夢じゃない
レイラは自分をゴブリンから助けてくれた目の前の少年の声と美貌に目を奪われた。
(か、格好いい……)
少年の少し細い目は青い瞳をしていて星のように見え、顔は細く青白く女性のようにも見えたが、唇は男らしかった。風になびいた黒髪を手でかき分けると三つ目の眼が見えた。しかし、その目は閉じられたままだった。
(そうだ、この人は三ツ目族だった……)
茶色のサリーのような服の上からも鍛え上げられた胸筋が分かり、すらりと伸びた腕も鍛え上がっていて力強かった。
「大丈夫かって聞いてるんだよ。立ち上がれるか?」
白い手を差し出されて彼女はその手を掴んだ。顔は自然と赤くなった。
「礼ぐらい言えよな」
「あ、ありがとうございましたぁ……。あなたは……?」
彼女はゲーム通りに少年に名前を尋ねた。
「俺は、サダクビア・スアリ・エクア」
しかし、彼の名前は知っていた。レイラの想像通り、サダクはゲーム通りのセリフで自己紹介をした。
(そう、彼は三ツ目族のサダク……。その目はまだ閉ざされたまま)
「こっちが名乗ったんだぜ?お前も名乗れよ」
「わ、私は……」
ゲームではここで名前を決める画面が表示されるが、そんなものは表示されなかった。彼女はゲームで使った名前を名乗った。
「私は、レイラ……(うん、本名)」
「レイラ……」
男性に名前で呼ばれたので彼女は顔を赤らめ、モジモジとした。
(な、名前で呼ばれたっ!……当たり前か)
「この辺は奴らの縄張りだぜ?女が一人で歩く場所じゃねぇだろ?知らねぇのか?」
(え、え~っと……何て言うんだっけ……)
レイラはゲームのセリフを思い出しながら言葉を選んだ。
「き、気づいたらここに居たの……」
「はぁ?んなわけねぇだろ。どっから来たんだよ」
すると、彼女は天井を指差した。当然、サダクは頭を抱えた。
「空からだってのか?何言ってんだよ……。というか、お前は何族なんだ?見たこと無い種族だぜ」
サダクがレイラを舐めるように見つめたので、彼女は恥ずかしがった。
「そ、そんなに見つめないでよ、サダクッ!」
「いきなりあだ名呼びかよ」
(はっ!しまった、いきなり通称で呼んでしまったっ!)
「ちっ!ともかく、ここは危ねぇしな……。俺はこれから魔導学校に行くところなんだ。ついてくるか?街までは送ってやるぜ?」
レイラはうんと頷いた。言葉は乱暴だけど優しいサダクを見てゲーム通りだなと思った。
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レイラの前を歩く、サダクはあまりにもリアルだった。
彼女は牧だった頃、witch を友達同士で回しながらプレイしたのを思い出した。復興したばかりでゲーム機なんてものは少なく、災害前の液晶にヒビは入っているが動作する貴重なゲーム機だった。電気も貴重だったが、大人に隠れて充電して遊んだ。
その半故障のSwitchでプレイした『MP999の私は怪物に囲まれてもイケメンにモテモテスローライフを送りたかっただけなんですけど?』、略して『スリーキュウ』は、3Dのフィールドに時々、2Dの挿絵が入るRPGだった。珍しかったのは選択肢によって話が分岐するところだった。
そのゲームでただの立ち絵だったはずのサダクは身体に汗を流していて、息づかいも感じられ、匂いもあった。彼だけでは無かった。草花の匂いもあったし、死体となったゴブリンから流れる血の臭いまで匂った。
「近道を通って良かったぜ……。俺に感謝しろよな……。はっ!?お前いきなり何してるわけ?」
サダクは、後ろを振り向いてレイラを見て何をしているのだろうかと思った。彼女はほっぺを思いっ切りつまんでいた。
「痛い……、夢じゃない……」
「ゆ、夢?」
次に自分のおでこを触った。
「前髪もパッツン……」
ゲーム通り、眉の上で前髪は真っ直ぐに整っていた。
胸まで伸びた髪の毛の先を手で持って見つめた。足下も見つめた。
「黒髪で毛先だけパーマに田舎娘風なロングスカート……」
サダクはこの女は何をしているのだろうかと思った。
「何してるわけ?気づいたらここに居たとか、お前本当に意味分かんね……」
レイラは真っ赤に腫れたほっぺから痛みを感じた。もはや選択肢の出るゲームでは無かった。何でも出来る現実の世界だった。
「私の方が分かんないっ!」
「何怒ってんだよ……。まぁ、いいや。街までは守ってやるから付いて来いって」
「うん……」
レイラは、サダクの後ろを付いて近くの街に向かうことにした。
(広い背中……、リアルだともっと格好いい……かも……。じゃないっ!私はどうしたんだぁっ!ここは本当にゲーム世界なのかぁっ!)
思い悩むと思いっきり声に出ていた。
「うぉぉぉっ!どうすりゃいいんだぁぁっ!ここは何処だぁぁぁぁっ!」
「な、なんだっ!?どうしたっ!」
「何でもない……、シュン……」
こうして、彼女は夢とも現実ともゲーム世界とも思えない世界に放り出された。




