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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド壱の二:嫌になったら生まれ変われば良いんじゃね?
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新しい身体③

 栢山となった彼は、中学校に上がると野球部に入った。

 入部当初から期待されていた彼だったが、小学校の時と比べて野球がつまらなくなり始めていた。髪は五分刈りにされてかっこつけることも出来なくなり、先輩達からはこき使われ、練習はきついだけだった。黄色い声援も無くなっていた。


 闇の声はここぞとばかりに甘い声をかけた。


"部活なんて止めてしまえば良いのさ、練習は辛いだけだろ?"


「……」


"特別なお前が年上なだけで威張り散らすアホ共にコケにされて良いのかい?"


「……そうだよな、部活なんて止め止めっ!」


"それで良いのさ、お前は特別なんだから他のヤツと同じ事をする必要はないさ……"


 その声に従うように彼は徐々に部活をさぼるようになっていき、結局、退部届を顧問にたたきつけるようにして退部した。顧問はどうして退部するのだと聞いたが何も答えず職員室を出て行った。野球部の同級生も同様に止めたが全て無視した。

 退部してみれば先輩達も彼に関わって来なくなり、辛い練習もやらなくて良くなった。野球部の練習を遠目に帰宅した彼は自由を手に入れた喜びで伸びをした。


 部活を辞め、運動もしなくなったが彼の食欲は消えることはなかった。そのため体重は増え続け、中学生とは思えない恰幅の良い身体になった。体重のせいか、動くのも面倒になり始め、登校も面倒になった。遅刻するようになり、授業もまともに聞かなくなった。

 ある日、同じように授業をさぼっている同級生、三人を見つけ、自然と彼らと行動を共にするようになった。やがて彼らの勧めもあってタバコも吸い始め、酒も飲むようになった。タバコと酒で金が無くなれば、大人しい同級生や小学生を見つけては喝上げで小遣いをせしめた。


 それでも何かが満たされない彼らは、酒に酔ったある日、夜の学校に忍び込んだ。


「酒も抜けてきたな」

「あぁ~、つまんねぇ」

「だな~、帰るか?」

「おらよっとっ」


 誰かが石を掴んで投げるのを見て、栢山は大きな石を掴むと思い切り窓ガラスに向けて投げた。太ったとはいえ投球スピードはある程度出たのか、窓ガラスを粉々にした。


「あっ!」

「うぉっ!」

「あ~あ、やっちまったっ!」


 栢山は、反省するどころか、留まっていた血液が身体中を巡って爽快な気分になっていた。


「あははははっ!おもしれぇぇ~っ!」


 それに同調した彼らを止めるものは何も無かった。他の仲間達も栢山に続いた。異常音に気づいた用務員ロボットがやって来たがそれすら破壊してしまった。


「あははははっ!サイコーッ!」

「ヒャヒャヒャッ!」

「楽しすぎっ!」


 一階の窓ガラスを全て割り終わる頃、心底気持ちよくなり、皆笑い転げていた。


----- * ----- * -----


 彼らのささやかな自由はすぐに終わった。彼らのガラス割り行為は監視カメラによってしっかりと撮られていて、器物破損として被害届が出されてしまったからだった。しかし、彼らが十四歳以下だったため刑事責任は負わず、罰金だけとなった。


 しかし、それ以上に不味い事が起こった。誰が流したのか分からなかったが、彼らの行為はネット上に拡散されていたのだった。


「なっ!誰が流したんだよっ!!」

「や、やばくね?」

「削除依頼だせよっ!」

「だ、出した」


 しかし、それはすでに手遅れだった。動画はコピーされ続けて次々と拡散し、消すことが出来なくなっていた。


 結局、子どもの無邪気な行為は、社会問題として大炎上した。ネットだけでは無く、テレビでも特集が組まれ、人工知能だけの教育で良いのかなどの議論も沸き上がった。学校は責任を問われ、校長、副校長は辞任を余儀なくされた。


 無論、当人達も無事では済まなかった。彼らの住所や電話はすぐに特定され、喝上げされた被害者達も出て来て更に炎上した。ふざけたネット配信者達は彼らの家を訪れ、家にはゴミが投げ込まれ、誹謗中傷の電話やメールも後を絶たなかった。


 栢山の小遣いは無くなり、十六時以降の外出を禁止された。しかし、それ以上に彼の家庭はすでに崩壊寸前だった。両親は、学校への謝罪、喝上げされた人達への謝罪、テレビ取材の対応や、街中でも白い目で見られるなど疲労困憊だった。しかも、父親は職場にいられなくなり退職せざるを得ず、母親はノイローゼでベッドから出られなくなった。


 学校から帰宅した彼は、ポストに溢れるぐらい入っている誹謗中傷の紙とカベの落書きを見て家に入った。父親はリビングで肩を落としていて、母親の姿は見えなかった。彼はこの状況を見て気落ちするどころか、破滅していく人達に笑ってしまいそうになった。


「へ、へへへ……。笑える……、何でだ?なんで可笑しいんだ?人間ってのは、ここまで壊れるものなのか?ククク……、だが、オレは違う。オレは特別だからな。お・さ・ら・ば、するだけだからな……あははははっ!ひぇひぇひぇ……」


 その笑い方が影の女に似ている事に彼は気づいていなかった。


----- * ----- * -----


 自室に戻った彼は、どっぺりとした腹を支えにベッドの上で目を瞑り、両手をあぐらの中心で組んで瞑想のようなポーズをした。


"ふ~ん、次はその人ってことね"


「そうそう」


 彼の前には、一人の顔が整った高校生の写真が空中ディスプレイに映っていた。


"その身体は飽きたってこと?"


「飽きたというか、家もぼろくそ、家族もぼろくそ、やってられないね。それに顔が不細工だし、身体もこんなんだし、良いところ無しだよっ!」


"贅沢な悩みだこと。確かにその写真の男は、あなたの言うイケメンね"


「でしょ?この人になれば人生が変わると思うんだ」


"ふっ、ふふふ……"


「何がおかしいのさっ!」


"別に?ただ、あんたの考えは気に入ってるのよ。良いじゃない?気に入らなければ変わり続ければ良いのよ"


「あったり前じゃないかっ!お前が教えてくれたんだろっ!」


"そうね、そうだったわ、ごめんね"


「やってくれよっ!」


"それじゃあ、行くわ。いい?戻れないからね"


「分かってるってっ!何度目だと思ってるんだよっ!」


"ふふふ、そうだったわね……"


「まったく……、早くしろよな」


"やるわ……。良い?その写真の男のところへ案内して上げるだけよ"


 女の言葉と共に彼の身体はその場に倒れ込んだ。


"行ったか……、ふふふ……、あははははっ!ひぇひぇひぇ……、あいつ、本当にアホだわっ!アホほど扱いやすいっ!"


 空っぽになった身体のはずだったが、突然、ムクッと起き上がった。


「……あぁっ!おぉっ!」


"久々の"身体"はどうだい?"


 少年は立ち上がって自分の手を見ながら喜びに満ちていた。


「はぁぁぁっ!素晴らしいぃぃぃっ!!!身体を持つことの喜びよぉぉぉっ!ありがとうございましたっ!!」


"良いってことさ、前の持ち主に感謝するんだねっ!あははははっ!ヒャヒャヒャ……、あのアホは環境を整えてやるだけで勝手に落ちていく。ククク……、駄目になったら身体を変えたくなって……、その身体は別のヤツにくれてやるだけ……、その度に穴は大きくなるっ!可笑しくて仕方が無いっ!"


 影の女の笑い声は小さな部屋に響き渡った。


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