2
「だから嫌だって」
「聞くだけ聞いて!」
私は梨穂子の圧に負けて、しぶしぶ話を聞いた。内容はやっぱり想像通りだった。
幸助くんに彼女がいるかを直接聞いてきて、というものだ。
「直接自分で聞けばいいじゃん」
「それじゃだめなの!」
「てか、幸助くんの顔、私知らないもん」
「じゃあ、知って!」
梨穂子の声量に私は思わず彼女の口に手を当てた。
しーッ、と私は周りの様子を見ながら彼女の興奮を落ち着かせる。
女子高校生という生き物は、盛り上がれば盛り上がるほど周りが見えなくなる。
「てほはなしゅて、なきょ」
手を離して、奈子。
彼女はもごもごと口を動かす。私は手を離しながら「幸助くんは梨穂子様から聞く情報だけで十分です」と言った。
「梨穂子可愛いし、大丈夫だよ」
そう付け足すと、梨穂子は少しムッとした表情になる。
……あれ? 今、私褒めたよね?
「なにゆえご機嫌斜めに? お嬢様」
「私は奈子になりたいよ」
その発言に私は驚いた。
まさか梨穂子にそんなことを言われるなんて思いもしなかった。皆の憧れの城崎梨穂子。そんな彼女が私になりたい?
私がキョトンとしていると、梨穂子は私をじっと見つめながら口を開いた。
「もっと自分の魅力知ったほうがいいよ、奈子は」
「どういうこと?」
「奈子はね、なんとなく幸助くんに似てる」
「んんん? 誉め言葉?」
なんだか複雑な感情になる。
それに、私なんてごく平凡な女子高校生だ。彼氏は中学の時に三か月だけ付き合って以来いないし……。
そういや、なんで別れたんだっけ?
「奈子は、綺麗な顔立ちしてるし、磨けば誰よりも美しくなるよ」
彼女の真っ直ぐなその瞳に私は思わず目を逸らしたくなった。
嘘偽りのないその言葉に恥ずかしくなりながらも、心の底から嬉しかった。
「分かったよ、梨穂子のために幸助くんに聞いてあげる」
私はしぶしぶ了承した。
なんやかんや梨穂子の頼みごとは断ったことがない。……いや、一度だけある。
あれはたしか……。
「本当に!?」
私の返答に梨穂子は嬉々たる声を発した。
その高い女の子らしい声が少し羨ましい。私の声は少し低くてハスキーだ。
「そう言えば、幸助くんの苗字は?」
「笠原」
「なんか渋い名前だね」
「笠原幸助……、確かに言われてみれば、一昔前のイケメンの名前って感じだね」
「実際の幸助くんはイケメンなの?」
「めちゃくちゃカッコいいよ。奈子、惚れちゃだめだからね。奈子が相手なら私勝ち目ないもん」
「絶対惚れないし、惚れたとしても、幸助くんは梨穂子を選ぶと思うよ」
「ううん、私なら奈子を選ぶから」
独り言のようにボソッと呟いた彼女の言葉に私は返答しなかった。
ただ、どうして梨穂子が私をそれほど買ってくれているのかよく分からない。
私は別に秀でて良いところがあるわけではない。
性格が良いわけでもないし、モデルみたいなルックスを持っているわけでもない、秀でた才能があるわけでもないし……。
性格も良くて、明るくて、文武両道の城崎梨穂子が選ばれないわけがない。
「じゃあ、明日、どの子が幸助くんかだけ教えてね」
「そっか、そっからだった」
梨穂子はそう言って、一気にオレンジジュースを飲み干した。