いつの間にやら保健室
津名は、休み時間になると日高に教えてもらってタブレットを使って調べ物をするようになった。しかし、彼は机の上にタブレットを置いて、片目を押さえて、近づいたり遠のいたりしながら読んでいた。日高はその姿が可笑しくて仕方なかった。
(ふふふっ!変な使い方っ!ちゃんと教えてあげたんだけどなぁ)
彼は昼食の時になるといつも教室の外に出ていった。
(いつも何処で食べているんだろう……)
気になった日高は、そのまま津名の後を追った。彼は昇降口付近にやって来るパンの販売場所とそれに群がる学生達をじっと見つめつつ、そのまま靴に履き替えることも無く、そのまま出て行ってしまった。
(あれ?パンは買わないの?)
日高はそのまま追いかけたのだが、昇降口を超えたあたりで津名を見失ってしまった。
(あれ?消えちゃった……)
彼女はキョロキョロと見回したが、彼は何処にも居なかった。しかし、諦めかけて、ふと上を見上げると、何故か屋上に彼の影を見つけた。
(あ、あんなところに?どうやって?というか、今ここにいたはずなのにどうしてあんなところに居るの……?しかも、屋上って入れないはずなんだけど……)
日高は理解出来ず、しかし、興味は尽きず屋上の入口に向かった。しかし、やはり扉を開けようとしても鍵が掛かっていて外に出られなかった。
(あれ、やっぱり出られない……、津名君はどうやって?……ん?声が聞こえる)
津名と誰かの話声が聞こえてきたので扉に聞き耳を立てた。
「ま~た、あんたっ!何も食べないでこんなところにっ!」
それは、大寬の声だと分かった。
(大寬さんも……?どうやってそこに出たの……?でも、二人って仲いいなぁ……)
日高は二人に疑問を抱きつつも、少し寂しい思いがした。
「だって、お金が無くってさ……。あはは……」
津名のいつも笑い声が聞こえた。
「何で貧乏学生かなぁ……。私みたいに選んで来れば良かったでしょっ?」
「えぇ、だって迷惑をかけたくないでしょ?」
「なにそれ、んじゃ、私がこの子に迷惑をかけているって言いたいわけ?」
「そうは言ってないけど……」
「私はこの人に迷惑もかけてないしっ!むしろ、幸せにしているぐらいだからねっ!」
「はいはい、そうですか……。んで、何しに来たんだよ……」
すると、クチャクチャとビニールの音がしたので学食のパンを大寬が差し出したのだと分かった。
「ほら、これ上げるから食べなさい」
「おぉっ!なんとぉぉっ!!さっすが女神様ぁぁ……」
明らかに津名が涙声になったのが分かった。
「バカなこと言ってないで早く食べなさいっ!そんなにお腹が空いてたら任務がこなせないでしょっ!」
「はぁ……、僕はこれからどうやって生きていこう……」
「情けないこと言ってないでアルバイトでもしなさいよ」
「……だって、働きたくない」
「ムッカッ!そういうところが駄目なのよっ!あんたって本当に最悪っ!」
ビシッと明らかに頬を殴られたような音がして、日高は自分が叩かれているかのように思って目をつぶってしまった。すると、閉まっていると思っていた扉がガチャッと開いた。
「あっ……」
その勢いで日高は扉の向こうに倒れてしまった。見上げると大寬まやがこちらを睨め付けていた。
「……あんたも暇ねぇ、私はあんたがどうしたいのか分からなくなってきたわ……」
「え、え~っと……」
日高が戸惑っていると、遠くで津名がニコニコしながら手を振っていた。それを見て彼女は顔を赤らめた。
「あいつにタブレットなんかについて教えてあげたんでしょ?この時代の知識はあるんだろうから、ずっと面倒を見て欲しいわ」
「え……っ、それってどういう意味……」
その時、日高にはハッキリと見えた。
「あっ!危ないっ!」
津名の後方にいる女生徒が屋上の端に立って今にも飛び降りようとしていた。彼女の周りは真っ黒な闇に包まれていた。目はうつろで何かに絶望して意識を失いかけているように見えた。
「えっ?なに?」
大寬も振り返って後ろを見て、その女性を見つめた。
「あぁ、あの子ね……、説得してもこっちの話を聞かなくて駄目なのよねぇ、って……あんたっ!」
日高は、大寬の話を聞かずに身体が勝手に動いていた。柵越しにその女子高生の身体を押さえ込んでいた。
「だ、駄目です……、し、し、死んじゃうっ!」
しかし、自殺しようとする女子高生は、うつろな目で日高を見つめた。
「あなたも一緒に行きたいのね……、ヒェッヒェッヒェッ……」
彼女は不気味に笑うと、日高と一緒に地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。
「津名っ!」
大寬の叫び声が聞こえる前に津名は日高の元に飛んで行った。
日高は落ちていく瞬間に上から追いかけるように落ちてくる津名の必死な目を見つめ、そのまま意識を失った。
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日高が目を覚ましたのは、保健室のベッドの上だった。
「あ、あれ……?痛い……」
そして、頭がズキっと痛んだ。触ってみると大きなたんこぶが出来ていた。それと同時に自分に起こったことを思い出した。
「あの子と一緒に地面に落ちて……、でも、たんこぶだけ……?」
すると、カーテンの向こう側から声が聞こえてきた。
「……だけど、保健室で良いわけ?」
「まぁ、それっぽいし、良いんじゃない?」
「う~ん、誤解しそう」
「僕が助けたんだ、えっへん、だけど気を失っていたから保健室に運んだんだ、ってことで」
「絶対信じないでしょ?この際、ハッキリ教えた方が早くない?」
「僕らが教えちゃう?彼女の縁者に任せたいなぁ、もしくは、彼女自身……」
日高は彼らが何を話しているかサッパリ分からなかったが、カーテンをさっと開いた。
「うわっ!」
津名は思いっ切り驚いたのが日高には分かった。そこまで驚くかというぐらいだったので日高は逆に自分が驚いた。
「だ、大丈夫……?え、え~っと、君は屋上から落ちたかもしれないけど、いや、落ちたような気がするだけかも……?し、しかし、僕がその……君を助けたんだ……よ~、えっへん、だけど気を失っていたから、ほ、保健室に運んだ……」
津名のたどたどしい説明を聞いて、大寬は頭を抱えてため息をついていた。
「あの高さから落ちた私を助けた?本当に?」
日高は無論、あり得ない状況で疑問だらけだった。
「そ、そうだよ、本当だよっ!ほ、ほら、僕は凄いんだっ!」
目の前の津名は何かヒーローっぽい決めポーズをしてみたが不自然すぎて日高はポカンと口を開けただけだった。
「あ、あの……」
しかし、日高が突っ込む前に大寬が先に突っ込んでしまった。
「……下手くそすぎっ!」
「大寬さん……?君は味方じゃないの……?」
大寬は津名を睨め付けると不思議な事を言った。
「まぁ、今日のことは夢でも見ていたと思って忘れなさいな」
彼女はそのまま保健室を出て行ってしまった。残された津名と日高は互いに目を合わせた。
「あ、あはは……、ゆ、夢だったのかも~……ねぇ……はは……」
(夢?あれが?どこからが夢だったの?)
日高はよく分からず、頭がはてなマークでいっぱいになった。
「あっ!あの子はっ?!」
「あの子っ?!そっちの言い訳は考えていなかったっ!」
「言い訳……?」
「あは、あははは……」
この後、不思議な沈黙がしばらく流れた。