4、推理
それから暫く私は呪われたベッドについて忘れて過ごしていた。実生活にバタバタと追われており、そのオカルト話について深く掘り下げて取材であったり、パソコンを前にキーボードをタイプしたり、取り組んだりとする時間を確保出来なかったのもある。
しかし、どうやら、栢野は違ったらしく、私に対して、ぽんとメールを送ってきた。メールの件名はシンプルで『よく死ぬベッドについて』とだけ書いてあり、内容としても、これまたシンプルに、いつ頃また電話をかけます、というものであり、私はちょうど、その時間帯において、自由な時間を作っておいた。
その約束の時間、ぴったりに栢野は電話をかけてきた。
栢野「どうも、お久しぶりです」
著者「何か進展がありましたか」
栢野「えぇ、いくつかわかったことがあるんです。と、いうのもですね、私、行ってきたんですよ」
著者「え、どこに」
まさか、という思いを胸に抱きながらそう聞くと、栢野はなんの躊躇いも感じさせずに言葉をつづけた。
栢野「問題の介護医療院とやらですよ。生憎と朝倉さんという方とは会えませんでしたが」
著者「会っても変な人扱いだと思いますよ」
栢野「まぁ、朝倉さんはともかく、ベッドについては、やはり、私が以前に間取り図で、赤ペンで加筆したようにパーテーションがありました。予想通りでしたよ」
著者「じゃあ、朝倉さんは意図的に隠していた?」
栢野「それは本人に聞かないとわかりません。しかし、今回の実地調査で、私の見取り図のほうが真実味が近い、というのがわかりました」
ところで、と、栢野は話を区切る。
栢野「この案件、呪いのベッドなんていうのは存在しない、という前提に立った時、どうして患者がすぐに死ぬんだろうか。とい事がずっと頭に引っ掛かりませんか?」
著者「それは、それが問題ですから」
栢野「ですよね。むしろ、それがあるからこそ、呪いのベッド、すぐに死ぬベッドというものがあるんだと思います。では、そこでいくつか思い至る事がありませんか。どうして、すぐに死んでしまうのか」
著者「老衰、病死とか」
栢野「そうですね。たしかに病院や介護施設という立ち位置にある為、それらは、候補として一番に出てくるでしょう。ですが、朝倉看護師の見立てからみるに、施設の立ち位置からして見ても、その死は不思議だ、と思われている。なら、どうでしょうか」
著者「もしかして」
栢野「私はですね。殺人事件、がある。と思っています」
すっと冷たい物が私の背筋を伝った気がした。
介護施設での事件というのは多い。例えば、施設の職員からの暴行を受けて、施設入所利用者が骨折や怪我をするというのはよく聞くだろう。あるいは虐待事件というのもあるだろう。それ以外にも、窃盗事件というのもある。入居者や利用者が、認知症であったりして、認知機能が低下している所で、金銭を盗んだところで、本人の勘違いとして処理されてしまう事だってあるはずだ。
例として言うならば、川崎市の老人ホームの事件が有名だ。職員が入居していた老人を複数名、殺害していたというものがある。
つまり、この呪われたベッドというのも、職員による殺人事件、だとでもいうのだろうか。
私の思った所を伝えると、栢野はそれを小さく電話口で肯定した。
栢野「そうですね。それは十分にあると思っています」
著者「じゃ、じゃあ、警察を」
栢野「警察が信じてくれるでしょうか。状況証拠として、人が死ぬ、というのは、施設の特徴として当然、あり得る話です」
著者「た、たしかに」
栢野「だいたい、具体的に殴ったり蹴ったりをして死んだとしたら、明確な痕跡が出てくるでしょう。医師も、所詮、雇われの医者、もしくはオーナー医師でしょうから、死亡診断書を誤魔化せるにしても、家族には隠せないはずです。葬儀会社も不審に思う傷などがあるかもしれません。つまり、明確な殺人事件とか、ではない」
それに、と栢野は言葉を続ける。
栢野「朝倉看護師というのは、殺人事件だと内心わかってその話を投稿したのでしょうか」
著者「というと?」
栢野「殺人事件としたら、朝倉看護師の行動は二つ考えられます。一つは沈黙。沈黙して、今まで通り、勤務を続ける事です。子供がいるならば、それをするのが正解でしょう。もう一つは、誰かに話すことです」
著者「それで、私が選ばれた?」
栢野「何故?」
著者「それは、私のファンだから」
栢野「わざわざ殺人事件をファンだからと、相談に行きますか? 警察とか他にしかるべき相談先がありませんか?」
著者「確かに……」
わざわざインターネット上で小説を投稿している作家もどきにそんな話を持ち掛けるとは思えない。だいたい小説家になろうで創作活動をしている人間を信用して、ほいほいと話をもちかけるとは、全く想像しない。
私が殺人事件や虐待の事件を知ったならば、栢野のいう通り、警察や病院ならば厚生労働省とか、あるいは、マスコミ関係に通報するのが一番だと考える。
著者「それに、それなら最初から殺人事件として相談をすればいい、ですよね」
栢野「そうです。回りくどい呪われたベッドとかそういうのは、変な想像を掻き立てるだけです。そこから考えられるのは、朝倉看護師も、どうして死ぬのか、明確な虐待や暴行、殺人の痕跡が見当たらない、思い至らない。ということになりませんか」
著者「待ってください」
私は一度整理するために、栢野の電話を止め、手近なメモ用紙を手に取った。
栢野とお互いに話をしながら、確実なところは以下の点である。
1、患者がすぐ死ぬベッドはある。
2、そのベッドは、部屋の奥まったところにある。ベッドは部屋の入り口からは見難い場所にある。
3、患者はわかりやすい暴力で死んでいない。
4、朝倉看護師は、怪談話として話をしてきた。
これ以外にも、いくつかの点があるとは思うが、私が認識しているのは、この点だと思う。
参考の為に、また、再び以下に病室の見取り図を載せておく。
これのどこに殺人事件の様相があるというのか。
疑問に思いながらも、私は栢野の言葉を待った。