【3話】シャーリーのしもべ
翌日、正午。
キールは宣言通り、私を訪ねて教室へやって来た。
私はそれを無視。無視無視無視のガン無視。
口を利かず、いっさいの反応をしない。
それでもキールはめげなかった。
ずっと話しかけてくるし、去り際には「また明日!」と元気に言ってくる始末だ。
ノーダメージを装っているみたいだけど、そんなはずはないでしょ。
ずっと無視されているのに、平気なはずはない。
せいぜいもって、あと三日くらいだろう。
それを過ぎれば、もう来なくなるはず。
となれば、私がやることは単純だ。
今日と同じように、ずっと無視しているだけでいい。
そうすれば、勝手に向こうから諦めてくれる。
……なんて考えていたのだが、私の考えは甘かった。
一か月が過ぎた今も、昼休憩になるとキールは毎日教室へやって来るのだ。
しかも、まったくダメージを受けている様子はない。
爽やかな笑顔で話しかけてくる様子は、一か月前とまった同じだ。
「……憂鬱だ」
午前八時。
ノイティオ魔法学園の廊下を、私はずるずると歩いていく。
ぬかるみを歩いているかのように、足取りが非常に重い。
昼休憩のことを考えると、気分が重くなって仕方なかった。
……対応を変えた方がいいのかしら。めためたに罵倒する、とか。
なんて考える。
しかし、すぐにボツ。
一か月間無視をしても、キールはノーダメージだった。
そのメンタルの強さは、鋼なんて目じゃない。ダイアモンドよりも堅くできている。
「これが手詰まりってやつね」
正直言って、打つ手が思いつかない。
立ち止まった私は、絞り出すような声を上げた。
そのとき。
前方から、一人の女子生徒が向かってきた。
「おはようございます、ルーナさん」
「……アマンダか。何の用?」
アマンダに対し、怪訝な視線を向ける。
伯爵令嬢のアマンダは、私やシャーリーと同じクラスに在籍している十六歳。
そして、シャーリーの忠実たるしもべだ。
私とシャーリーは、今やバチバチの敵対関係にある。
そんな私の所へ、わざわざ世間話をしに来たとは思えない。
警戒を強めるのは当然だ。
「あなたの最近の行動、目に余るものがありますわ。シャーリー様は、大変心を痛めておいでです。物憂げな表情で、私に相談してきましたわ」
「要は、シャーリーの差し金で来たってわけね。……それで? 私が何したってのよ?」
「分かっている癖に……とぼけるおつもりですのね」
肩をすくめたアマンダが、やれやれ、とため息を吐いた。
「元はあなたも、私と同じくシャーリー様をお慕いしていた者。シャーリー様はキール様を射止めようとしている……というのは、もちろんご存知ですよね。それなのにあなたは色目を使って、キール様を誘惑している」
「あのしつこい男に色目を使っている、ですって? この私が? ……なにそれ。下らない妄想ね。時間を無駄にしたわ」
私はそう言って、アマンダの横を通り過ぎようとしたのが、
「お待ちなさい!!」
バァン!!
両腕を伸ばしたアマンダが、それを壁につけてきた。
壁を背にしていた私は、アマンダの腕の間に挟まれ、閉じ込められるような形になってしまう。
嘘……私の初めての壁ドンだったのに……。
壁ドンデビューは、ロマンチックのロの字もない。
まさか、こんな形で迎えることにはなるとは思わなかった。最低最悪の気分だ。
「シャーリー様に仇名す者を排除するのが私の役目! あなたをこのまま行かせる訳にはいきません!」
「ふぅん。それじゃあどうする気よ?」
「あなたには大ケガを負ってもらって、今年一年間休学してもらいます。その間に、キール様は卒業する。あなたとの接点は、これでなくなります」
アマンダの右腕が青白く発光する。
それは、魔力を集中させているという証。
彼女は魔法を発動する気だ。
「安心してください。何も、殺しはしませんよ。少し痛いかもしれませんがね。しかしながら、これは全て自業自得。シャーリー様に歯向かった、あなたが悪いのです」
「何が自業自得よ。これっぽっちも筋が通っていない、とんでもない暴論ね」
アマンダと同じようにして、私も右腕に魔力を集める。
しかし、光の輝き方が違う。
私の方が、段違いに眩しい。
つまりそれは、アマンダよりもずっと大くの魔力が集まっているということだ。
殺しはしない――と、彼女は言った。
でも、私は違う。
この魔法が彼女を殺すことになっても構わない、とそう思っている。
意味不明な言いがかりをつけられた挙句、大ケガまで負わされようとしているのだ。
そんな相手に手加減する必要なんて、まったくないだろう。
これは正当防衛。
私が処罰されることはない。
そうして、魔法を放とうとしたその直前。
「おい! ルーナに何してる!」
走ってやって来たキールが、アマンダの体を突き飛ばした。