【2話】なぜか話しかけてくる美丈夫
眉を吊り上げて凄んできたシャーリーは、私の横を通り過ぎていく。
ズンズンズン!
去っていくシャーリーからは、とても大きな足音が響いている。
いいわ。全力で叩き潰してあげる!
その背中に、私は中指を向ける。
背中が見えなくなるまでずっと、ピンと立てた中指を掲げ続けた。
「これは……朝から面白いものが見れたな」
口元をニヤリと上げた男子生徒が、ご機嫌な様子で近づいてくる。
「やぁ。昨日ぶりだね」
近づいてきたのは、昨日の会食の場にいた男子生徒――キール・フィンドルフ公爵令息。
十七歳で、私の一学年上だ。
ライトグリーンの髪に金色の瞳を持つキールは、誰もが振り向くような美丈夫。
公爵令息という地位と、見目麗しい外見。彼を狙っている女子生徒は、学園内にうじゃうじゃいる。
「えーと、君の名前は確か…………ごめん、何だっけ?」
「ルーナです」
この男も、昨日のことについて何か言ってくるつもりなのかしら。めんどくさ……
軽薄な笑いを浮かべるキールに、私は眉をひそめる。
「用件は何ですか?」
「別に用があるって訳じゃないんだけど――」
「そうなんですね。それでは失礼いたします」
軽く頭を下げてから、足早にこの場を去っていく。
シャーリーのせいで、だたでさえイライラしている今。
面倒事に巻き込まれるのはごめんだった。
待って、という声が背後から聞こえてきたが、私は振り返ることをしない。
ガン無視して、在籍しているクラスの教室へ向かっていく。
正午。
昼休憩を知らせるチャイムが鳴る。
さて、お昼を食べましょうか!
私はルンルン気分で、昼食が入ったバスケットを机に置く。
その直後。
「やぁルーナ!」
教室に入ってきたキールが、声をかけてきた。
瞬間、クラスメイト全員に大きな動揺が走る。
学園屈指のイケメンが、地味で暗い女に話しかけている……。え、どうして! 二人に何があったの!?
と、そんなことを言いたげな雰囲気だ。
彼らの中でも一番の驚きを見せているのは、私から見て教室の反対側の席に座っているシャーリーだ。
瞳を大きく見開き、唇をぷるぷると震わせている。
キール・フィンドルフ……またこいつか。いったい何しに来たの? 訳分かんないんだけど……!
ガタッ!
勢いよく席を立ち上がった私は、キールを無視して教室を出て行く。
が、
「君と話がしたい」
諦めてくれなかった。
私の真横をぴったり歩き、誘いをかけてくる。
振り切ろうと歩くスピードを上げても、離すまいとピッタリ付いてくる。
「少しだけでもいいんだ」
絶えず話しかけてくるが、私は相変わらず無視。
ついには校舎内を出て、中庭までやってきた。
それでもキールは、ずっと真横にいる。本当にしつこい。
何なのよこいつ……!
痺れをきらしてしまった私は、立ち止まってキールを睨みつける。
「何が目的なんですか……!」
「俺と話をしてくれる気になったんだね。よかった」
激しい私の苛立ちを、キールは爽やかな笑顔で受け流してきた。
わざとやっているのだろうか。ムカつく。
「俺が話したいのは、昨日のことだよ」
やっぱりそれか……
予想が当たってしまった私は、わざとらしくため息を吐く。
けれどもキールは、まったく気にする素振りを見せなかった。
「俺の知っているルーナ・ダルルークという女子生徒は、臆病で控えめ。そして、シャーリー・サンフラワーの腰ぎんちゃくをしている。でも、今の君は違う。まったく別人だ」
そりゃそうでしょ。異世界転生したんだから。
ルーナ・ダルルークなのは外見だけ。
その中身は、元普通のOL、夏浦春香なのだ。
キールの言葉通り、転生前のルーナ・ダルルークとはまったくの別人となっている。
けれど私は、いちいちそのことを説明しない。
異世界転生しました! なんて打ち明けても、信じてもらえるはずがない。
もし仮に私がキールの立場だったら、下らない妄想を垂れ流している、と一蹴するだろう。
「そんな君のことを俺は、面白いと思ったんだ。別人なったルーナ・ダルルークに興味があるんだ。つまりその、君のことをもっと知りたいんだよ」
「そうですか。生憎ですが、私はあなたに毛ほどの興味もありません。ですからどうか、もう話しかけないでください」
深くお辞儀をして、キールに背を向ける。
そうしたら彼は、「また明日!」と、弾んだ声をかけてきた。
詰め寄って色々言ってやりたかったが、それをせずに私は歩き出す。
これ以上、キールのために時間を使いたくなかった。