蜘蛛なんですけどぉ?
結局、校長のコカブはレイラを学校の寮まで連れて行き、寮長に緩徐を引き合わせた。
「キノスラよ、彼女を頼んだぞ」
「かしこまりました、コカブ様」
「あ、ありがとうございました……」
レイラの礼に一瞥すると、そのまま何処かへ行ってしまった。
キノスラと呼ばれる蜂族の寮長もコカブに一礼すると、振り向いてレイラを見て怪訝そうな顔をした。そして顔を近づけると触角をレイラの顔の周りをなで回すように動かした。
「ふ~ん……、見たことの無い種族ね。コカブ様が気になるのも分かる気がするわ」
口は人間のそれと同じであり、声は中年女性のような声だった。
「よ、よろしくお願いします……」(リアル複眼は怖すぎる……、触角も生々しい……)
レイラは彼女の後ろを着いて歩いた。メイド姿のような彼女の背中に翅が丁寧に折りたたまれているのが見えた。
「あなた以外にも新入生が引っ越し中なの。この時期は忙しいわ……」
キノスラは愚痴るようにそう言うと、A4サイズぐらいの紙を開き、レイラの部屋を決めているようだった。
「そうね、空き部屋は無いから……ここが良いかしら。付いてきなさい」
「はい……」(あれ、空き部屋無し……?)
やがて、一階の一番奥の部屋に案内された。
(部屋はゲーム通り)
「ここよ、同室の者とは仲良くしなさい」
「はい……」(あれ……?)
キノスラの用事は終わったため、そのまま入口へと戻って行った。レイラは、一礼すると恐る恐る扉を開けて入った。
「し、失礼します……、ぶわっ!」
しかし、部屋に入るといきなり蜘蛛の糸が顔を覆ったため、目の前が真っ暗になって叫んでしまった。レイラが顔に付いた蜘蛛の糸を振りほどくと中から女性の声が聞こえた。
「あっ!ごめんよぅっ!糸の扱いに慣れて無くて……、何かね、勝手にお尻の方から出てくるのが止められなくって……。あの……あれじゃないから……汚くないからぁっ!」
レイラの前にはアラクネ族の女生徒が困った顔でこちらを見つめていた。しかし、彼女は天井に張り付いて逆さまにこちらを見ていたのでレイラは驚いてお尻をついてしまった。
「きゃっ!」
「うおっ!おどろかしちゃったかもしらりん……」
彼女は上半身から上は黒髪ショートヘアの可愛らしい女の子であり、逆さまになって垂れている髪の毛の隙間から小さな触覚が見えた。耳は人間のそれに似ていたが先に毛が生えているのが分かった。しかし、下半身は蜘蛛そのものであり、屋根に張り巡らした蜘蛛の糸に足を引っかけてこちらを逆さまになって申し訳なさそうに見つめていた。
「へ、変な言葉」
「そこか~いっ!ヘンテコ女神によく言われるぞ……」
「女神……?と、というかあなた誰……なの……?」
レイラは想定外の蜘蛛の糸で戸惑ったが、それ以前に同室に誰かがいることに気になった。ゲームでも二人部屋だったが誰も住んでいなくて一人だけで過ごすことになったのだった。
「私はギエナ、アラクネ族なんだぞぉ」
「アラクネ族……蜘蛛の……」
「そ~うなのだぁ……。なんで、なんで……」
「何で……?」
ギエナはもったいぶったようにしゃべったのでレイラは思わず聞き返した。
「蜘蛛なのかぁぁぁ~~っ!JKから蜘蛛とか、なろうかっ!ありえんてぃ~っ!あ、えんちゃんみたいになった……」
「ど、どういう意味……?」
「く、くそうぅ、ついてきたらこれだ……。確かに行くって言ったけど……」
レイラの問いには答えず、ギエナは独り言のように愚痴っていた。
「あの宇宙天使めぇ……」
「あ、あの……」
「ふぅ~……、ともかく糸が色々と広がっちゃってて、ごめんね。もうちょっとで慣れるから。そしたら制御出来ると思うんだぁ」
「そ、そう……」
「そだ、君の名前は……レイラさんだっけ」
「そうだけど、どうして名前を知っているの?」
「ぐぇ?あぁ、あの蜂姉さんに聞いたのだよ、うんうん」
「寮長のことかな……。よろしくね、ギエナさん」
レイラはギエナが一瞬、変な声を出したのが気になったが取りあえず挨拶だけは済ませた。
「ギエナで良いよっ!」
「うんっ!私もレイラでっ!……ゴホッ」
呼び捨てで良いよと言いかけると、糸の破片が口に入って思わず咳が出てしまった。
「わぁ~、本当にごめんよう……」
ギエナは頭を下げて床に降りると、蜘蛛の糸を丁寧に両手で巻き取っていった。
「あはは……、だ、大丈夫だよ」
レイラは同室の存在が予想外だったが仲良く出来そうな魔族で良かったと思った。
(……あれ?)
しかし、自分がやって来たばかりなのに寮長からどうして自分の事を聴けたのだろうかと思った。
(まぁ、いいか……)
そして、自分のベッドに座ると特に何もすることも無く、ボケッとしながら慌てて糸を片付けるギエナを見つめた。
(この子もゲームにいなかったんだよなぁ……。何だろう、この世界……ゲームの世界じゃないの?)
ふとそんな疑問が沸いたが、机に備えてあった鏡で自分の顔を見つめ、自分の手の平を見つめて主人公キャラになった自分を改めて実感した。しかし、ゲームとは似て非なる世界に紛れ込んだ自分にどうしてこうなったのか理解は追いついていないままだった。




