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初めてタコを食べたひとマジ勇者と思っていましたが私でした。そして国王の隠し子からの求婚で耳にタコができました。

作者: ミズアサギ

タコの唐揚げが食べたいので書きました。

書いている途中も後も、もっとタコの唐揚げが食べたくなりました。

 

 あっ、私、転生したんだ……


 ぼーっと砂浜にしゃがみ込んでいた私、ロクサナ・ギブソン伯爵令嬢は前世を思い出していた。

 前世を思い出したきっかけは、領地にある海岸でタコに追いかけられたショックのため……である。


 砂浜で貝殻を見てうふふと笑っていた私の足に絡みつくものがあり、見てみるとそこには『悪魔の使い』が。

 離そうと必死に格闘するも途中で記憶がなくなり、気がつくと砂浜に座り込む私の隣には、天に召されたタコが力なく横たわっていた。

 ショックでボーッとタコを眺めていた時、タコの唐揚げをこよなく愛する居酒屋のフリーター店員だった前世を思い出したのだ。


「そっか……お前、悪魔の使いだったんだね」


 前世での命が消える前、私は大好きなタコの唐揚げを食べながらバイト仲間と、


「世界で初めてタコを食べたひとマジ勇者www」


 と笑っていた。結果、酔っ払い過ぎた私は帰り道で水嵩の増した側溝に落ち、25歳の若さで命を散らした。


「あー、タコ唐食べたい」


 私はタコをスカーフで包み隠し、海辺に近い伯爵領の屋敷へ戻った。

 時間的には昼食と夕食の間。料理長達は夕食の準備まで長い休憩時間中。厨房には誰もいなかった。

 これ幸いと、私はスカーフからタコを取り出しタコを捌いた。

 タコの唐揚げの下味はニンニクと生姜と醤油。残念ながら生姜と醤油はこの世界には無いだろう。私は厨房にある調味料を片っ端からペロペロ味見して、近そうなものを適当に混ぜタコの3分の2をぶつ切りにして漬けた。

 その間に残りのタコを茹で、カルパッチョにした。

 そして下味の付いたタコに衣を付けて揚げた。

 揚げ始めてしばらく経つと、休憩から戻ってきた料理長達が何だ何だと集まって来た。

 その中の一人に、庭からレモンを一つ持って来るように言い、熱々のタコ唐にレモン汁を絞ってかけた。


「ロクサナお嬢様、これは何の料理なんですか?」


 普通なら厨房に入らない伯爵令嬢が料理をしているのが不思議なのだろう、料理長が意を決して話しかけた。

 タコ、と言いかけて私は口をつぐんだ。

 この世界でタコは『悪魔の使い』と呼ばれて忌み嫌われている。私もタコの絵を見ては、妖怪を見るかのように恐れ慄いていた。

 ここは誤魔化すに限る。


「んー、秘密。料理長、味見して下さる?」


 怪しいが、伯爵家の令嬢に頼まれ断れる使用人はいないだろう、料理長は周りの使用人達が心配する中、恐る恐るタコの唐揚げを一つ口に入れた。


 サクッ、サクッ、ジワッ


 小気味の良い咀嚼音が、緊張に包まれた厨房に響く。ゴクリと喉を鳴らして嚥下した料理長は、たっぷりの間をおいて一言。


「う、美味い!」


 そこからの料理人たちの動きは早かった。もともと、日々美味しく新しい料理に目が無い彼らは、何の躊躇いも無くタコの唐揚げを口に入れた。

  それを見て、他の使用人達も恐る恐るタコ唐を口に入れる。


「何だ、この歯応えは」


「レモンの酸っぱさが油のクドさを消すな」


「だ、だめだ。誰かエールか葡萄酒を持って来てくれ!」


 などと口々に言いながら、私が横からそっと差し出したタコのカルパッチョと共に食べた。


「一体、この騒ぎは何だっ?!」


 その時、視察に出ていた父であるギブソン伯爵と、貴族学校に入りたての弟トニーが騒がしい厨房に入って来た。


「旦那様! ロクサナお嬢様には料理の才能がおありです! お嬢様のこの料理を是非!」


 口々に騒ぐ使用人達に父と弟は戸惑ったものの、そこは愛娘が初めて作ってくれた料理だと、二人は喜んで口に入れた。


 サクサク……


「ロ、ロクサナ! 何だこれは! すごく美味いじゃないかっ!」


「お姉様、美味し過ぎますっ! こちらのサラダ風のものも気に入りました!」


 そこからは皆一気にタコ唐とカルパッチョを食べた。父に至ってはワインを開けて、料理長と乾杯までしていた。

 ここまで受け入れられるとは、正直思わなかった。伊達に5年間、居酒屋でタコ唐を作ってなくってよ!

 そんな気の緩みがその後の悲劇を招いた。




 気がつくと私は王城の中庭に、体を縄で拘束され跪いていた。


「そなたが『悪魔の使い』を食べさせたというのは本当か?」


 目の前には国王がいる。

 うちの伯爵領は王都との距離が近い方だが、それでも国王に繋がるまでが早過ぎる。

 私は知らなかったが、『悪魔の使い』ことタコを食べる、食べさせるのは法律には無いものの慣習的にはアウトだそうだ。

 憎い悪魔。その使い。それを食べるのは常軌を逸する行為だというのだ。

 あの後、食材の正体を聞かれた私が答えたところ、父も弟も使用人達も悩みに悩んだが、結局は泣く泣く罪人として私を引き渡した。

 引き渡さなかったら、伯爵家自体が取り潰しになるので苦肉の策だったのだろう。


「は、はい。伯爵家一同、美味しくタコを頂きました」


 出仕のためその場にいた貴族達や、騎士達がザワザワ騒ぎ出した。その中にいた父と弟、料理長や使用人達は青ざめながらも心配そうに私を見ている。


「タコ……とな?」


 しまった。緊張のあまりタコと言っちゃったわ。この世界では、タコはタコと呼ばれていないのに。まぁ、あの世界でもタコは日本限定呼びだったけど。


「『タコ』と鳴いていた……かな?」


 シラーっとした国王の目が、私を疑っているぞと語っている。が、前世の話をする方が危険な気がする。よくわからないが魔女裁判とかあったら怖い。


「あの……ひとつ私に教えて下さい。『悪魔の使い』を食べるとなぜ悪いのでしょうか?」


 タコを食べることが常軌を逸した行為だとしても、法律には明文されていない。それでも罪になる根拠は何だ?

  しがない伯爵家の小娘18歳が、タコを食べることによって重大な何かを起こすとは、まさか国王も思っていないだろう。

 しかし国王は黙り、国法に詳しいはずの宰相や貴族達も顔を見合わせて黙ってしまった。

『悪魔の使い』を食べてはいけないというのは、きっと言い伝えの域なのだろう。てか、そんな気味の悪い事をしでかす人間がいるなんて想定外というだけなんだろうな。勿体無い。


「『悪魔の使い』を用いて、人を害そうとしたのでは?」


 中庭に集まっていた貴族の中の一人が言った。


「恐ながら……私も息子もここにいる使用人達も、あの『悪魔の使い』の料理を食べましたが、あれから体調に異変はございません」


 父が言うと弟も料理長も使用人達も、そうだそうだと頷いた。


「むしろ……もう一度、食べてみたいと思っています」


 父の告白に、中庭に集まった貴族達がどよめいた。


「わ、私も伯爵様とワインで頂きましたが、次は是非エールに合わせたいと思っております」


 国王を前に舞い上がった料理長が、訳の分からない加勢をした。

 料理長の発した『エール』と言う言葉に、国王がピクリと反応した。


「ほう、エールと……そなた『悪魔の使い』を今ここで料理できるか?」


 国王の言葉に私は頷いた。周囲がどよめき、騎士が嫌そうに立派なタコを2匹持って来た。

 麻袋に入れられたタコは、まだ生きていてイキがいい。

 私は近くにいた文官に必要な材料を伝えた。

 縄を外された私は足を少し開いて踏ん張り、そして掴んだ麻袋を力の限り地面に叩きつけた。


 ビターン、ビターン、ビターン……


 気の弱そうな、眼鏡の文官は口元を手で覆って走り去った。タコを持って来た騎士も、ショックを受けたのか青い顔をして目を逸らした。

 中庭は一気に静まり返る。

 私だって生きたタコを締めたことはない。タコに絡まれパニックになり前世を思い出した時、咄嗟にしたのがこの叩き締めだ。イタリアの漁師がしていたのをテレビで見たが、衝撃すぎて印象に深く残っていたんだろう。ちなみに叩くと筋繊維がばらけて柔らかくなるらしい。その方法は残酷ではあるが、全身筋肉で出来たマッチョ生物タコにはもってこいの締め方だ。

 騎士が恐る恐る運んで来たナイフを受け取り、タコを切る。

 私の隣では騎士数名が、先ほど文官に伝えた材料を持ってくるとテキパキと石かまどを作る。

 どうやら遠征や訓練時の食事作りに必要らしく、手際の良さに感心する。


 ヌメリを取るためにタコの足を裏返して、中心部にあるクチバシ周りに包丁で切れ込みを入れクチバシを取り除く。

  目玉を下にし、頭と胴体の付け根を指先で切り胴体を裏返す。 付着している内臓を手で引っ張りながら丁寧に外し、胴体を元に戻す。

 前世の記憶だが、意外と体は覚えているものだ。その後、塩で揉む。

 この作業の間に、中庭に沢山いた貴族の3分の2がリタイアした。残った人達も、やや青ざめ眉間に皺を寄せている。

 うちの料理長と使用人だけが、身を乗り出してこの作業を見ていた。


 この間と同じように半分はマリネ用に取っておき、残りの半分に下味と衣を付けて、先ほど完成した石かまどに掛けた鍋の油に入れる。


 ジュワッ、ジュー、パチパチッ…………


 衣が揚がる音がすでに美味しい。残った貴族の大半は、料理中に上がる音なんか聞いたことがないだろう。誰一人何も言わずに鍋を凝視し、音に耳を傾けている。

 次第にいい匂いが漂い出す。下味を漬け込む時間が短いので、下味は濃いめ。そのせいか下味に使ったハーブがより強く香る。

 誰かの腹の音がグーっと鳴る。

 青ざめていた人達も、腹を鳴らすか喉をゴクリと鳴らす。


「悪魔の使いの唐揚げとマリネでございます」


 レモンを添えた皿を宰相が持つトレイにコトリと置いて、私はまた跪く。


「い、いやだー! せめて毒杯にしてくれー!」


 急に騒々しくなり、一人の男が腕を縛られた状態で騎士に連れて来られた。


「横領の罪に問われて有罪になった没貴族です。刑の執行の代わりに毒味をさせます」


 宰相が無表情で言う。私のタコ唐は罰かよとカチンとしたが、まあ毒味役は必要だし何なら私が()()したいくらいだし。

 泣き叫ぶ毒味役の鼻を摘む騎士。苦しくなった毒味役が口を開いた瞬間に、他の騎士がその口にタコ唐を突っ込んだ。

 ムグッと変な音を立てた毒味役は、反射的に吐き出そうとした。しかし目を見開くと、何故かそのまま咀嚼し始めた。

 一心不乱に咀嚼し続ける毒味役に、騎士が水を飲むかと聞く。


「……いや、酒を。できればエールを」


 ようやくタコ唐を飲み込んだ毒味役は、図々しくも酒が欲しいと宣った。

 その後も、まだ毒か分からないからもっとくれ、と騒ぐので、騎士達に両腕を掴まれて退場させられた。

 何とも言えない空気が漂う中、父が口を開いた。


「今の毒味では足りない事と存じます。もし娘のロクサナが極刑となり、二度とこの料理を食べられないとなると……

 国王様、この続きは私が命を持って是非毒味を」


 父から極刑という言葉が出た途端、弟のトニーや料理長達はハッとした。そして、次の瞬間……


「お父様、私が姉の責任を取りましょう! 是非、弟である私に毒味を!」


「いや、そんな事はさせられんです。私が料理長として……」


「「「料理長にそんな! 是非、俺に毒味を!」」」


 ギブソン伯爵家だけが毒味役争奪戦を始めた。私だって参戦したい!

 ギャーギャー毒味役を取り合う様子をしばらく見ていた国王が、口を開いた。


「沙汰を言い渡す。ロクサナ嬢はギブソン家から追放、平民に身分を落とす」


 場が再び静まる。国王は続ける。


「悪魔の使いを食べた後、どのくらいでその影響が出るのか判断するにはまだ早い。なのでロクサナ嬢は、ギブソン領隣のマリーナ地区にあるマリーナハウスに行ってもらう。そこで生涯、悪魔の使いの研究をせよ」


 毒杯か国外追放と思っていた伯爵家サイドの面々は、国王の下した沙汰にポカーンとしている。

 宰相や側近達はギョッとして国王の顔を見た。



 ***



「……ってことがあって、平民ロクサナはここにいるのよ」


 私は目の前の浅黒く焼けたガタイの良い青年に、今までのあらましを伝えた。

 ギブソン伯爵領と同じく、海に面したマリーナ地区。ここにある白い壁の素敵な屋敷に連れられて1週間。

 今日は屋敷の管理をしているという、平民のリッキーに初めて会うことが出来た。


「へぇ。悪魔の使いを食べる、元貴族の変な女がいるって噂を聞いたが、お前のことだったんだな」


 リッキーは面白そうに笑う。そしておもむろに、


「おもしれぇ女だな。俺と結婚するか」


 などと言ってくる。実際におもしれぇ女などと言う男がいるんだ、と感心したものの、顔と調子の良い男はいつの時代も要注意である。

 リッキー曰く、背が高く筋肉質で顔の良いリッキーは少年の頃からモテていたそうだ。

 しかしリッキー自身は多少の女遊びはするものの、真剣に女性と向き合うことは無かった。うちの娘はどうだと、冗談半分本気半分で勧めていた住民達も、リッキーのその生い立ちから何かしらの事情があるんだろうとあまり話題にしなくなった。

 その代わりに、お前と釣り合うような女はきっと、悪魔の使いを食べるような女だ、魚を生で食べるような女だ、いや、悪魔の使いを生で食べる女だと、好き放題に軽口を言うようになった。

 まさか本当に悪魔の使いを食べる女が現れるなんて、とリッキーは驚き、そしてロクサナに会いに来たようだ。


 リッキーは平民で25歳の若さなのに、このマリーナ地区一番の屋敷の管理を任されている。それだけでも怪しいのに、髪の色は国王と同じ金髪で、瞳の色も国王と同じロイヤルブルー。つい最近まで貴族の端くれだった私にも、この人にはあまり関わらないのが最適解だと分かる。

 道理で、私にマリーン地区行きを言い渡した国王に、宰相や側近の人が微妙な顔をした訳だ。

  こんなアンタッチャブルな人物がいるんだもの。


「悪魔の使いが釣れたらロクサナに渡すように、この辺りの漁師には王命が下っている。まぁ、悪魔の使い自体滅多に釣れないんだけどね」


 悪魔の使いを、研究という名目で料理するよう言い渡された私だが、実は未だにお目にかかっていない。やっぱりタコ自体釣り方が難しいのだろうか。

 私はうーんと唸りながら、なんとか前世の記憶を思い出す。


「エールを入れるジョッキあるでしょ? 木で出来たやつ。欠けたとかで使い物にならないやつをロープで繋いで、夜の間に海に沈めておいて」


 何とか「タコ壷」を思い出した私は、代用になるものを考えてリッキーに伝えた。タコは夜行性だったはず。

 リッキーは胡散臭そうな顔をしてしばらく私を見ていたが、何とか納得したようで去って行った。

 そして次の日の朝。

 私は大量のタコが入ったカゴを持ったリッキーと漁師たちに叩き起こされた。


「お前、すごいな……本当に伯爵家の令嬢だったのかよ。益々おもしれー女だな。結婚するぞ」


 呆れたように言いながらも求婚してくるリッキーを無視して、身支度を終えた私は漁師たちと裏庭に出る。

 そこで例の如く、タコを叩いて天に導く。何人かの漁師は吐いたようだが、いかんせんタコの量がすごい。無視して、ただひたすらタコの足を掴んで叩く。

 気がつくと、リッキーも漁師達も見よう見まねで手伝ってくれていた。

 罰が当たると思っているのか、みんなブツブツと神に祈りながら……

 この辺りでよく採れるバジルと実家から持たされたジャガイモで「タコとジャガイモのジェノベーゼ」を作り、タコ唐と一緒にリッキーと漁師達に出した。

 やはりというか、誰もその料理に手を付けない。

 腹が立ったので食堂の樽から勝手にエールを持ってきて、タコ唐をサクサク食べ、タコとジャガイモのジェノベーゼをホクホク食べ、そしてエールをグビグビと飲んだ。

 美味い! やっぱ、タコ唐にはビールだよなー、本当はキンキンに冷えた生が良いんだけど。やばい、美味しすぎるし久々に飲んだアルコールも美味しいし泣けてきた。

 一人で泣きながら豪快にエールを煽る私を気の毒に思ったのか、リッキーと漁師達はお互いに目を見合わせ、恐る恐るタコを口に入れる。

 1時間後、そこには空になった皿と、ご機嫌でエールジョッキを突き上げて「悪魔の使い、バンザーイ!」と騒ぐ酔っぱらい集団がいた。


 悪魔の使いの美味しさはあっという間に噂になり、主に魚や貝を釣っていた漁師はタコの捕獲に勤しみ、漁師の妻達は私の元に通ってタコ料理を習得していった。

 ここの漁場はタコがたくさん生息していたようで、やがて小さな港町マリーナ地区は、タコの名産地として賑わうようになった。

 ここに連れて来られて1年間の出来事である。



 私はマリーナ地区の住民とだいぶ打ち解けた。漁師達はタコに限らず、その日釣れた魚をお裾分けしてくれ、漁師の奥さん達には料理を教わったり漁に使う網の修繕を手伝ったりした。

 リッキーは相変わらず謎の多い人物だったが、距離を置きたい私の気持ちとは反対に、本気かどうか分からない求婚を口にしながらも常に私のそばにいた。


「なあ、お前、なんで俺と結婚しねえの?」


 どうにかタコ墨も食べられないものかと研究している私を、少し離れたところから見ていたリッキーが聞いてきた。


「んー……ここの居心地が良すぎて忘れてしまいがちだけど、私、一応罪人だからねー。それに一生、こいつの研究に努めるのが罰だから」


 イカと違ってタコの墨袋は内臓に埋まっているので取り出しにくい。

 小さなナイフを駆使して、外科手術のように慎重に作業している途中だ。話しかけてくるな、と思いながら、ちらりとリッキーを見る。

 日に焼けて浅黒いリッキーの顔が、今日は何故かほんのり赤く見える。お?


 その時、開いている屋敷の門の前に立派な馬車が止まった。

 平民しかいないマリーナ地区で、ここに来るのにわざわざ馬車を使う人はいない。しかも紋章こそ無いが、一目で分かるほどの立派な馬車だ。嫌な予感しかしない私は、姿勢を正した。

 やがて御者が馬車の扉を開けると、立派な()()()をつけた国王がお忍びスタイルで降りて来た。  

 習慣とは恐ろしいもので、身分は平民に落とされたが、体はさっとカーテシーの姿勢をとる。


「あー……。何か勘違いしているみたいだが、ワシは平民だ」


 国王の無理矢理な嘘に白目を剥きそうになりながらも、どう対応すればいいのか困っているとリッキーが自称平民に話し掛けた。


「久しぶり、親父」


 初対面で気付いてはいたものの、国のトップシークレットはやっぱり聞きたくなかった。

 国王の実子は、王妃との間にできた王子の2人だけである。側室もいない。

 そうだ、やっぱり国王似のこの人は平民のおじさんだ。私がそう思おうと無理矢理納得しかけた時、


「ああ。チャーチルの立太子が決まってバタバタしておった」


 アウトである。我が国の王子のうち、上の王子の名前はチャーチルである。

 私は二人が会話をしている間に、そーっとその場から去ろうとした。


「そこの娘」


 見つかった。やはり私に用があったらしい。初めましてとゴニョゴニョと愛想笑いをする私に平民国王は言う。


「ここで悪魔の使いが食えると聞いて、わざわざ王都……の方から来た」


 わざわざ王都……の方から来た平民国王の目的は、悪魔の使いらしい。

 平民国王がリッキーと話しているうちに、どこから現れたのか、いかにも平民に変装中といった装いの近衛兵たちが中庭にテーブルと椅子をセットする。そしてリッキーがこちらを見て、「作って」と口を動かした。

 マリーナ地区の漁師達は、家族も交えてみんなで食事をする。奥さん達は、大量の料理を手早く作る。

 そのやり方に慣れてしまった私は、あれよという間に、タコの唐揚げとタコと魚介のパエリア、タコのマリネを作る。


 談笑している平民国王とリッキーの前に、ドンドンと料理を並べる。

 近衛の一人が、エールの入ったジョッキを3つ用意する。


「では、悪魔の使いを頂こうか」


 興味深々にテーブルの上の料理を見ていた平民国王が、ゆっくりとタコの唐揚げを口に入れる。

 フォークしか使っていないが、やはり平民のテーブルマナーではないなと見ていると、何回か咀嚼した平民国王は(おもむろ)にエールのジョッキを掴み、ゴクゴクと喉を鳴らしてタコ唐ごとエールを流し込んだ。


「プハーッ! なるほどなるほど。悪魔の使いを食べた者達が皆、酒を飲みたがるのがわかったわい。特にエールが合う!」


 そこから国王は、すごい勢いでタコ料理を食べ、何度もエールをおかわりして飲んだ。ビア樽まで持参していたとは……


 リッキーと私も、一緒に食べるよう勧められた。普通に食べるリッキーの隣で、さすがの私も少し緊張した。

 が、飲みニケーションとはよく言ったもので、次第に私も緊張がとれて口が滑らかになる。

 国王とリッキーはやはり顔は似ていて、アルコールで顔が赤くなるところまでそっくりである。

 いい気分になって、つい気になる質問をしてしまった。


「あのー、あなたはリッキーのお父様なんですぁ?」


 ついつい声が大きくなってしまったみたいで、エールのおかわりを国王の前に置こうとした近衛の肩がピクリと揺れる。


「そうじゃよ」


 自称平民改め、リッキーの父があっさりと言った。


「むか〜し、まだワシが若かった頃。()()に隠れてこの街のビアホールに入り浸ってたことがあってな。そこで働いていた娘と恋仲になって、授かった子がリッキーじゃよ。」


 こういう時どんな顔すればいいのかわからない私は、リッキーの顔を横目で伺う。

 リッキーは何も言わずに黙々とタコ料理を食べている。給仕をしてくれている近衛の顔色は悪い。


「その娘はこの街でリッキーと暮らしておったが、5年ほど前に亡くなってな。ここは、初めての恋心とエールの苦さを教えてくれた故郷よ」


 うまいこと言ったみたいにガハハと笑って、リッキーの父はまたエールをグビっと煽った。

 そう言われてもどんな顔すればいいのかわからない私は、またリッキーの顔を横目で伺う。

 リッキーは何も言わずに黙々とタコ料理を食べている。給仕をしてくれている近衛の顔色だけが更に悪くなる。


「ま、身分があるとしたい相手と結婚なんか出来んでな。せっかく想える相手と出会えたなら悔いの残らんようにな」


 リッキーの父はすごく優しい顔でリッキーを見た。

 リッキーな何も言わずにまだ黙々とタコを噛んでいる。飲み込めないのかな?


「リッキーのお父さんは平民なんでしょ?」


 しんみりし出した親子の空気を少し変える軽口を叩くと、そうじゃったっとリッキーの父は豪快に笑う。

 こうして穏やかな時間は過ぎていった。



 日も落ちてくる頃、千鳥足で呂律が怪しくなってきたリッキーの父は、近衛に無理矢理馬車に乗せられて、王都……の方へと帰って行った。

 後片付けを終える頃には辺りはすっかり暗くなり、月明かりと波の音だけが遠くから聞こえている。


 いつもと違い口数の少ないリッキーが気になるものの、複雑な事情を抱えた親に会った後はそうなるのかなと考えながら私も黙っていた。昼間はエールがよく進むぐらいの暑さだったが、今は夜風が気持ちいいぐらいだ。

 その時、黙っていたリッキーが口を開いた。


「やっぱり結婚するか。うん、せっかく平民になったんだから俺は好きな女と死ぬまで暮らしたい」


 真っ直ぐにこちらを見つめてくるリッキーに、お酒でいい気持ちのなった私のガードも緩くなってしまう。

 だって顔の良い男にこんなに言い寄られることなんて、前世の記憶を漁っても出てこない。


「じゃあ、タコ……悪魔の使いに似た生き物を捕まえてきてくれたらね」


「悪魔の使い、まだいんのかよ」


「うん。でも色は白くてゲソ……足は8本じゃなくて10本もあるの。頭は三角。これは揚げても焼いても美味しい!」


「お、おう……じゃあ、それを捕まえたら結婚式だな!」


 タコは唐揚げイカは天ぷらとはしゃぐ私と、結婚式はタウン中の奴呼んで朝から宴会だと興奮するリッキーの元に、漁師と奥方たちが料理を持ってぞろぞろとやって来た。


「お、リッキーの求婚にやっと応える気になったのかい?」


 ニコニコとみんなが聞いてくる。


「うんっ! だって、こんな毎日熱心に求婚され続けたら『耳に悪魔の使いができる』わよっ!」


 タコが結んだ縁なんて面白いじゃない! 私はリッキーとタコ、そしてまだ見ぬイカと幸せに生きていくわ。

 そんな気の緩みがその後の悲劇を招いた。



 気がつくと私は王城の中庭に、体を縄で拘束され跪いていた。


「……そなたの耳に『悪魔の使い』が宿ったというのは本当か?」


 目の前には呆れた顔をしたリッキーの父、いや、国王がいる。

 私は恨めしそうな目で、私を守るように隣に座っているリッキーを見る。


「い、いや。あの人数の前で急に物騒なことを言い出したし、しかもまだ近衛も数人残ってて聞かれてたみたいだし。さすがに誤魔化せねぇよ」


 リッキーはタジタジしなが言う。普段なら見逃される軽口でも、運悪く近衛兵に聞かれたので、一応、国王の息子としては通報せざるを得なかったらしい。


「今さら誰もロクサナのこと疑ったりしてねぇよ。万が一、有罪になったら、その時は獄中結婚してやるから安心しろよ!」


 何が安心だよ、婚約者を売りやがって……と怒り心頭の私の前に、どこからともなく現れた騎士達が調理器具と共に、たっくさんの悪魔の使いを持ってくる。

 ちらりと国王を見ると、満足げにこちらを見ている。

 そっちか。真の目的はそっちだったのか。

 ぐるりと見回すと、いつの間にやら集まって来た貴族達がソワソワしながらこちらを見ている。

 いいよ、やってやんよ!

 大学生のコンパや、忘年会の予約が立て込んだ居酒屋時代を思い出すよ!


 その日は遅くまで、王城の中庭からビターン、ビターン、ビターン……と何かを叩きつける音と、何かを揚げるいい匂い、そして美味い美味いと騒ぐ声が聞こえていた。



 そして。

 また私は王城の中庭に、体を縄で拘束され跪いていた。3ヶ月ぶり3度目である。

 今回の罪名は、新種の「白い悪魔の使い」を食べたり食べさせたりした罪。

 ただ、前回と違うところが3つあった。


 1つ目。中庭に連れてこられた時、すでに簡易厨房と立食パーティーセットが準備されているところ。

 2つ目。リッキーから何やら耳打ちされた国王が膝から崩れ落ちて泣いたところ。

 そして3つ目。白い悪魔の使いの天ぷらと、串に刺した白い悪魔の使いの姿焼きでエールが進み酔った国王が、私を娘と呼んで泣きながら抱き締めたところだ。


  慌てる宰相と側近達。ロクサナから離れろと怒るリッキー。そんな様子を見て見ぬふりなのか料理を食べて騒ぐ貴族。

 見守る騎士達も悪魔の使い派か、白い悪魔の使い派かで論争する。

 タコがいる世界は、今日も平和だ。







お読み下さり、ありがとうございます。

今日はタコ唐にしようと思われた方も、今日はイカ天だなと思われた方も、今日はカレーという方も。ブックマークや評価を頂けたら幸いです。

ちなみに私は今晩、大葉餃子の予定です。

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― 新着の感想 ―
うおおおお、タコカラ食べたいイイイイイ!!
何事も最初に挑戦した人って勇者ですよね。 私はコンタクトを最初に目に入れた人を尊敬します。
白い悪魔…。 まさかガ〇ダムを食ったの???
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