えんの頑張り
津名と大寬は、フリマの準備で忙しく、教室の出し物の方はサポートできていなかった。彼らが文化祭準備開始から二週間ほど経過した後、
出し物を設営する教室を見に来たのだが、ほとんど何も出来ておらず二人は愕然とした。
「え、えぇ……」
「んん……」
二人に一緒に居た日高もこれはヤバいのではと思い始めた。
"あんまり進んでおらぬな、えんちゃんはどしたん?リーダーやるって言ってたよね。……あ、おった"
日高の言った通り、津名と大寬は出し物を珠川えんに任せていた。津名は彼女の指差した方向に居るえんに声をかけた。
「珠川さん、お疲れ様」
「おつかれしょ~」
珠川は手を振って答えたのだが、彼女の周りに友達が二人居た。
「う……」
津名は彼女らの会話に加わろうとして撃退されたことを思い出した。ちょっと躊躇したが顔を引きつらせながらも珠川えんに近づいた。
「……あ、余り進んでいないようだけど……だ、大丈夫?」
"津名氏、トラウマが蘇っておるぞよ……ぷぷぷっ"
日高はどもっている津名を見て苦笑していた。
「そうなん?ちょっとずつ出来てるよ~」
えんは、順調に進んでいるように思っているようだったが、津名達にはそうは見えず、彼は不器用にタブレットを開くと彼女にWBSとガントチャートを見せた。
「WBSを見ると、何をしなければならないかが分かるよね」
「だよね~、津名君が教えてくれたやんっ!」
「……えっと、でね、まずオブジェクト作りだけど、全部で60個作る予定だよね」
「そだよ~」
「今はそのうち何個が出来ているの?」
「1,2,3……え~っと、5個ぐらいっ!」
津名はその瞬間、これはヤバいなと思った。
「準備期間は、二ヶ月だけどオブジェクト作りは30日間にしたよね」
「だ~、わ~てるって~っ!」
「10日間過ぎてるから本当は20個出来ていないと駄目なんだけど……」
ここまで言われて珠川えんは顔を引きつらせ始めた。
「う、うん……、か、かも……でも、少し遅れてるだけっしょ?」
「他の項目は?謎解きの問題とか、こっちも30日間で30個作る予定だったけど」
「まだ全然……」
「他にも箱を叩いたときのイベント作りもあるけど、どうかな?」
「……こ、これから」
"うひぇ、全然進んでおらぬ。ヤバヤバのマズマズでは?"
日高はこれは駄目だなと思った。大寬も口を挟み始めた。
「えん、あんた毎日WBSをチェックしていなかったの?下校時刻の30分前に確認しなさいって言ったよね?」
「ちぇ、ちぇっけら?」
珠川えんは意味不明な返答をした。
「そ、そうよ、チェックしていた?遅れていたら報告しなさいって言ったわよ?」
徐々に色々な人から責められて珠川えんは涙目になった。
「え、えぇ~っとさ……。このだぶるびーえす……よく分からんもん……」
ギャル語を忘れるぐらい彼女は焦り始めていて冷や汗が流れ始めていた。津名はどうしたものかと思った。
「と、取りあえず落ち着いて……」
「そ、それそれナ~」
えんの友達も責められている彼女を守ろうとし始めた。
「津名、おめぇっ!責めすぎんだよっ!」
「そだよ、今まで居なかったくせにっ!」
大寬も彼女らの怒りに反応してしまった。
「それは始めに話していたでしょっ!えんが頑張るって言ったんでしょ?」
津名と大寬はフリマの準備で忙しくなると言ったとき、クラスの方は任せろと言ったのは彼女だった。珠川すみも手伝うと言ったが、彼女は一人で頑張ると言った。
「う、う、うぅぅぅ……、うわぁぁぁぁん……、だ、大丈夫だって思ってたぁぁぁ~……」
ついに珠川えんは泣き出して、津名に抱きついてしまった。
「な~っ!えんっ!ど、どさぐさに紛れてなにしちゃってんのよっ!」
大寬は憤慨したが、津名はまあまあと手でなだめた。大寬は口を尖らせていた。
「ややや、やっぱり、お姉ちゃんがいないと私は駄目なんだ~~っ!お姉ちゃ~ん……、うわぁぁぁぁん……」
えんは、目の前で子供のように泣き出してしまって、彼女の友達達も怒りが最高潮に達した。
「えんを泣かすなっ!」
「てめぇ、っざけんなよっ!」
「え、えぇ、そ、そういうつもりでは……」
津名は二人の怒りに怯んでしまった
「津名君は悪くないぃぃぃ、うわぁぁぁぁん……、私が駄目ちんなんだぁぁぁぁ」
取りあえず、珠川えんを落ち着かせようとした。
「ま、まずはそこに座って」
「……うん、グスッ、うぅぅぅ……」
珠川えんは椅子に座るとうなだれて顔を両手で覆った。友達二人の罵声は、その間も飛んできていたが、そちらは大寬がフォローしていた。
困り顔になった津名だったが別の話を切り出した。
「クラスの他の人達はどうしたの?」
謎解きを作る担当者も決めたはずだったが、ここに残っているのは、オブジェクト作成チームのえんと彼女の友達だけだった。
「……帰っちゃった」
「か、帰ったのか……」
"うぇ、酷いぞな、それは……。仕事放棄っ!"
「何か用事があったのかな?」
「わかんない……」
「はぁ~……」
津名は事の深刻さが分かったような気がして頭を抱えた。日高も珠川えんに同情し始めていた。
"津名氏、えんちゃんだけが駄目ってわけじゃないよぉ……どうするん?"
"こりゃ、大変だね"
"すみちゃんを呼んでくる?"
"そうだね、お願いするよ"
日高に呼ばれて、珠川すみがやって来ると、えんも落ち着いて今日はお開きとなった。
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その夜、津名の部屋に珠川姉妹がやって来た。大寬と日高も居てこの状況をどうするのかという会議になった。すでに珠川えんは涙目になっていたので、彼女達の家で姉からああだこうだと怒られた後なのだろうと津名は察した。
「津名きゅん……、ごめんなしゃぁぁぁいぃぃぃ……。私が頑張るって言ったのに遅れてるって思ってなかったんだよぉぉぉ……、うわぁぁぁぁん……」
日高はすでにもらい泣き状態だった。
"ぶ、ぶぇぇぇん……、えんちゃんは悪くないっ!帰っちゃう人達が悪いんだいっ!"
「麻帆ぉぉぉっ!」
日高とえんは、抱きしめ合って泣いていた。実際には日高は霊体なので抱きしめることは出来ないけど、それっぽく見えた。それをすみは、見つめると妹のミスを謝罪した。
「えんが悪いことをしたね、まったく一人でやるとか言いだしたから心配したけど、やっぱりこれだよ。リーダーなんて出来るわけないのにさ」
「お姉ちゃん、ごめんなしゃぁぁぁい……、うぇぇぇん……」
しかし、津名は彼女の頑張りは応援したいと思っていた。姉に頼ってばかりではこの後の人生で苦労すると思っていたからだった。
今まで彼女達は年を取らない特殊な状況だった。そのため、えんは、姉妹という関係に甘えすぎていたのだった。それを自ら変えたいと願っての主張だと津名は理解していた。
「いやいや、その意思は大事だよ。何事も最初から上手くいかないって。トライアンドエラーで人生は磨かれていくけど、若い頃はエラーばかりだよ。自分の駄目なところは早めに気づけば、これから直していけるさ」
「全く、天使様は懐の大きいことだね。……しかし、余はこんな身体だろ?申し訳ないが高校生共を仕切るってわけにもいかないんだ」
「分かってるよ、こういうのって何でもそうだけど賛成側が二割、反対側が二割、その他が六割なんだけど、その六割の人達が反対側の人達、つまり、無関心な人達に引っ張られちゃってるね」
「はぁ、お前さん、私生活はボロくそだけど良く分かっているじゃないか」
「……私生活はボロくそ、って酷いっ!合ってるけど……」
「んで、天使様は何か巻き返しのアイデアでもあるのかい?」
「う~ん……。文化祭の出し物なんて責任も報酬も無いしねぇ……」
珠川すみの問いに津名は困ったもんだと頭を悩ませた。




