献血デート?
放課後になり、津名と日高は、一緒に教室を出て行った。休み時間の約束通り、献血ルームに向かう事にしたからだった。
「日高さん、よろしくねっ!」
教室を出ると津名が嬉しそうにそう言った。日高はちょっと照れ笑いをした。自分を助けてくれた男の子のお返しが出来ることが嬉しかった。
「う、うんっ!」
大寬は津名達が教室から出て行くのを自席から睨むように見届けていた。
(あいつ、単独行動だけど、大丈夫なんでしょうねぇ……)
「まや、どしたの?凄い顔をしてるよ?塾に行くんでしょ?」
しかし、友達に声をかけらたため、彼女は笑顔に戻った。
「そ、そう?あははっ!ごめんごめん。塾でしょ?もっちろん行くよ~」
「んじゃ、一緒に行こっか」
「そうだねっ!」
更に教室の奥でそれらを見て、ほくそ笑んでいる女生徒が居たが彼らは気づかなかった。
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下駄箱で靴に履き替えて昇降口を出た時、日高は、ふと自分の置かれている状況に気づいた。
(あれ、もしかして、これって……デ、デートなのでは……?私は津名君を誘ってしまったっ?!やばいやばいやばいやばい……)
彼女は同年代の男の子と出かけた事の無い自分に今更気づいて顔が青ざめ始めた。
(しかも、学校帰りデートッ?!カフェ行って、ケーキ食べて……、あぁっ!憧れのデートッ!!!)
しかし、すぐに現実に引き戻された。
「んじゃな~~いっ!」
その考えが言葉に出てしまって、津名は驚いて彼女の顔を見た。
「ど、どしたのっ?!」
「な、なんでもない……です」
日高は顔を赤らめて下を向いた。何故かちょっと涙も出た。
("献血デート"なんて聞いたことがないないな~~~いっ!)
冷静さを取り戻した日高は津名をちらっと見た。相変わらず津名は何を考えているのかよく分からない顔をして歩いているだけだった。
「もしかして、場所が分からなくなった?」
津名にそう聞かれて日高は自分の混乱ぶりが分かってしまったのでは無いかと思って焦ってしまった。
「だ、大丈夫……覚えてる……よ」
「それなら良かったっ!」
歩きながら、日高は段々と腹が立ち始めた。
それにしたって何のための献血なのかと。献血をしたいだけであんな恥をかく男の子を自分は見たことがないぞと。いや、全国の女子高生の中でそんな男の子を見た者がいたのだろうかと。
「つ、津名君って献血が趣味なの?」
そして、やっと出てきたその程度の一言が彼女なりの攻撃だった。
「えっ?!違うよ」
「それならどうして献血しに行くのよっ!」
追加攻撃を加えた彼女は少し調子に乗ったなと自分でも思った。攻撃を食らった津名はものすごい困った顔をしていたので、彼女は申し訳ない気持ちになって来た。
「えぇ、あ、あの……。そ、そうだなぁ、献血って良いことだから、か、かなぁ……」
案の定、ひどい言い訳が出て来たので日高は聞いてはいけなかったのかと思って、これ以上は触れないようにした。
「……そ、そっかぁ」
それにしても、今の彼は、自分を助けた時のたくましい男では無く、何とも冴えない男であった。
(このギャップなんだろう……、あの時はかっこ良かったのになぁ……)
津名は困り顔の笑顔で頭を掻きながらこちらを見ていた。日高はデートだと浮き足だった自分が恥ずかしくなってため息が出てしまい、そのまま次の攻撃を繰り出してしまった。
「それにしても酷い制服……」
「えっ!そ、そう……?」
あの時は気づかなかったが、よく見ると制服の一部はボロボロに破れていて、それを手で縫ったような後が残っていた。
「その制服のせいよ、きっとっ!」
「な、なにが……?!」
「なんでもな~い。……もしかして、それって自分で縫ったの?」
「ななな、なんで分かったのっ?!」
やっぱりかと、日高は思った。そして、彼が一人で一生懸命縫っている姿を思い浮かべてしまって、思わず笑ってしまいそうになった。
「ぷっ!」
「えっ!なになにっ?!ど、どうしたの急に……」
「な~んでもないっ!ぷぷぷっ!くくくっ……」
日高は、また笑いの壺に入ってしまいそうになったので、これは不味いと思った。しかし、それはすぐに何とかなりそうだった。
「あ、あそこだよっ!」
「おっ!着いたんだね」
目的地の献血ルームが近づいて来たからだった。
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普通であれば駅前の目立つ場所にあることが多いそれは、駅からはかなり離れた空き地のような場所にあった。それは所謂小型の献血車だった。車の横には赤十字のマークと献血のキャラクターが描かれていて、天井からは雨よけの天幕が広がっていて、その下には椅子が置かれていた。
その周りでは職員らしき人が、人集めをしたり、宣伝用のポスターを配ったりしていた。しかし、周りには誰も居なかった。
「こんなところでやってるなんて変だよね」
「そうかなぁ?献血車は住宅街に来ることもあるよ?」
日高は特に不思議にも思わなかった。献血車は公園などで見たこともあったからだった。
「ちょっと行ってくるねっ!」
彼女が首をかしげていると、津名はそう言ってさっと献血車の方に走って行ってしまった。
「あっ、一人で行く……の……」
日高の言葉を最後まで聞かず、津名は一人で献血車に入ってしまった。仕方なく彼女は外で待つことにした。
(私も行った方が良い?う~ん、あれ、私は待っていなくても良いのかも……?)
日高は職員に声をかけられたらどうしようかと思っていたのだが、彼らは津名が中に入るとすぐに続けて中に入っていった。
(あの人達が津名君から採血するのかな……)
人手不足で宣伝と採血の両方をやっているのだろうと日高は思った。
社内は見えないように磨りガラスになっていたのだが、それでも窓越しに津名が献血のために寝転んだのが分かった。彼は何かをしゃべっているようにも見えたが、無論、声は聞こえなかった。
やがて、献血が終わったのか車から津名が出て来た。まくっていた袖を降ろしながら後ろの献血車を見つめて日高の方にどちらかというと急ぎ足で向かってきた。日高はその足の速度よりも彼の顔が真顔だったので驚いていた。しかし、日高に近づくと彼の顔がいつもの顔に戻った。
「お待たせ~、いや~、献血が出来て良かったなぁ~、案内してくれてありがとうっ!」
献血のお礼にもらったジュースを片手に津名はそう言ったが、棒読みの上に早口だったので献血が目的ではないことだけは分かった。
「ど、どういたしまして……。け、献血ができてよかったね」
日高も調子を合わせたのだが、津名は周りを見渡していて警戒しているようにも見えた。しかし、その後の一言は何のことか理解出来なかった。
「はぁ~、一発で当たりだよ……」
彼はそう言って肩を落とした。
「うん?当たり?献血ルームに当たり外れってあるの?」
「い、いやぁ、あはは……。今日はありがとう。お礼をしたいな、うちに行こう」
津名が続けて話した内容があまりにもさりげなかったので、日高はその言葉を理解するのに頭の思考回路が壊れかけ、一瞬時間が止まった。その後、顔を真っ赤にして当然の声を上げた。
「はぁぁ?!今、何て言ったのっ?!お家?あなたの家にっ?!」
「うん、あれ?何か用事ある?」
日高は用事とかそう言うのじゃなくて、あんたは女性を家に誘ったんだよって言いたかった。しかし、屈託無い顔をしている顔を見ると自分が間違っているような気がしてきた。
「な、ないけど……」
「それじゃあ、行こう」
それは唐突な誘いであり、彼は余りにも無邪気で何も考えて無さそうだった、しかし、それに落胆する自分は何なんだろうとも日高は思った。