あるアイドルヲタクの独白
なんかコンテストに応募したかったけど文字数がまったく足りていない短編になったやつ。
有原カノン、26歳、独身、彼氏なし、一人暮らし。職業はコンビニアルバイト。高卒で就職を選ぼうとしたものの、うまく行かなくて、なんとなくずっとコンビニでアルバイトをし続けている。
そんな私の至上の楽しみが、アイドルを追いかけることだ。私はなんとなくずっと前からアイドルという存在を毛嫌いしていた。というか、アイドルを好きだと言うことは恥ずかしいことだと思っていたのかもしれない。ただし、三次元のアイドルに限る。
二次元のアイドルは、むしろウエルカムだった。二次元……マンガやアニメの中のアイドルには、かなり惹かれるものがあった。女児向けのアイドルゲームで遊んだ経験もある。
でも、三次元の……現実に存在するアイドルに対して、私はとてつもなく苦手意識を持っていた。そんな私に、ある日、とんでもない転機が訪れる。
いつも通り見ていたつもりで、めちゃくちゃ衝撃を受けたアニメがあった。それはアイドルもののアニメだったが、なんとも凄まじいこだわりを感じる衝撃作で、私の心にとんでもない衝撃を残していった。
そんなアイドルアニメのイベントで、三次元の……現実に存在するアイドルも出演されるイベントがあった。私は正直に言って三次元のアイドルには興味はないなと思いながら、大好きなアイドルアニメのためにイベントのチケットを取った。
本当に、本当に衝撃だった。私の記憶には、三次元の、現実に存在するアイドルの記憶が色濃く残っていた。私はそれまで、人生の中で、感動して涙を流すという経験をしたことがなかった。そんな私が、人生で初めて、感動して涙を流していた。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、私は、現実とアニメの境目がわからなくなるイベントを体験していた。私が何にそんなに感動して涙を流したのか、ハッキリとはわからなかった。でも、その時に目の前で起こっていた、アニメと三次元のアイドルが融合したパフォーマンスが、私の心を貫いたことは確かだった。
それから私は、三次元のアイドルも追いかけるようになっていった。私の心に深く残ったイベントの思い出が、ずっと忘れられなかった。思い出すだけで、とても胸が熱くなる、そんなイベントだった。
それから色々と調べて、CDのリリースイベントというものや、ライブ後の特典会と呼ばれるもののことなど、様々なことを把握していった。最初は特典会なんてなにもわからなかった。
ライブ後に与えられる、たった10秒の握手の時間。その短い時間の中で、いかにして簡潔に思いを伝えられるのか。大変な勝負だった。いや、勝負ではないけれど……。
ライブは本当に楽しくて幸せで、特典会はわからないことも多かったけれど、とても楽しかった。次第に、同担拒否、ガチ恋、色々な言葉を覚えていった。コールも最初はわけがわからなかったけれど、どうにか覚えてがんばって声を出した。
私はいわゆる「おまいつ勢」と呼ばれるものになっていたと思う。誰かから言われたわけではないけれど、本当に、ハマってから全部のライブ、すべてのイベントに参加していたので、おまいつだと思われていたであろう。
仕事は休みの融通がきくものに転職して、稼ぎのほとんどをライブ、特典会に消費していた。休みの日はほとんどライブの日だった。本当に体が休まれる日なんて全然なかった。
自分の服装に関してはお金をなるべくお金をかけないようにしたかったけれど、推しの前ではなるべくかわいい服装でいたい気持ちがあった。なるべくお金のかからない範囲で、できる限りかわいい服装を選ぶようにしていった。
本当に、推しへの感謝と大好きっていう感情でいっぱいになって、感情があふれて狂っていた。
ライブ後の握手会では話し足りなくて、お手紙も毎回ライブの感想をしっかり書いて渡していた。
最初はそんなに特典会を目当てにしていなかったけれど、次第に特典会でループをするようになっていた。ループとは、端的に言えば何度も並ぶってこと。10秒なんかじゃ話し足りなくて、何度もループして、色々な話をした。
ただ、私は生来のコミュ障なので、時に、握手会で話すことが思いつかないという事態に陥った。話すことをろくにしっかり考えずに握手会に臨んだ私が悪いと言えば悪いのだが、「こんにちは」と挨拶された瞬間に頭の中が真っ白になって何も言葉が出なくなってしまった。何も思いつかずただ口をパクパクと動かすことしかできず、何か言わなきゃ、と思うとますます何も浮かばなくなって、結局、推しを困らせただけで終わってしまった。もう二度とあんなことのないようにしたいと後悔して、それから少し握手会を控えるようになってしまった。
けれど、推しが、私が握手会を控えるようになったのを、どう感じていたかなんて、わからないが、私としてはとても寂しく感じてしまったので、またすぐ握手会にも頻繁に通うように戻った。
仕事とライブを往復する日々が、けっこうなあいだ、続いていた。休日なんてあってないようなものだった。予定がない日なんてほとんどなかった。来る日も来る日も、ライブ、ライブ、ライブ……。
体はとても忙しかったけれど、幸せな日々だった。
そんなある日のこと、私に転機が訪れた。私が応援していたアイドルグループが、ライブ中に重大発表があると告知を出された。私は嫌な予感を抱きながらも、いつも通りライブに向かった。
その結果はというと、重大発表とは、グループが解散するという知らせだった。ただ、それはメンバーの中ではとても前向きな決断で、それぞれが未来に向かうためのものだから、応援してほしいとのことだった。
そうは言われても、簡単に受け入れられることではない。私はその日、悲しみで涙を流すということをかなり久々に体験した。悲しくて、悔しくてたまらなかった。彼らはがんばっているのに、報われなくて、小さなライブハウスでアイドル生命を終わろうとしている。
武道館とか、ドームとか、もっと大きな会場で、彼らがライブする姿を見たかった。豆粒みたいな、表情なんてまったく見えないライブでよかった。大きなステージで、たくさんのヒトに愛されている彼らが見たかった。特典会なんてなくてよかった。特典会なんてできないくらい、大規模で大人数のファンに囲まれたステキなステージが見たかった。
でも、私のそんな願いは叶わない。グループの解散は決まったことで、今さらどうあがいたって覆らない。じゃあ私はどうすればいいんだろう、なんて思っても、SNSでできる限り拡散する程度のことしかできなかった。
いよいよ、解散ライブ当日。私は、最後の握手会で彼に伝える言葉を迷って、悲しさで涙が止まらなくて、言葉が出てこなかった。握手しながらただ涙を流す私に、推しは「がんばれ」と声をかけてくれた。
そんな私の喉から絞り出された言葉は、「幸せになってください」という懇願だった。推しは、少し驚いたような表情をしながらも、しっかりと私の目を見つめて、「幸せになってください」と私に返した。ただのオウム返しではなく、魂で繋がった約束なのだと、私は感じた。推しの手から伝わってくる体温が、温もりが、感情が、とても熱かった。
私の推しは、グループが解散したら芸能界を引退されることを明言されていて、それは、グループが解散したら恐らくもう二度と姿を見ることさえできないということ。芸能界に残るメンバーも、推しと同じように引退するメンバーもいた。推しには、芸能界に残って何が何でもハネてほしかった。舞台やドラマや映画なんかで主演を努めたり、または歌手として抜擢されたり、なんでもいいから芸能界にしがみついてほしかった。
けれど、推しは、その時のそのアイドルグループにすべてを懸けていたようだった。まさに人生を懸けてアイドルをしていた。だから、解散と同時に引退をされた。私には、それを引き止める権利なんてあるわけがなかった。
それでも私は願わずにいられなかった、どうか、推しが心変わりしますように、と。心変わりして、芸能界にしがみついて這い上がってほしかった。
そんな私の身勝手な願いなんて叶うはずもなく、推しは芸能界を引退していった。
それからの一時期のことを、私はハッキリと覚えていない。ただ、とても自暴自棄になって、ひどい暴言を吐いて、病んで闇に呑まれてひどい生活をしていた、と記憶している。
リストカットなんて日常茶飯事だった。ただ、お手紙を送ることが解散後、一ヶ月以内なら許されていた。でも、何を書こうとしても未練がましい身勝手なお手紙になる気がして、書けなかった。
お手紙を送ってもいい期限の、最後の日。意を決して私は筆を取った。ありのままの気持ちを便箋にぶつけた。……というわけにもいかなかった。ありのままの気持ちでは、とても身勝手な文章になってしまうと、慎重に言葉を選んだつもりだ。慎重に、純粋に、推しへの思いを伝えられるように、言葉を選んで丁寧にお手紙を書いて送った。
その時のお手紙に、返事はない。いや、そもそも、解散されるより前にも、何度も推しへお手紙は書いていたけれど、一度も返事を貰ったことはなかった。だから、最後の最後でも、返事の期待はしていなかった。返事なんてなくていいと思った。
それから私は、生きる目的であった推しの存在を失って、自堕落な生活を送っていた。
そんな時、同じ推しを推していた友達に誘われて、別のアイドルグループのライブへ足を運んだ。
ものすごく衝撃を受けた。とてつもなくキラキラとしていて、眩しくて、すごかった。
私はまたたく間にそのグループにのめり込んでいった。いつの間にか、紹介してくれた友達よりも私の方が頻繁にライブに通うようになっていた。ライブだけでなく特典会にももちろん参加して、ハマっていった。
そして、ある日のこと、そのグループの私の推しメンが脱退する、という告知が出た。様々なことがあり、脱退という形になったという。卒業記念ライブのようなことは行われなかった。脱退だから。
それから私はまた、虚無になってしまった。しかし、それでも、私は未だにアイドルを追いかけている。
アニメやマンガでアイドルが目につけばとりあえず追いかけているし、三次元のアイドルも、たまにライブを見に行っている。ライブ全通なんてハマり方は今はしていないけれど。
体調を悪くして、入院した時期もあった。それもあって、今は緩やかに、穏やかにアイドルを追いかけている。自分に無理のない範囲で、ということを一番に意識して、アイドルを追いかけている。
無理のない範囲で楽しむって、けっこう大変なことだ。行けないライブは当然あるし、ライブに行っても体調不良で楽しみきれないことだってあった。
それでも私は、アイドルが好きだと言いたい。アイドルって、キラキラしてて、輝いていて、素晴らしいものなんだって、叫びたい。
私はアイドルから生きるエネルギーを貰っている。そう断言できる。
アイドルって素晴らしい。引退や解散、卒業、色んなニュースが目に入ることもあるけれど、推しがステージに立ってくれるあいだ、無理なく私のできる範囲で応援を届けられたら、幸せだなと思う。
私も幸せで、推しも幸せになっていたらいいな、と思う。
グループ解散の最後の握手会で、推しと交わした約束を、今でもたまに思い出す。「幸せになってください」と交わした言葉は、とんでもない熱量の込められた願いで、とてつもなく愛おしい約束だった。その約束を胸に、私は生きる。生きていかなければならない。幸せになるために。幸せに生きていくために、今日も私は、私にできることをする。
〈了〉
どこまでがノンフィクションでどこまでがフィクションなのか、想像してみてください。




