【1話】宣戦布告
全8話。
本日中に完走予定です。
「あほくさ」
吐き捨てるように言ってから席を立った私は、深いため息を吐いた。
「…………ちょっと、ルーナ。いきなりどうしたのよ」
私の隣に座っている女子が、驚きに包まれた声を上げた。
その女性の正面に座っている男子も、瞳を大きく見開いてこちらを見ている。
二人の反応も無理ないわね。
つい先ほど、私は異世界転生した。
前世は、どにでもいるような普通のOL――夏浦春香。
転生先は、十六歳のルーナ・ダルルーク子爵令嬢。
転生した直後、私はレストランにいた。
王都にあるレストランにて、三人で会食をしている最中――私が転生したのは、そんなタイミングだった。
ではどうして席を立って、ため息を吐いたのか。
それは、今の状況があまりにも馬鹿馬鹿しかったからだ。
私の隣に座っている女子――シャーリー・サンフラワー侯爵令嬢。
彼女は、自らの正面にいる男子――キール・フィンドルフ公爵令息のことを狙っている。
キールとの親交を深めたい。
今日の会食は、ただその目的のために開かれた。
私はというと、完全に蚊帳の外。いてもいなくても変わらない。
つまりは、おまけ扱いという訳だ。
何のためにここに居るのか分からない。下らない。時間の無駄。
だからこその、「あほくさ」だった。
「私、帰るから。あとは二人でごゆっくり」
ブルーの瞳を閉じ、気だるげに首を縦に振る。
首の動きに合わせて、肩の上で切り揃えられているダークブラウンの髪が揺れた。
「ま、待ちなさいよ!」
立ち去ろうとした私の腕を、シャーリーがぐっと掴んできた。
逃すまいとしているのか、結構な力がこめられている。
「離してよ。うざったいなぁ」
私はその手を、強引に振り解く。
シャーリーが何を思っているかは知らないが、そんなことはどうでもいい。
とっととこんな場所からおさらばして、家に帰りたかった。
「じゃあね」
二人に背を向けた私は、堂々とこの場を後にした。
******
翌朝。
王都の中心に建つ、ノイティオ魔法学園。
その学園の校舎内を、私は歩いている。
十五歳から十八歳までの貴族階級の子どもたちが通うこの学園に、ルーナは在籍している。
だから、ルーナに転生した今の私は、この学園に通う学生という訳だ。
まさか、OLから学生に逆戻りするなんてね。人生何があるか分かったもんじゃないわ……。
苦笑いを浮かべた、そのとき。
「ルーナ!!」
大きな声で名前を呼ばれると同時に、背中越しに強く肩を掴まれる。
クルっと反転してみれば、そこにはシャーリーが立っていた。
シャーリーも私と同じく、この学園の生徒だ。
同い年の同学年で、しかもクラスまで一緒だ。
そんな彼女の頬は真っ赤に染まっており、表情には激しい苛立ちが浮きあがっていた。
「昨日のアレは何だったの!?」
「……アレって?」
「とぼけないで! あなたの態度のことに決まってるでしょ!」
シャーリーの頬の赤みが、さらに濃くなっていく。
爆発寸前の爆弾みたいだ。
「あんなのルーナらしくないわよ!」
コミュニケーション能力に乏しく、口数が少ない。
自我が希薄で、周りに流されやすい。
ルーナ・ダルルークとは、そういう人間だった。
私が転生する前の彼女は、間違っても、「あほくさ」なんて発言をするような子ではない。
「それにあなた、私の手を振り払ったわよね? ……友達になってあげた恩を忘れるなんて、ひどいことするじゃない!!」
ちょうど、一年前の今頃。
「私、シャーリーっていうの! ルーナさん。良かったら私と、お友達になってくれないかしら!」
それが、シャーリーとの出会いだった。
以来彼女は、常にルーナを近くに侍らせるようになった。
シャーリーは友達のいない私に声をかけてくれた、とても良い人。
転生した時に頭に入り込んできたルーナの記憶は、シャーリーのことをそんな風に言っていた。
でも私は、そうは思わない。
シャーリーは常に、ルーナを見下すような態度で接していた。
そんな二人の関係は、いわば主人と従者。対等ではない。
それを、友達とは言えないだろう。
「ひどいこと……ねぇ? その言葉を私に言う資格、あなたにはないと思うけど」
「……どういう意味よ?」
「シャーリー。あなた、私を引き立て役として使っていたでしょ?」
シャーリーは、存在感抜群の超絶美人だ。
常に輝かしい光を放っている。
対するルーナは、整っている容姿をしているもののどこまでも暗く、陰気なオーラを纏っている。
そこにいるだけで、空気が暗くなってしまう。
そんなルーナを、シャーリーはいつも侍らせていた。
一見すると不可解な行動だが、少し考えてみれば残酷で分かりやすい狙いが見えてくる。
闇があるからこそ、光は輝ける。
その闇が深ければ深いほど、光の輝きはさらに際立つもの。
だからこそシャーリーは、いつもルーナを侍らせていた。
……というのが私の推理だけど、どうかしらね?
私の考えには、確かな証拠なんてない。
けれど、自信はある。
常日頃見下してくる、シャーリーの態度。
それが私の自信の根拠だ。
「そ、そんな訳ないじゃない。私はただ、あなたのことが……」
バツが悪そうに目を逸らしたシャーリーは、キョロキョロと視線を泳がせた。
やっぱりね。
図星だ。
動揺たっぷりな彼女の反応で、私はそう確信することができた。
「話はもう終わったでしょ。これ以上時間を無駄にしたくないし、もう行っていいわよね」
肩に載せられているシャーリーの手を、無造作に払い除ける。
ホコリを払うかのような、その動作。
そんな私の行為が気に障ったのか、シャーリーの雰囲気がとげとげしいものになる。
怒りの炎を再び燃え上がらせてしまった。
「一度ならず二度までも、私の手を振り払うなんて! 絶対に許さない! 後悔させてあげるから覚悟しておきなさい!!」
「あっそ。何をする気なのか知らないけど……いいわよ。私、全力で抵抗するから」
ニヤリと笑みを浮かべた私は、中指をまっすぐに突き立てる。
選んだのは、徹底的に戦う道。
これはそう、宣戦布告だ。
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