【4話】借りを返すのが私の性分
「大丈夫かいルーナ! ケガはない!?」
「……はい。大丈夫です」
「君が襲われているって噂を聞いて飛んできたんだけど……そうか。間に合ってよかった」
キールは、安堵したような優しい笑みを浮かべた。
本気で心配してくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
「さて、と」
床に倒れ込んでいるアマンダに、キールが視線を向ける。
先ほどまでの表情とは一変して、とても冷たい。
氷のように冷たくて鋭い怒りが、むき出しになっている。
いつもニコニコしている彼の怒りを見たのは、これが初めてだった。
「脅迫に暴行未遂。君が犯した罪は相当なものだ。退学は当然として、それ以上の罰も覚悟することだね」
断罪の言葉が降り注ぐ。
それに合わせるかのように、始業の時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「あとは講師たちに任せて、俺たちは教室へ戻ろうか。歩けるかい、ルーナ?」
「平気です。ケガはありませんから」
「そうだったね。それじゃ、また昼休憩に会いに行くから」
最後に大きく手を振って、キールは走っていった。
その背中を見送りながら、私はハッとする。
「お礼を言うの忘れてた」
その日の正午。
「やぁルーナ!」
教室に入って来たキールが、いつもの調子で声をかけてきた。
いつもであれば、キールを無視して昼食を食べ始める。
でも今日は、そうしない。
席を立ち上がった私は、キールの瞳をまっすぐに見る。
「今日は、中庭のベンチでお昼を食べるつもりでいます。もし私と話がしたいなら、昼食を持ってそこへ来て下さい」
キールにだけ聞こえるよう、小声で喋った。
クラスメイトに見られている中、お礼の言葉を言うのは恥ずかしい。
だから私は、人通りの少ない場所をチョイスした。
「……い、いいの?」
今までの勢いはどこへやら。
これまでどれだけ無視されても平常運転だったキールが、初めて動揺していた。
てっきり二つ返事でOKをしてくれると思っていたのに、この反応は何だ。
「なんですか、その反応は。もしかして、私をからかっているんですか?」
「いや、そうじゃなくて……。君がそんなことを言ってくれるなんて思ってもいなかったら、びっくりしているんだ」
「……私にも色々とあるんです。それで、どうするんですか?」
「もちろん行くよ! ぜひ行かせてくれ!!」
ぐいっと身を乗り出したキールが大きく頷く。
あまりにも必死すぎるその姿がおかしくて、思わず私は笑ってしまった。
中庭のベンチ。
「今朝は、ありがとうございました」
隣に座っているキールに、私は深く頭を下げる。
「急にどうしたの!? 頭上げてよ!」
わちゃわちゃと、慌てて手を振る。
これまでニコニコしているところしか見てこなかっただけに、今日の彼の反応は新鮮だ。
「それで私は、この恩にどう報いたらいいでしょうか?」
「……いや、別にいいよ。気にしないで」
「そういう訳には参りません。これは私の問題なんです」
借りを作ってそのまま、というのはどうにもスッキリしない。
キールが良くても、私が良くない。
借りはきっちり返す――それが私の性分だ。
「そう言われてもなぁ…………あ、そうだ! それじゃあ次の休日、俺と街中へ出かけてよ!」
「え……あなたと私、二人きりで?」
「うん!」
嘘でしょ……。何よ、それ。
好きでもない男子と出かけるなんて、面倒くさい意外の何ものでもない。
正直、断ってしまいたい。
けれど、借りを返したい、と初めに言ったのは私。
やっぱりこの話は無しで、なんて今さら言うのはプライドが許さない。
である以上、答えは一つ。
「……分かりました」
不本意ながらも、そう言うしかなかった。