8月8日ー3
そこからしばらく20分ほど、自分の試着と雪華が付き合ってくれたおかげで前半戦よりは気持ち楽に服選びに付き合うことができた。
と支払いを終えたあとだったのだが、一角にある呉服コーナーがふと目に入った。
それにすずは興味津々だった。
「見てみて、汐音!浴衣試着だって!」
「ああ、夏祭りの」
「やってみない?」
「やってみない?じゃなくてやってみたい、だろ。俺は着ないんだから」
「そうだった、着合わせだけでもやってみたいなぁ」
「うちに一応お姉ちゃんの浴衣はありますけど、もうずっと放置してるからサイズが合うか、一応店員さんに話は聞いてみるといいかもしれません」
それを聞いてすずが「すみませーん」と言いながら店員さんに話かけにいく。
俺は荷物を持っているので窓側のベンチに座って二人の様子を眺めることにした。
しばらくすると試着が終わったようで、白に赤い華が彩られた浴衣を着たすずが試着室から出てきた。
「どう?汐音?似合うでしょ」
「似合うけど、夏祭りならもう少し軽い浴衣じゃないのか?めっちゃがっつり浴衣じゃん」
「たしかに!」
「一応採寸してもらって、家にあるもので大丈夫みたいなので服はこの辺ですかね」
「ふーん、下駄は?」
「がっつりじゃなくていいって言ったの汐音でしょ、サンダルでいいでしょ」
「そらそうだわな」
そうしてすずが浴衣を脱いでくるのを雪華と静かに待つ。妹と待っているような感じで喋ることもないが特にそれで双方困惑することもないような、自然な距離感。
いや、実際に妹がいたような記憶はないが、妹がいたらこんな感じなんだろうなというのを空気で感じる。
「次は日用品ですけど、歯ブラシはちゃんとドラッグストアで買った方がいいですね。あとはせっかくなので新しく二人の分のお箸とコップも揃えましょうか」
「雪華ちゃん!お揃いにしよーよ!」
終わったらしいすずが後ろからどーん、と雪華に抱き着く。
「嫌ですよ、二人の分って言いましたし、私は自分のが元々あるので」
そんなことを言いつつも、抱き着いてくるのを払わないあたりにすずに対しての扱いに慣れてきている雪華が垣間見える。
あとはホームセンターや100均で、お箸やコップ、安売りされていたショルダーバッグ、ポーチ、ついでに血の染みが取れなかった服のためにオキシドールを買っておいた。
「あとは買いたいものはありますか、この辺りだと本屋とかはあると思います」
「俺はあんまり本読む趣味ないしなぁ……。あ、そうだ。カメラとかってあったりするか?家にあるんだったら別にいいんだけど」
「デジタルカメラですか?家にあるものはちょっと古いと思うのでせっかくなら買っちゃいましょう。ちょうど帰り道に家電量販店があるのでそこで大丈夫ですかね?」
「うん、そこまでのこだわりないし」
「汐音、カメラなんて乙な趣味だねぇ」
「やっぱり、記憶がない自分にとっては自分以外で世界に記憶を残せるものが欲しいなって。もうなくなったあとだから今更だけどさ」
「ふーん、そういうものなのかな」
「そうだ、夏祭りの日。浴衣着たらそのとき撮ってもいいか?」
「わたしの撮影会?お色気シーン?やらしー」
「勝手に話を飛躍させるなよ、普通に撮らせてもらえばいいから」
「別に全然いいけど、せっかく撮るならみんなで映ってる写真がいいな」
「まぁそのつもりもあるから。と、すずはなにか買わなくてもいいのか?」
「うーん、あ!水着!」
「水着ですか?そういえばさっきのお店に水着って売ってなかったですね……」
「どこにあるんだろ」と雪華が小声で言いながらスマホの地図を開く。
「ちょうど家電量販店の方向にカジュアル衣料のお店があるのでそっちかもです」
「奇遇だな、まとめて買って終わらせようか」
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「カメラ、これで」
「結構安いものですけど、あんまり気にしなくても」
「いや、なんとなく色が気に入ったから。自分的に綺麗に映るとか画素が多いとかより撮ってあとで見返せるのがカメラの意義だから」
「ならスマホでいいじゃん」
「おいそこ、あんま正論言うと怒るぞ」
ちぇー、と言いながら口をとんがらせるすずだった。
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「せっかくなので全員分の水着買いましょうか、私ももう学校指定の水着しかないので」
「俺も?あんまり海で泳ぎたくないけど」
と、すずが赤のビキニを右手に掲げながら長考していた。
「ビキニで、しかも赤は派手すぎるだろ」
「水着くらいはっちゃけるものだよ!」
そんなことを言いながらも結局選んだのはすずが黒のレース水着、雪華はフリルのついたワンピース水着、俺は競泳で使いそうな紺色のハーフパンツ型の水着を選んだ。
帰りは、疲れのせいか俺たちは無言で電車に揺られていた。
そのせいか、隣ですずは「スゥースゥー」と静かな寝息を立てていた。
「そろそろ着きますね、起こさないと」
と、
「お母さん……」
すずがそう小さく寝言でつぶやいたのが聞こえた。
「ふふっ、すずさん。夢でも見てるんですかね」
「夢の中では多少なにかを思い出してるのかもな」
……。その時、自分の目にはすずが涙を流しているように見えた。
「ただいまー!」
「私たちしかいないので家には誰もいませんけど……」
「お家に向かって言ってるの、ただいまー!!」
その言葉を受けてか、雪華が感銘を受けたかのような驚きの表情を見せてすずに続いた。
「ただいま帰りました」
それに俺も「ただいま」と続ける。
「ぷはー!!疲れたぁ」
そういいながらすずが和室の畳にベッドインするように飛び込み寝そべる。
自分は客間でとりあえずの荷物を分類して、あと開封と洗濯は……未来の自分に託すことにした。
エアコンのリモコンを操作して、その目の前に座る。こういうのはあまり直に当たると良くないらしいが、どうしようもなく暑いので仕方がない。
しばらくして自分の体力が回復してきたような感じがして、ふと今日する予定だったことを思い出す。
「ちょっと散歩いってくるよ」
「いってらっしゃい」
台所に行くと、エプロン姿の雪華が見えた。どうやらすずは和室で寝ているらしい。
空は明るいがもう夕刻に迫っている。時間を見てくるのを忘れていたが、大体16時過ぎくらいだと思う。
「聞き込みとは言っても……、俺を見たことありませんか?って変過ぎるよな」
うーん。……とりあえず双子の弟を探していて~とか適当にそれっぽい理由をつけて話かけてみるか。
~~~
結果は当然といえば当然、かすりもしなかった。
「もしかしたら空回りなのかもなぁ、次で最後にしようか」
次に見えたのは一般的な木造住宅だった。
ピンポーンと鳴らす。同年代らしい女の子が出てきた。
「こんばんは~」
「あ、こんばんは。その……」
「汐音くん!?もんてきとったが!?」
「え?え?」
興奮した口調を抑えるように、彼女は「んんっ」と咳払いして続けた。
「あたしよ、あたし。花恋、覚えてない?」
「え、えっと。ごめん」
「2年前だよ、2年前。あたしと、怜奈ちゃんと、あなたね、あと夜くんと蓮」
指さしながら、思い出すように言う、最後の蓮って人のやつだけ言い方が雑だったのが少し気になるが。
「2年前、もしかして俺はここに来たことがあるのか?」
「え?何言ってんの?頭飛んじゃったの?」
頭飛んじゃったって……、多分その通りなんだけども。
「えーっと、花恋さん?」
「花恋でいいよっ」
「か、花恋。実は俺、記憶喪失なんだ。もしよかったらその2年前のこと」
「いいけど、みんなは……」
と言いかけて少し考える様子を見せて、花恋は真面目な顔をした。
「ごめん、やっぱダメだよ。記憶がなくなったのはそういう運命だったのかもしれない。それだったらあたしに勝手にその部分を補ってあげる権利なんてない。それに……」
「それに?」
花恋は一度俺の目を数秒眺めたあと、その真面目な顔を解いて愛想の表情を見せた。
「世の中には、知らなかったなら知らないままでいいことだってあるからね」
そういう彼女が見せた笑顔には、悲しさしか感じられなかった。
「にしても、汐音くん。生きてたんだね、ほんとによかった。ぎゅってしてもいい?」
「え、いや……」
唖然とする俺を勝手に抱き寄せた。
「うん、あったかい。幽霊じゃないや」
なんとなく、その抱擁は彼女自身を安心させたいものであったような感じがして、彼女が満足するまで俺はそれを受け入れていた。
「じゃあね、汐音くん。またもし自分で思い出したときが来たら4人ででも……。ああ夜くんもどこいっちゃったかわかんないか」
「あたしはずっとここにいるから、気持ちの整理がついたころにまた来てね」
「うん、また」
……彼女の『気持ちの整理がついたころ』は「俺の」じゃなくて「あたしの」と言っているようにしか聞こえなかった。
ガラガラガラ……と引き戸を開ける。
「おう、おかえり、汐音」
「ただいま、親父」
「早速なんだが、明日は俺の実家の方に帰るぞ」
「おお、まじでいきなりだ」
「スマホを今日早速俺の名義で契約してきたわけなんだが」
親父は小声で「安いやつな」と言う。
「それの受け取りにいくのと、今日服買ったんだろ、多分あの金額じゃ普段過ごすには足りないと思ってな」
「そう、だね。買ったのはどっちかというと外着だから、そういう意味だと足りないかも」
「そこで、だ。今日お前らが行った街のところに携帯ショップがあってだな、しかも実家はそのすぐ近くの山奥だ」
「つまり、ちょうどいいタイミングだと」
「まぁ基本誰もいないとこだが、ここより自然を感じるからなんかの刺激になるだろうよ。雪華以外は乗り気だ」
「いや、雪華以外はすずしかいないでしょ。別に俺も断る意味ないからいいけど」
「じゃあ決まりだな、1泊だけして帰るから心の準備だけしとけ」
心の、準備……?どうやら心を強くして臨まなければいけない場所らしい。
その夜は昨日と同じように、その生活を過ごすのだった。
寝る前、少し寝ぼけていたすずだったが、意を決して聞いてみた。
「なぁ、すず、起きてるか?」
「ん-?」
「花恋って女の子、覚えてるか?」
その質問をしてから、十数秒の沈黙があった。
「……んーん」
「そっか」
もし、これの答えが本当に知っていないのだとしても、答えたくないだけなのであっても俺はそれ以上追究するつもりはなかった。
答えないなら、わからないのなら、それは誰にとっても幸せな答えじゃないのだろうから。




