3、ノンフィクションライター栢野
介護医療院とは何か。
介護医療院とは、要介護者であって、主として長期にわたり療養が必要である者に対し、 施設サービス計画に基づいて、療養上の管理、看護、医学的管理の下における介護及び機 能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話を行うことを目的とする施設。(厚生労働省のHPより抜粋)
そんな事がインタネットには載っていた。
私は専門外でよくわからないが、そういう時は、比較してみると、わかることがある。
介護老人保健施設とは、要介護者に対し、施設サービス計画に基づいて、看護、医学 的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話を 行うことを目的とする施設。(厚生労働省のHPより抜粋)
つまり、介護老人保健施設と、介護医療院との違いは長期での療養ができるかどうか、という所にある。
調べてみると、介護老人保健施設においては入所利用を始めてから長くて三ヶ月程度で在宅、つまり、家に帰る事を目的としている。では、家に帰るに帰れない、長期の利用を目的とする人はどうなのか、という事であると介護医療院に入所する事となる。
と、いうのが、私が簡単に調べた介護医療院という施設についてだった。
もちろん、私の認識が間違っている可能性もあるが、それでもおおむねあっているはずだ。
さて、私がどうしてここまで詳しく調べたのかというと、件の呪いのベッドの話を引きずっている。
再度言っておくが、私は呪いのベッドだのなんだのを信じてはいない。で、あるが、そういう怪談噺の裏には何かがあるというのが基本的な物だ。そして、たいていは大した事じゃない。そういう裏側を見てみたい、というのが私の本心なのである。
パソコンを前にそんな事をタイプしていると、電話が鳴った。
著者「はい。もしもし」
栢野「どうも、栢野です」
栢野と名乗った電話口の男は、私の知人の一人だ。
彼はオカルト関係の雑誌で仕事をするノンフィクションライターである。彼が扱うのは本当にノンフィクションばかりで、最近で言うならば、とある殺人事件についての背景を緻密に取材した記事を、自らのブログサイトに載せている。また、他にも、プチ売春について追ったルポ記事などを手かけている。
彼と知り合ったのはとある作家パーティだった。彼と私はお酒が飲めず、アイスミルクを互いに飲んで、共通の作家仲間が酔っ払う姿を見て、距離をとっていたらいつしか、親交を深める事となっていたのである。
栢野「メール、読みました。面白いですね。すぐ死ぬベッドですか」
挨拶もそこそこに栢野はそう言った。
彼の言う通り、私はメールを送っていた。それは、私が先日貰った朝倉イズミの投稿の元データと、スキャナーで取り込んだ病室の見取り図を添付しており、栢野さんの意見をもらいたかったからだ。ノンフィクションライターとして活動している彼の意見を、参考に、この話をどう取り扱うべきか、見極めたかった。
著者「はい」
栢野「私の結論から言いましょうか。私は、呪われたベッドがあるとは思いません」
著者「あっさりですね」
栢野「そりゃ、私も呪われたベッドというものがあるとは信じていませんから」
著者「なら、今回の話は創作」
栢野「いいえ、私はそうは思いません」
著者「と、いいますと」
栢野「人が変によく死ぬというのは、よくあると思うのです。例えば、私が少し前に事故物件について調べたことがあるんですよ。知っていますか? 事故物件」
事件や事故が原因の死、自殺、孤独死などにより入居者が部屋で死亡した賃貸物件、通称「事故物件」
それくらいの知識は私にもある。
著者「馬鹿にしないでください」
栢野「事故物件は、人の死を呼ぶんです。と、いうのも、安いから生活困窮者がやってきて、そういう生活困窮者は高齢者だから、結局、すぐに部屋で死んでしまうんですよね。で、また、事故物件としてなってしまうという、悪循環がある」
著者「だから、ただの偶然」
栢野「だと、私は思います。ただ、少し、気になるところがあるんですよ」
著者「気になるところというと」
栢野「間取りです。私も少し調べたんですよ。介護医療院について、そしたら、あの見取り図に間違いがありましてね。いや、これは、本職の人なら、すぐに気づく見取り図なので、あれなんですけども、あ、データを今、メールで送りますね」
そういって、栢野が贈ってきたメールには、一枚の絵が添付されていた。
それは私が朝倉さんに書いてもらった見取り図に、加筆修正されたものである。
著者「この赤く加筆された箇所は?」
栢野「介護医療院にはですね。私も調べて知ったんですけど、ベッドとベッドの間には、基本的にパーテーション、間仕切りがあるはずなんです。他にも病院のようにカーテンを引くことができます。つまり、私が赤く線を引いたところにはパーテーションがあるはずですね。こうやって、見ると、問題のベッド、外から見えにくい場所にあるんですよ」
著者「確かに、少し奥まっているような」
栢野「でしょう。なら、一つ、思い至る事がありませんか?」
著者「見守りが行き届かないから、患者の、利用者の変化に気が付きにくいと、いう事ですか?」
そうです、と電話の向こうで栢野が肯定した。
栢野「見守りが行き届かないベッド。そこに入所利用している人は、だんだんと衰弱しているのに、看護師や介護職員の目が届きにくいから、状態の変化に気が付かず、気が付いたときには、もう手遅れで死んでしまう。そういうような状況があるんじゃないでしょうか」
著者「なるほど」
栢野「と、思ったんですけども、さすがに、そんな事はないはずですよね」
著者「え」
栢野「忘れてください。私も看護とか医療のプロフェッショナルじゃありません。本業の方々が、本気で看護や介護に取り組んでいるのは重々に承知しています。だから、今のは一つの推理にもならない、言ってしまえば、想像でした」
なんとも頼りにならない事だ。
栢野「ただですね。今の見取り図と、最初の見取り図を見て、気づきませんか?」
著者「何にですか?」
栢野「違和感ですよ」
私は、最初に朝倉さんに書いてもらった見取り図を思い出しながら私は考えた。
著者「もしかして、パーテーションを描いてなかったことですか?」
栢野「そうです。その朝倉さんというのは、実際に、その見取り図の施設で働いているんですよね。なら、パーテーションの存在も知っているはずです。なのに描かなかった。そこに何か意図があるのかも知れません。彼女がどこの介護医療院で働いているか、聞いていますよね?」
著者「もちろんです。メールで送っておきますね。ですが、それを知ってどうするんですか?」
栢野「何、少し試したいことがあるんですよ」
電話の向こうで栢野が少し楽しそうに、そう言った。