大女神わんた
大寬は、保健室に津名を連れてくるとベッドに寝かせた。保険の担当ロボットが津名を調べていたが、特に対処はせず、そのまま部屋に引き下がった。
珠川えんは、さすがにやり過ぎたと思ったのか、顔を青ざめさせて大寬に頭を下げた。
「まや、ごめん……。あ、あのさ……、やり過ぎた……」
珠川すみも妹の失態を謝って、頭を下げた。
「えんが何かやったみたいだね、私からも謝らせてもらうよ、すまない」
「お姉ちゃんは……、悪くない……」
「お前はいつも後を考えずに何かするから、こんな事になるんだ。もっとしかっかり謝りな」
「うわぁぁん……、ご、ごめんなさいぃぃ……」
珠川えんは、子供のように泣いて丸くなってしまった。
しかし、大寬は二人には特に怒らず、津名をじっと見つめていた。彼を怒っているようだった。
「いいのよ、津名ほずみがどういう人物かも調べずに部活に出たこいつが悪いんだからっ!ほっとにバカなんだからっ!!あれだけ言ったのにっ!バカバカッ!」
津名の息は、落ち着くどころか更に息が荒くなり、酷く汗が流れていて、苦しそうにしていた。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……。うぅぅ」
珠川えんは、責任の重さからどうにか出来ないか姉に相談した。
「お、お姉ちゃん……、エネルギーを津名君にあげられない……?」
「無理だろうな……。"吸えないもん"は与えることもできない」
「うぅ~……」
彼女達は魂のエネルギーを吸い込みながら永遠の命を保って生活していたが、逆に吐き出して病気の人を回復させることも出来た。しかし、津名の魂は宇宙からやって来たため、吸い込むことが出来なかった。
その話を聞いていた日高はどういう意味かと思った。永遠の命を持っていた彼女達は、津名の力によって通常の人間になったはずだった。
"うにゃ?珠川姉妹の力って無くなったんじゃないのかいな?"
それには、珠川すみが答えた。
「お嬢ちゃん、余らの力はまだ残っているのさ」
"えぇ~、そうだったのっ?!"
「なんで余らがお前と話せていると思っているんだよ」
"ぐわっ!そいえばっ!びっくらこいたん"
日高は、霊体である自分とどうして彼女達は話が出来るのだろうかと思った。それは未だ彼女達に力が残っているためだった。
"でもでも、津名君、ヤバヤバだよぉ……。どしたら良いんだろう……"
「わ、私がやってみるっ!」
珠川えんが、両手を前に出してエネルギーを注ごうとしたが、それを大寬は制するように手を下ろさせた。
「大丈夫よ」
「えっ?まや、どゆこと?」
大寬は、珠川えんをチラリと見ると、ため息をついた。
「はぁ~……、仕方ないか。怒られちゃうかなぁ……」
彼女はそう言うと諦めたような顔になって三人の方を向いた。
「いい?あんたたち、これから"見るもの"は忘れなさい……」
"へっ?見るものってなんじゃい……な……"
大寬は目を瞑って合掌し思い切り息を吸い込んだ。
すると、彼女は真っ白に輝き、その背中側から一人の美しい女性が現れた。
"ぎょっ?!"
「なっ!だ、誰だい、あんた……」
「まや?ち、違う……まやじゃないん……?」
それは大寬まやではなく、明らか別人であり、まさに女神のような姿だった。白い装束に真っ白な肌が見え、大人の女性のような顔でもあり、子供のような無邪気さを持った顔にも見え、ただ、美しいという表現しか出来なかった。その長い髪は、白く輝き、金色の粉のようなものが溢れ、うっすらと金色にも見えた。その輝きと後頭部から溢れる光が丸い円を描いた後光によって、保健室は眩しく照らされた。
その美しさのため言葉を失った三人をネシュレは、優しく見つめると軽くウインクした。三人は、ほらね、と言われたような気がした。そして、彼女は右手を上に上げ、左手を津名に向けると愛に満ちた声で彼に語りかけた。
「お父様の光です、イフレール。全く、あなたときたら、いっつもこんな無茶ばっかりです。心配をかけさせないで下さいね……」
彼女の左手から彼女の髪と同じような白い光が差して、津名を照らすと彼の汗は引いていき、落ち着いた顔に戻り、片目を開けた。
「ネ、ネシュレか……、あり……がと……。相変わらず綺麗……だね……」
津名はそう言うとまた目を瞑った。
「キャンッ!またそういうことを言うんだからっ!」
美しかった女神が、また子犬のような声を出して顔を赤らめた。珠川達はあっけにとられていたが、全てが台無しになったなと思った。
やがて、女神はすっと大寬の身体に戻ると辺りの輝きは静かに消えていき、元の保健室に戻った。
「いい?忘れなさいよっ!」
大寬は念を押すように同じ事を言った。
"……うん、でもねぇ"
「……あぁ、最後の泣き声ですっかり冷めちまったな」
「まやぁ、最後までかっこつけてれば良かったのに」
「何よ、その反応っ!もっと、あるでしょ?」
大寬は少し涙目になっていた。
やがて、津名は目を覚まして上半身を起こした。
「う、うぅ……。ごめん、倒れちゃったんだね……。みんな、ありがとう」
"あたしらは、何もしておらぬぞ。ここにおわす、大女神わんた様によるものだぞ"
「誰がわんたよっ!ふんっ!」
日高の言葉で腹を立てた大寬を見て、珠川姉妹も見知った大寬だと分かって、ちょっと安心した。
「やっぱり大寬まやじゃな」
「まや、何だよ、あれは~。写真撮っとけば良かったなぁ~。アップすれば映え発するっしょ」
「わ・す・れ・てっ!そう言ってるでしょっ!あと、写真には写らないからねっ!」
「えぇ~、そうなん。それも宇宙の不思議かぁ?残念っしょ」
津名は自分に何が起こったのかやっと分かったようだった。
「やっぱり、さっきのは夢じゃなかったのか……、ネシュ……、大寬さん、ありがとう」
「もうっ!ありがとう、じゃないわよっ!心配かけてっ!!だから言ったでしょっ!」
「あはは……」
津名はいつものように頭を掻きながら笑っていた。
「でも、見つかってしまったのでは……?」
「知らないわよっ!」
二人の会話の後、珠川すみは年長者らしく津名を気遣った。
「津名よ、立てるかい?」
「まあ、大丈夫。ふぅ~、帰ろうか……」
こうして津名達は帰宅についた。
フットサルの部員達は津名が何処に行ったのかも分からず、取りあえず部活を切り上げたという。




