少し上がる左腕は何を指差した?
その夜、津名の部屋に珠川姉妹がやって来た。すでに珠川えんは涙目になっていたので、彼女達の家で姉からああだこうだと怒られた後なのだろうと津名は察した。
「津名きゅん……、ごめんなしゃぁぁぁいぃぃぃ……。私が頑張るって言ったのに……。お、おおお、遅れてるって思ってなかったんだよぉぉぉ……、うわぁぁぁぁん……」
この場には、大寬と日高もいて、日高はすでにもらい泣き状態だった。
"ぶ、ぶぇぇぇん……、えんちゃんは悪くないっ!帰っちゃう人達が悪いんだいっ!"
「麻帆ぉぉぉっ!」
日高とえんは、抱きしめ合って泣いていた。実際には日高は霊体なので抱きしめることは出来ないけど、それっぽく見えた。珠川すみは、彼女らを見つめると妹のミスを謝罪した。
「えんが悪いことをしたね、まったく一人でやるとか言いだしたから心配したけど、やっぱりこれだよ。リーダーなんて出来るわけないのにさ」
「お姉ちゃん、ごめんなしゃぁぁぁい……、うぇぇぇん……」
しかし、津名は彼女の頑張りは応援したいと思っていた。姉に頼ってばかりではこの後の人生で苦労すると思っていたからだった。
「いやいや、その意思は大事だよ」
今まで彼女達は年を取らない特殊な状況だった。そのため、えんは、姉妹という関係に甘えすぎていたのだった。それを自ら変えたいと願っての主張だと津名は理解していた。
「何事も最初から上手くいかないってっ!トライアンドエラーで人生は磨かれていくけど、若い頃はエラーばかりだよ。自分のエラーは早めに気づけば、これから直していけるさ」
「全く、天使様は年寄りみたいな事を言うね」
津名は肩透かしを食らったようにずっこけた。
「す、すみさんがそれを言っちゃうの?」
「ふんっ!余もいい歳だけど、こんな身体だろ?申し訳ないが高校生共を仕切るってわけにもいかないんだ」
珠川すみは少し顔を赤らめて、少し話を逸らした。
「まぁ、そうだよね」
年齢五百歳だったが、見た目は小学生の女子だったすみが高校生を仕切ろうとしても舐められるだけというのは想像に難くなかった。津名は思っている事を皆に伝えた。
「こういうのって何でもそうだけど賛成側が二割、反対側が二割、その他が六割なんだよね。その六割の人達が反対側の人達、つまり、無関心な人達に引っ張られちゃってるね」
「はぁ、お前さん、私生活は極貧だけど良く分かっているじゃないか」
「ひ、酷いっ、すみさんっ!極貧関係なくない?合ってるけど……」
「んで、天使様は何か巻き返しのアイデアでもあるのかい?」
「う~ん……。文化祭の出し物なんて責任も報酬も無いしねぇ……」
珠川すみの問いに津名は困ったもんだと頭を悩ませた。
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翌日、その日最後の授業のチャイムが鳴った頃だった。それぞれのクラスが文化祭の準備を開始しなければならなかったが、無関心組はすでに帰り支度をしていた。
蓮沼は参加したかったが、試合も近かったため申し訳なさそうに部活に向かおうとした。
「んじゃ、申し訳ないけど部活に行かせてもらうよ……ん?津名?どした?」
すると、蓮沼の目の前を津名がツカツカと歩いて教室の壇上に立った。
「ちょっとみんなに話があるんだ。少しお待ちください」
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昨晩、珠川すみは、もはやどうしようもないのではないかと結論づけようとした。
「こんな時代だから頑張らねばならないってのに近頃の若造には呆れて何も言えん」
しかし、津名はう~んと考え込むと一言こう言った。
「教室でみんなに話してみるよ、明日ね」
津名の出した結論に珠川すみは、何を言っているんだろうかと思った。
「な、なんだって?話す?あの遊ぶだけしか考えていないガキ共にかい?」
「そうだよ」
あっけらかんと津名が答えたので、いつもなら大寬が口を挟みそうだなと日高は思った。
"あれ、まやちゃん。ここは突っ込むところじゃないん?あり得ないでしょっ!とか"
しかし、大寬は顔を赤くしてあらぬ方向を向いているだけだった。
「ま、まぁ、こいつなら何とかなるんじゃない?」
"どういうことじゃいな……"
日高が理解できずにいると、藁にもすがりたい珠川えんはまたも津名に抱きついた。
「津名しゃまぁぁぁぁ……、あざましゅっ!あざましゅっ!グチュッ、グチュッ……」
彼女は涙と鼻水でグチャグチャだったが、その顔を津名の胸にぐりぐりとした。津名はやられたと思った。
「は、鼻水……が……」
更にまたも珠川えんが津名にひっついたので大寬が腹を立てた。
「ま、また、えん、あんた~~っ!!は、離れなさいよっ!」
"まやちゃん、そこには突っ込むんか~い"
大寬は津名にひっつくお邪魔虫を引き剥がそうと必死になった。しかし、彼女の鼻水はべったりと津名にひっついて糸を引いていた。
「はぁ~……は、鼻水がぁぁ……」
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教室から出ようとしていたクラスメイト達は、津名が何かを言い足そうにしたので仕方なく足を止めた。
「みなさん、高校は三年しかないと思います。つまり、文化祭はたった三回しかない」
無関心組の筆頭、螢田 邦幸は呆れかえっていた。
(当たり前じゃないかよ、何言ってんだよ)
「このままみんな帰ってもいいけど、たった三回しかない文化祭の1回目を無駄にするのは人生の無駄じゃないかと思います」
螢田は思わず声が出てしまった。
「あんな古くさいゲームが何だってんだよ、アホかやるかよ」
彼はクラスのSNSグループでくだらないを繰り返して、他の生徒達を先導していた。
「確かに、今回の出し物は古くさいゲームをネタにしているからバカらしいかもしれない。
だけど、僕は大人になって振り返った時、馬鹿げてるけど一生懸命やったんだって思いたい。
無駄な時間にするかどうかは、みんなの判断でしかないけど、ここで決めたことで将来後悔しないようにして欲しい。
何もしない選択と、何かをするという選択をみんなは選んでいる」
「だから何だっててんだよ」
「僕には時間がありません。もうすぐ退学になるからです」
"あ~、津名氏、言っちゃったよ……"
「つまり、僕には一回しか文化祭が無いのです。来年もやりたいけどやれそうにありません。
僕のためにやってほしいという意味ではありません。皆さんの時間の使い方を確認しているのです。
大人になってどう振り返りたいのか、もう一度決めてほしい」
螢田も反対意見を言い切れなくなっていた。
「……お、お前一人でやればいいだろ」
すると、津名は左手を見せて少し上に上げた。
「そうしたいんだけど、ほら、見て下さい。僕の左手はこれ以上、上がりません。事故の後、動かなくなってしまったのです」
しかし、ここまで上がるようになったのは、大寬のリハビリによるものだった。大寬はそれを見て涙が止まらなくなった。
「だから、みんなの協力が必要です。
どうかお願いします。この文化祭を馬鹿げてるけど素晴らしいものにしませんか?
クラスの出し物を最高にくだらないものにしませんか?
そして、同窓会の時にこんなアホなものをみんなで作ったよねって笑い合いませんか?
みなさんの担当は決まっています。僕の左手の代わりに手を貸して下さい。どうかよろしくお願いします」
津名はそう言って頭を下げた。大寬と珠川えんもいつの間にか彼の横に居て一緒に頭を下げていた。二人は涙を流していた。
「お願いします」
「お、おねがいしゃましゅぅぅぅ」
日高も見えないと分かっていたが頭を下げていた。教室の外には珠川すみがすました顔で聞いていた。
「ふ、やるじゃないか……。それでこそ、余らの人生を変えた人間ってもんだね」
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更にこの話を一年生の主任教師の香淀と三年生と生徒会のサポートを担当する教師である豊岡も職員室から聞いていた。
「津名君……」
「……」




