8月9日ー満月
今日も、ふと目が覚めた。
なんでもない深夜の、だいたい3時くらいだろうか。思い立ったかのように俺は庭に向かう。
「今日は、起きてるのは俺だけか……」
「どしたの?」
独り言を呟いてるとふと後ろから声がした。
「ん?ああ。すず、おはよ」
「ふああああ、おはよ。で、どしたの?こんな時間に」
大きな欠伸をしながら、今日買ったばかりの寝巻を着たすずがそんな質問をしてきた。
「それはこっちの台詞でもあるけど、まあそうだな……」
自分は不眠症でもなければ、別にショートスリーパーでもない。この時間に起きてしまうのは、なぜだろう。理由を考えて次の言葉を出せずにいるとすずが先に口を開いた。
「わあ、みて汐音。月が綺麗だよ」
そう言われて顔を見上げると、満月が見えた。綺麗な新円で、それは辺りを明るく照らしていた。
「ああ、満月だな、今日は」
「こんな時間だけど、たまに起きるのもいいのかもね。わたしはただお昼寝しすぎて起きちゃっただけなんだけど……」
すずはちょっと目を逸らしがちに渋い顔をする。
「そう、かもな」
「夏、だからかな、風は冷たいけど少し暑い気がする」
「まぁ昼間の暑さに比べたらマシなものだろ」
「それもそうだね、あ、そうだ汐音。わたし、聞きたかったことがあったんだぁ」
「ん?聞きたかったこと?」
俺は彼女のその柔らかい口調に騙されて、自然に会話をしようとした。
「会った日の話のことなんだけど、わたしが海に落ちたら汐音はどうする?」
「そりゃ、すぐ助けに……」
「どうやって助けるの?」
どう、やって。その場を深く想像していなかったから自分の中にその答えはなかった。
「え、えっと、とりあえず海に飛び込んで」
「ダメだよ、それじゃ、汐音も死んじゃう」
「じゃあどうすれば」
「普通にはペットボトルとか浮き輪を投げてあげるとか言われてるけど、溺れてる人はそんなに冷静じゃないから、掴んでくれるかはわからない。
だから、周りに人がいたら伝えて、周りに何も見当たらなくてどうしようもなかったら、飛び込むときはとりあえずじゃなくて、自分の命を最優先にしてほしい」
「す、すず……?」
「汐音に言うことじゃなかった、かもね。汐音なら、本当にそんなことが起きたとき、なにか方法を考えてくれるはずだから」
「なぁ、すずは2年前に起きたことを本当は覚えてるのか?」
「ううん、わたしは覚えてないよ、わたし、寝ぼけてるのかも」
「汐音、もう戻って寝よっか。明日からみんなでおじさんの実家に泊まりに行くんでしょ」
「あ、ああ……」
俺は大した返答をすることができなかった。
俺はすずが怜奈であることをほとんど確信している。ただ、それがすずという一人の人間を受け入れる邪魔をして、すずを真っすぐにみることができない。
すずの心が、わからない。そう思った。……そう、思ってしまったのだ。




