?見て少しだけ胸が上がるくらい……」
「うん、そうだね……」
口を離して、すずが一旦答える。
そうしてまた、「すうう」と息を吸い込んで、先ほどよりも少し多めに息を吹き込ませる。そうすると少し胸が上がったのが見えた。
「よし、もう一回……」
上がった胸が下がるのを、一回見てからすずがもう一度同じように雪華の口に息を吹き込んだ。
そうしてまた胸が下がるのを視認する。
「もう一回やって呼吸が上手くできてないって思ったらって思ったら心マ……」
「ゲホッ、ゲホッ」
そう言いかけた途端、雪華が咳き込んだ。
「雪華!?大丈夫?」
まっさきにすずが反応して、左手で頭の後ろを抑えて、河原の石に頭を打たないように雪華を支える。
「汐音さん、すずさん……」
「うん」「ああ」
「ありがとう……ございます……」
「気にすんな、するべくしてしたんだから。俺、親父のとこ行ってくるよ」
「汐音……さん。お父さんのこと、親父って……呼んでる……ですか?」
「ん?ああ、そうだな」
「だったら……、汐音さんは私の、お兄ちゃん……ですね」
「な、なんだよ急に、早く毛布でも持ってくるから喋るのやめて安静にしろ」
俺の照れ隠しを聞いて雪華ははにかむように、笑っていた。




