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8月9日ー1

今日は寝覚めがいい。随分と頭がすっきりとしている。

夢を見たような気がするが、その夢の内容は何一つ覚えていない。

でもそれが必然であるかのように、きっちりと整えられた本棚の如く記憶の区切りが明晰である。


「汐音?、なににやけてるの」


隣にすずがいた。いつもどおりその長い髪は雪華の手捌きによって見事なお団子にされているのだが、まとめられてない部分の頭髪はぐちゃぐちゃだ。


「いや、今日は天気がいいなって」


人が会話の内容に困ったときの第一声は天気の内容だろう。深く思案するより口が先に動くときにとりあえずの話題として天気が勝手に出てくる。

いや、単純に今の俺がそうだっただけなのだけれど。


「最近は暑いね、夏って感じの天気なんだけど嫌になっちゃう」


「まぁでもこれが青春っぽいって感じじゃないか?」


「青春……そういえば、青い春って書くのにイメージはするのは夏ってなんか変だね」


「ああ、陰陽五行説の五行思想に基づくなら夏は朱夏……」


「んーそういうのはいいや、わかんないし」


「左様ですか」


今日は親父の実家の方に行く日だ。特に用意などは必要ないらしいが……。服なども実家にあるものを持ち帰る予定で、泊まりではあるのだが本当になにもいらないらしい。


とは言っても、昨日買ったショルダーバッグにティッシュや絆創膏など常備品程度は用意する。


「おい、お前ら起きてるか?」


俺とすずが同時に返事をする。


「朝飯食ったら行くぞ。昼になると車の中がサウナ状態になるからな、さっさと食って、さっさと行こう」


襖の戸を開けて、明太マヨトーストらしいそれを咥えた親父がそこにいた。


「今日も雪華が朝ごはん作ってくれたの?」


「おん、なんあ、はりひってるらしいからな」


「おい、食い終わってから喋れよ」


親父は咥えていたトーストをそのまま一気にゴグッと食べきって、「失敬、失敬」と手刀を切る動作をした。


俺たちは寝巻を着替えて、客間の方に行く。もうここの生活になれてきて、朝どこで食べるのかだとか、どの時間になにをするのかのルーティンがなんとなく理解できてきた。


客間のガラスの引き戸を開けると、先に雪華が待っていた。どうやら朝ごはんを一緒に食べる予定だったらしい。


「雪華、おはよう」


「おはようございます、汐音さん、すずさん」


俺たちを見ると声色を楽し気に、少し高いトーンで雪華が名前を呼んでくる。その言葉が声が耳の届くその感覚がなんとなく家の人間として認められたような感じがして心地が良くなる。


「おっはよー!雪華ちゃん!今日はパンなんだって?」


「朝からすずさんは元気ですね」


「まだあったかいよな、おっさんが食ってたってことは。冷めないうちにさっさと食べようぜ」


「うん!」


すずが気持ちのいい返事をして、俺たちは雪華の対面に座って、いつもの挨拶をする。


「「「いただきます!」」」


~~~


朝ご飯を終えて、親父と雪華が準備を終えるのを待つ。俺たちは準備はいらないが、二人はどうやら準備が必要らしい。


まぁそもそも自分の所持品が少ない俺たちと比べると当然のことではあるのだが。


すずと、和室でいつも寝るのに使っていた布団や枕などを押し入れに片づけていたら、ふとトントンと足音がする。


どうやら、先に準備を終えたらしい雪華が2階から降りてきたようだ。

そのまま廊下から引き戸を開いて、そこから雪華が登場した。


その姿は、リュックサックと手提げカバンを持っている様子だった。


「雪華、なんか荷物多くない?」


「これには二人の服を持って帰るためのバッグとか……、あと色々入ってるので」


「ああ、確かにそれ失念してたな。なにも持って行かなくていいけど、持って帰るものがあるなら、それを入れるものが必要になるな」


「雪華ちゃん、やるぅ!」


すずがそう言いながら、グーにした右手を胸の前でスイングした。


と、そとから車のエンジン音が聞こえてきて、車は見えないが、家の前で止まったのがわかった。

ちょうど親父も準備が終わったみたいで、車を家の前に用意してくれたらしい。


玄関の戸が、ガラガラッと開いて。普段着の親父が姿を見せた。


「つなぎと寝巻しか見たことないけど、Tシャツ似合わねー」


「うっさいわ、お前ら準備できたのか?準備ができてるなら行くぞ」


「準備は、戸締り以外は大丈夫、なにで行くんだ?」


親父が「く、る、ま」と言いながら、車の鍵のキーホルダーを人差し指でぐるぐると回す。


「音聞いてたから車で行くのはわかるけど。え、あのトラックに乗るの?4人で?」


「ちげぇよ、一昨日のトラックは墓参りの帰りで、まぁ仕事用のやつだから。普段使ってる乗用車が別にある」


「へぇ……」


俺の話を聞いていた雪華が、率先して戸締りをしてきたらしく、トコトコと走ってきて「電気、ガス、お風呂場全部大丈夫!」と親指を立ててグッドサインをする。

それを確認した俺たちは荷物を持って庭に出て、最後に雪華が鍵を閉める、この子は随分仕事が早いらしい。


「えー、じゃあ、出発!」


「「「おー!」」」


親父の掛け声に合わせて俺たちは家を出た。


そこから車に乗って海沿いの道路を行く、この道は港町に比べると通りが多いようで、ちらほらと対向車が見える。


「やっぱ海綺麗だよ!波たっか!!!」


興奮している様子の後部座席左側に座っていたすずの方を見ると、ちょうど岩礁に波が当たって、高く打ち上げられている様子が見えた。


「すごいけど、こわ。波ってあんなに高くなるもんなんだな」


「そうですね、津波なんてあれの比じゃないんですから、あの避難タワーが見上げるほどに高いのも、そういう波の恐ろしさを考えてなんでしょうね」


俺たちの間にちょこんと座っている雪華が、顎を手で触りながら「ふむふむ」と言った様子でそう語る。


しばらく海沿いを行くと、田んぼや山が連なる場所に出て海が見えなくなる。


「ああ、海が見えなくなっちゃった……」


「すず、そんなに海好きなんだな」


「別に山も嫌いなわけじゃないんだけど、虫がちょっと苦手で……。

わたしあんまりいい印象持ってないかな」


それを聞いた雪華が、「えっ?」という表情をする。


「どうしたの?雪華」


「い、いや、なんでも……ないです」


「ええ!?それが気になるよー!なに言おうとしたのー?雪華ちゃん」


すずが、すかさずツッコんで雪華がいやそうな顔をする。

これは、どういう表情なんだろう。すずのいちゃつきに嫌気がさした顔なのか、その言ってない内容に良心の呵責に苛まれている顔なのか。


しばらく田んぼの続く道路を直進していくと、線路が見えた。


「あれ!昨日わたしたちが乗った電車が通ってた線路じゃない?」


「それはそうですよ、だってこの方向に向かってる線路なんてあれくらいしかないんですから」


「まぁつまり線路があるってことは、あれを通ったってことなのはわかるけど、あんまりこの景色に見覚えないな」


「まぁ電車から見る景色と、この車から見る景色、同じ場所からでもなんとなく感覚って違いますからね」


「まぁそうだよな、今度乗るときはもう少しちゃんと景色見ようかな」


「汐音は、周りに意識が向けれてない!」


「お前帰りの電車寝てたくせに」


そうツッコむとすずが「てへっ」とふざけた表情をする。一発こいつに手刀をいれようかな。


線路から繋がる駅を超えると、ようやく街らしい景色が見えてくる。そこからずっと俺たちを乗せた車は街中を走って行った。

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