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愛する人を一人選択すると、もう他の人を選択することはできない。
恋愛はゲームのようで、選択を間違えると一生後悔することになる。
「結局はタイミングなんだよ」
タイミング、と私は友人の言葉をそのままオウム返しする。
いつものように、私たちは高校の最寄り駅にある喫茶店でオレンジジュースを頼み、恋愛話で盛り上がる。
高校二年生が話す内容なんて、ほとんどが恋愛か部活のことだ。残念ながら私も梨穂子も部活に入っていない。
学校が終われば、誰よりも学校を早く出る帰宅部。
梨穂子は真剣な眼差しで私をじっと見つめる。恋愛について語る時、彼女はいつもこの目をしている。
「幸助くんに想いは伝えたんだよね?」
私は梨穂子の好きな男の子の名前を出す。
彼女はずっと隣のクラスの幸助くんという少年に片想いをしている。
……私は彼の顔もフルネームも知らない。普通の高校生なら、「梨穂子の好きな人ってどんな人? 見に行こ~~!」って言っているはずなのだが、私は幸助くんには全く興味がなかった。
恋愛は幻想的なもので、本人を見てしまうと現実になってしまう、と前に梨穂子に言うと、何それ意味わかんない、と一蹴された。
けど、「奈子らしいね」とも言われた。
私らしい、がよく分からないけど、貶されたような雰囲気ではなかったから別に良い。
峯川奈子、それが私の名前だ。なんともパッとしない名前。城崎梨穂子はなんて華のある名前なのだろう、といつも思う。
名前の通り、私は別に派手でもなければ地味過ぎるわけでもない。梨穂子は美人だし学校の人気者だ。
きっと、幸助くんも梨穂子のことを好きに違いない。……多分。断定するにはまだ早かったかも。
「まだ正式には伝えてない。けど、絶対に分かってるはず……。だって、私が幸助くんのこと好きなの知らない生徒なんている?」
「いない。……てか、幸助くんから何かアクションはないの?」
「それがないんだよ~~」
そう言って、梨穂子はガクッと肩を落とす。
もしかして脈ないのかな、とボソッと呟く声が聞こえた。
こんなかわいい子が自分のことを好きなんていう噂を聞けば、間違いなく自分から声をかけにいくに違いない。
……幸助くんは全く恋愛に興味がない少年なのかも。……いや、そんな十七歳がいてたまるか!
もっと、欲に忠実であれ。
「もしかして!」
梨穂子は勢いよく顔をあげて、私の方を見る。
その声量に体をビクッとさせ、「どうしたどうした」と目を見開く。
「他校に彼女がいるとか?」
「その可能性は考えてなかったなぁ」
「絶対いるに決まってる! 超美人な彼女がいるんだよ!」
「本人に確かめないと分からないよ」
私は梨穂子を落ち着かせるように、声を発する。
彼女の声に周りにいた他のお客さんが私たちの方をチラチラと視線を向ける。私たちが頼んだオレンジジュースはまだ一口も減っていない。
私はストローを口元にもっていき、オレンジジュースを口の中に流し込む。
「ねぇ、奈子、お願いがあるの」
「嫌だ」
「ちょっと~! まだ何も言ってないじゃん!」
私は知っている。彼女が「お願いがあるの」と私に頼む時はろくでもない頼み事だ。
絶対に断った方が良い。
「てかさ、何がタイミングなの?」
私は話を逸らした。
梨穂子の頼みを聞く前に、梨穂子の口から出た「結局はタイミングなんだよね」の意味を問う。
「私さ、多田に告白されたんだよね」
「多田って、同じクラスの多田?」
「そう、その多田」
同じクラスのは生徒は覚えている。もちろん、高校一年生の時のクラスのメンバーも覚えている。
ただ、同じクラスになったことのない生徒のことは名前も顔も一切把握していない。
「高校一年生の時だったら、多田と付き合ってたと思うんだ」
「多田も男前だよね。サッカーも出来るし……。ちょっと馬鹿だけど」
「ちょっとじゃないよ、かなり馬鹿。子どもっぽいし……」
「それは大人びて余裕のある賢い幸助くんと比べてる?」
「ご名答」
梨穂子は乙女の表情で頬を綻ばせた。
……かっわい。
女の私がこの梨穂子の表情をこんなにも可愛いと思うのだから、男が見たらイチコロだろう。
多田も気の毒だ。一年前に梨穂子に告白しておけば、梨穂子のこの表情を独り占めできたのに……。
「それでね、奈子。お願いごとなんだけど」