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ファジーネーブル ~先輩と私の、あの日の約束~【後編】

作者: Soh.Su-K

 私が二年生になると、大学から先輩はいなくなった。


 同じクラスの先輩からは、やはり大学を辞めたと聞いた。


 その後の事に関しては誰も知らなかった。


 先輩から連絡も来ない。


 来ないから、私からもしない。


 普通なら、それでお互いの事を徐々に忘れていくのだろうけど、私は違った。


 先輩の学年が卒業を控えた冬、部活では卒業する一人一人に後輩全員が書いたメッセージカードを入れたアルバムを送るのが慣例になっている。


 過去の画像を漁り、それぞれの先輩が写ったものを印刷し、アルバムに挟んでいく。


 作業を進める中、私は気が付いた。


 先輩が写っているものが、他の人に比べて極端に少ない事に。


 部室からは先輩の笑い声がいつも聞こえていた。


 ここに来れば先輩に会える。


 それが私の毎日の楽しみになっていた。


 他愛のない会話、機嫌がいい時に唄う鼻歌、煙草が混じった先輩の匂い。


 それはすぐにでも思い出せるのに、先輩がいたという物的証拠だけが少ない。


 これではまるで幻のようだ。


 いつの間にか私は、先輩の写った画像を探すのに必死になっていた。



「まだ画像探してるの?」


「うわっ!」



 食い入るようにモニターを見つめていた私は、真後ろから声を掛けられ飛び上がってしまう。



「そんなに驚かなくても」



 いつか先輩の家で一緒に飲み直した女の先輩だった。



「ふぅ~ん」



 女の先輩がニヤニヤとした目付きで私とモニターを交互に見る。



「何ですか……?」


「そんなにへそ曲げないでよ」



 正直、この人に対して苦手意識がある。


 顔も良く艶のある長い黒髪に、何より胸が大きい。


 大概の男はこの人に迫られればイチコロなのだろう。


 私とは対極の存在。



「連絡はしてないの?」


「へっ……?」



 一瞬、思考が止まってしまった。


 すぐに先輩の事だと思い返す。



「私からはしてないです……」


「……、はぁ……」



 溜息を吐かれた。



「なんでそういうとこだけ似てるんだか……」


「え……?」


「先輩、今は会社立ち上げで忙しいみたい。聞いてないの?」


「そう……、ですか……」


「あのね……。先輩が無駄に気を遣う人間だって分かってるでしょ?自分の事は忘れてるだろう、時間の作れない自分が連絡したりしたら迷惑な筈、そんな事考えてんのよ」


「……」



 しかし、忙しいなら私から連絡する事がそもそも迷惑になる筈である。



「貴女、あの先輩の()()になりたいんじゃないの?」



 ドキリとした。


 そうだ、私はただの後輩で終わりたくなかった。


 だからあんな事を言ったのだ。



「だったら、特別をもぎ取りなさい。貴女ならそんなに難しい事じゃないんだから。折角なんだし、それを理由にしたら?」



 モニターが指差された。



「忘れられたくないなら、その努力をしなさい。夢を現実に出来るのは、夢を見た本人だけなんだから」



 私は決心した。


 部内で先輩と付き合いのあった人間全員にメッセージカードを書いてもらった。


 勝手に先輩用のアルバムを作りだしたのだ。


 その事はすぐに部活の幹事長に知られ、特別にそのアルバムの分も予算に入れてくれた。


 みんな、先輩の事をよく覚えていた。


 メッセージカードを書く際、先輩との思い出話をしてくれる。


 部員全員と何かしらの思い出を作っていたのだ、中退した人とは思えなかった。


 先輩へのアルバムが出来上がり、私は意を決してLINEを送った。


 返信が来るまでに半日も掛かった。


 案外素っ気ない返信だった。


 直接渡そうと思っていたが、時間が作れないと謝られた。


 前に住んでいた部屋は既に引き払ったらしく、今は都内に部屋を借りているらしいのだが、あまり帰れてないと言う。


 家の方へ送られても受け取れないとの事だったので、職場に直接送る事になった。


 翌日、私は絶望と共にアルバムをポストに投函した。


 私は()()にはなれなかった。


 それからまた、私と先輩は連絡など取り合う事もなく時が過ぎて行った。


 卒業までの間、私は何人かの男性と付き合いはしたけど、どの相手とも長くは続かなかった。


 話したりするのはいいのだけれど、手を繋ぐ事すら出来なかった。


 触れられるのが嫌だった。


 何故かは分からない。


 とにかく男性から触られるのが嫌だった。


 そのせいか、いつしか部内では私がレズなのではないかと噂が立つ事もあった。


 最初は否定していたが、それによって男性があまり近寄らなくなったのが逆に楽だと思い始めた。


 レズキャラが定着した頃、今度は後輩の女子から告白された。


 試しに何度かデートはしたが、性的な行為にはやはり嫌悪感があり、何とかそういう方向へ行かない様に振舞い、無駄に疲れて終わった。



「やっぱり、先輩の事がまだ好きなんだ……」



 きっと私の事なんてとっくに忘れている。


 今は美人な彼女がいて、楽しくやっているのだろう。


 そう考えると吐き気がした。


 食べたものを全て吐き出してしまう。


 極力考えない様にしたが、月一のペースでそれは起きた。


 生理と一緒に来るのがしんどくて仕方ない。


 自殺も考えるくらいだった。


 それでも何とか私は大学に通い、ゼミに通い、単位を落とす事なく過ごした。


 何とか卒業出来る事が決まり、後は卒業式を待つだけになったある日、私は久々に部室へ顔を出した。


 午後の講義が始まったばかりで、誰もいない。


 私は三十センチ程しか開かない窓を開け、そのサッシ部分に座る。


 先輩の定位置がここだった。


 中でも外でない。


 そんな場所に好んであの人は座っていた。


 まさにそんな立ち位置だったなと思った。



「誰かと思ったら」



 部室の入口に立っていたのは、大学院生になったあの女の先輩だった。



「まぁだ先輩の事、引きずってんの?」


「呪い……、かもしれないですね……」



 私は力なく笑った。



「男とも女とも付き合えなくなるとか、ホント迷惑な呪いね」



 呆れた様な声で女の先輩が言う。


 私は軽く笑いながら空を見上げた。


 冬らしい、寒々とした、しかし何処か晴れやか薄い青空だ。



「その笑い方、先輩みたい」


「そうですか?……、来ると思いますか……?」



 少しの間の後、返事が返ってきた。



「私には分らないわ。けど、来なかったとしても、貴女はその呪いから自分を解放しないといけないのよ?それは分かってるんでしょ?」


「……、分かってます……。そんな事はとっくに分かってるんです!だけど、私バカだから!どうしても思い出しちゃうんです!それなのに!もう先輩の顔が!ハッキリと思い出せないんです!まだこんなに好きなのに!こんなに会いたいのに!顔も!声も!段々思い出せなくなってて!なのに存在だけは私の心の中に大きく残ってて!何なんですか!ホントに!」



 涙があふれた。


 そっと抱き締められた。


 まるであの日の明け方みたいだと思った。


 余計に涙が出てきた。


 今でも覚えている。


 一瞬たりと忘れた事などなかった。


 明け方の空を。


 先輩の匂いを。


 煙草の味を。


 そして、あの言葉を。


 それなのに、段々と薄くなっている。


 いつかきっと忘れてしまう。


 それが怖くもあるが、心の何処かでは望んでいる。


 きっと私は、あのベランダから一歩も動けないでいるのだ。


 進まなきゃいけない。


 それも分かっている。


 だけど、結局二年半も動けないでいた。


 泣きじゃくる私を女の先輩は優しく抱き締めてくれた。


 結局その日は、女の先輩の家に泊めてもらった。


 泣き腫らした顔のまま電車に乗る勇気がなく、大学から歩いて行ける先輩の家にお邪魔したのだ。


 あれだけ泣けば少しはスッキリする筈なのだが、結局先輩への恋心を強烈に思い出しただけで何の解決にもならない。



「後の事は後で考えなさい」



 そう言われて、私はその日眠りに就いた。


 卒業式の日。


 私は振袖姿を両親に見せびらかし、クラスの友人達と式に臨んだ。


 退屈な式は滞りなく進み、ろくに覚えてもいない校歌を歌うフリをして式は幕を閉じる。


 クラスメイトと談笑しながら会場を出る。


 わざわざとする中、見ないようしていた会場の出入口に目が行く。


 我ながら未練がましい。


 しかし、その目は人影を捉えた。


 ラフな格好に困った様な笑顔。


 間違いない、先輩だった。


 私は動きが止まってしまった。


 間違いなく先輩だ。



「誰……?」


「知り合い……?」



 ざわつくクラスメイトの声に、私は我に返った。


 先輩の元まで歩く。



「その……、卒業おめでとう……」



 オドオドした様に言う。


 何なんだこの人は。


 大学時代の先輩とはまるで印象が違う。


 もっと堂々と、自信に満ちた人だった筈だ。


 何故、こんなにも小さくなってしまったのか。



「いや、その……、まぁ、それだけ……」



 先輩が立ち去ろうとする。


 私は手を掴んだ。



「先輩……」



 振り向いた先輩の顔を、私は力一杯引っ叩いた。


 その音が周りに響き渡り、周りは水を打ったように静まり返った。



「逃げないで下さいよ……」


「ゴメン……、迷惑かなって思って……」



 私はもう一度先輩を引っ叩く。


 その音で静まり返っていた周りは、ざわざわとどよめき始めた。



「なんで来たんですか?」


「……、いや……」



 口ごもる先輩。


 こんなにも臆病になっている先輩を初めて見た。


 いや、よく考えれば気付いていた筈だ。


 この人が人一倍臆病な事に。


 付き合えないと言ったのは、私を傷付ける事が怖かったから。


 今だって、約束を私が覚えていないと思っているから、言い出せないのだ。


 あの喫茶店での「みんな子供だよ」という先輩の言葉。


 そうか、この人も子供なんだ。



「覚えてくれてたんですよね?違いますか?」


「……、うん」


「だったら!」



 涙が溢れていた。


 私は先輩を抱き締める。



「だったら、一番最初に言うべき言葉があるでしょ……?」



 先輩が私を抱き締めてくれる。


 あの時と同じ匂いがする。



「……、迎えに来て……、良かったの……?」



 抱き締めた背中が震えている。


 この人は、こんなにも弱々しく泣くのか。



「ずっと、先輩の事が忘れられませんでした」


「俺も……、同じだ……」



 顔をクシャクシャにしながら泣いている先輩の涙を拭き、唇を重ねる。



「綺麗になったな……」



 唇を離した先輩は、照れくさそうにそう言った。



「聞きたいのはそれじゃない」



 先輩の目を見つめる。


 真剣な表情になる先輩。



「約束通り、迎えに来た。俺と結婚して欲しい」






ファジーネーブル ~私と先輩。~ ————Fin...


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