生徒会の威厳とは
T高校の文化祭は遂に始まった。
学校全体で立体映像が使えるようになっていて、校舎は様々に装飾されていた。事前の準備で美術部は過去使用された立体画像をブラッシュアップした。彼らのお陰で校舎には色鮮やかな花々が咲いていて、綺麗な妖精達も色々なところで手を振っていた。他にも派手な色の風船が地面から湧き続けて、空へと消えて行く演出もあった。この風船は、ただの映像では無く、触れることも出来るため子ども達はわざとぶつかって破裂させてはキャッキャッと遊んでいた。
各クラスの出し物も現在では考えられないぐらい装飾されていて、コスプレ喫茶と書かれた教室では、立体映像でコスプレした学生達が接客にいそしんでいた。また、ある教室では妙にリアルなお化け屋敷が客を怖がらせていた。体育館のステージでは、劇やアイドルショーも立体映像で装飾され、若い役者達を盛り上げていた。
他にもディベート合戦にクイズ大会などもあり、T高校の文化祭は初日から異常な盛り上がりを見せた。
生徒会長の長田と副会長の荒本、そして、書記の吉田は、生徒達の生き生きとした姿を見て満足げに廊下を歩いていた。
「何だかんだ始まってみれば盛り上がるもんだよな、長田会長っ!」
荒本が少し冗談めかして長田を呼んだのだが、彼はそれに気づいていなかった。
「(ふ、ふふふ、全て僕の仕事のお陰だ)」
彼は眼鏡をきらめかせて自分の仕事に満足して不気味に笑っているだけだった。吉田もさすがに気味悪がって後ろで黙って見つめていた。
「(これが僕の仕事だよ、最高じゃないか……あんなぼろきれ制服の言うことなどに負けるはずがないんだ……)」
「お、おい、聞いてるのかよ……、長田っ!」
何度か問われてやっと長田は話しかけられている事に気づいた。
「……な、なんだ?荒本、何か言ったか?それとも吉田か?」
「俺だよ、話しかけたのは。お前、変な笑い声が出てたぞ?」
「そ、そんなわけ……」
「まだ津名に言われたことを気にしていたのか?」
独り言ダダ漏れで、津名に指摘されたことを未だ根に持っているのが誰にでも分かった。
「そ、そそそ、そんなわけはないっ!」
「まぁ、良いけどさぁ。女子も見てるんだから変な姿見せんなよ~。生徒会の威厳が無くなっちまうからな」
彼らは生徒会という立場もあったが、それなりのルックスもあったので女生徒達から憧れるような目で見つめられることもあった。この場にも何名かの女生徒達が彼らを見つめていた。
その目に気づくと長田は背筋を伸ばして周りに手を振って挨拶した。
「ゴ、ゴホン……、や、やぁ、みなさんっ!」
しかし、眼鏡から見え隠れする目は可愛い女子に卑しげになっていた。
「それそれ、その目がヤバいって言ってるんだって……。テンション上がりまくりの女子のスカートが短いってのは分かるけど見とれんなよ?」
「バ、バカな事言うものではないっ!私は変な目などしておらんし、そ、そんなものは見ていないっ!」
荒本は生徒会長らしくしろと言いたかっただけだったのだが、ときどき見える卑しさは何ともし難かった。すると彼らのところに可愛らしい声が聞こえた。
「あ、生徒会長っ!副会長さんに書記さんもっ!こんにちはっ!」
それは近くを歩いていた大寬だった。
「……お、大寬さんに、それに津名もっ!」
「つ、津名……だと……」
荒川の津名という声を聞いて、長田は目が急につり上がって、左手で眼鏡をすっと定位置に戻した。荒本は、少し怯え気味の長田を横目で見ると、津名に声をかけた。
「津名、盛り上がってるよなっ!楽しんでるか?!」
「荒本先輩、お疲れ様です。はい、とても楽しいです」
長田は睨むような、しかし、少し怯えた目で津名を見ていた。荒本との挨拶が終わると、始めの会議の時とは打って変わって、津名はやたら腰を低くして長田に挨拶した。
「長田会長もお疲れ様ですっ!見回りご苦労様です。会長の統率力が発揮されて無事、文化祭が開催できましたね」
長田はそれを聞くと、眼鏡をキラリと光らせて態度をコロッと変えた。
「ふっ、僕の統率力だなんて言い過ぎだなぁ。みんなのお陰さ。そうだ、君の進めたフリーマーケットの方はどうなのだね?」
どうだ、俺の仕事の成果を見たかと満足げなり、お前はどうなんだよと、マウント気味に長田は津名に聞いた。荒本はそういうところだよと思った。
「はい、順調に集まってもらえて準備も問題ありませんでした。これから様子を見に行くところです」
「そうかそうか、良かったではないか」
長田の傲慢な態度に荒本はしょうもないなと思っていると、大寬も長田をおだて始めた。
「会長のお陰ですよっ!ありがとうございましたっ!」
彼女はそう言いながら頭を下げ、顔を上げたときにこれでもかと可愛い笑顔を長田達に見せつけた。三人は一瞬で虜にされ、謝罪に来たときの胸の谷間を思い出して鼻血が出そうになった。
「だ、だだだ、大寬さんも文化祭を楽しんでください。こ、困った事があれば私に相談してくださいっ!」
長田はそう言いつつ彼女の胸元をチラリ見したが、今日はしっかりとボタンが閉まっていて何も見えず、密かにガッカリした。
「はいっ!ありがとうございますっ!いつも頼りにしています、会長っ!」
可愛い仕草と共に黒くて長い髪がなびいて良い匂いが周りに振りまかれ、長田達の鼻は自然とクンクンと彼女の匂いを嗅いでいた。
「……はぁ~、良い匂い……はっ!じゃ、じゃなくて、さ、最後まで気を抜かないようにしましょうっ!」
「はいっ!さすが会長ですっ!」
とどめの笑顔で生徒会の連中は、これでもというぐらい鼻の下が伸びた。
「それでは皆さん、私達は行きますねっ!頑張って下さいっ!」
「は、は~いっ!」
「そ、それじゃぁ、ねぇ……」
「……クンクン」
長田達は、彼女が角を曲がって消えるまで見送り、荒本は大寬達が消えるとため息をついた。
「はぁ~、何だろあの子は。不思議な子だよなぁ、あの子と話すと凄く心が落ち着く……って、おい、長田っ!」
長田はボ~ッとしていて、その目はまだ大寬を追いかけていた。
「な、長田ぁぁ」
「はっ!……何だ荒本」
「何だじゃないよ、見とれすぎだってっ!」
「ふん、そんな訳ないだろっ!」
だらしない会長にあきれ果てた荒本は少しお灸を据えることにした。
「……だけど、あの子は無理だぜ?」
「な、何が無理なのだっ!」
「彼女は津名と付き合ってるって噂だからな。いつも一緒に帰っているらしい」
「なっ!だ、だから何なのだっ!ただ同じ委員になっただけではないかっ!あんな制服ボロボロな津名と付き合っているなどありえんっ!」
「はぁ~、お前なぁ……」
荒本は本音ダダ漏れだった長田に呆れてため息が出てしまった。しかも長田の声はこれでもかという大きさだったため、周りに居た女子達は幻滅したような顔をしていて何処かに散っていってしまった。
「あ、あぁ……」
それを見て長田もやっとしでかしたことに気づいて肩を落とした。
「コ、コホン……、あ、荒本……」
「んだよ」
「い、行こうか……」
「そだな」
彼らの生徒会としての威厳は落ちぶれて、その後ろ姿はちょっと寂しげだった。




