えんちゃんの小さな復讐
放課後、津名は、一階にあるフットサル部の部室前まで来た。
"ここか……"
部員達にとっては違うが、彼のとって初めての人達になるため、自然と緊張していた。日高も彼の後ろで何故か緊張の面持ちで見守っていた。
"ゴクリ……"
津名は、律儀に扉をノックすると自動的にスライドして開いた。
余っている教室を部室として使っているためか、中は思ったよりも広かった。ロッカーが並べられた元教室には机も並べられていて荷物が載せられていた。カベにはトロフィーが並べられていて伝統ある部活だなと津名は思った。
そんな部室には部員達が思い思いに椅子に座って着替えをしている者、立ちながら着替えている者、スマホをいじっている者など13名がいた。これは珠川えんからの情報通りだった。津名は顔と名前を頭で一致させた。
ジロジロと不安そうに周りを見ている津名を部員達は、すぐに気づき笑顔になって彼の周りに集まってきた。
彼らにとって、津名を病室で見たのが最後だった。その際は、眠ったままの彼を見ただけであり、その後はどうなったのか知らなかった。その彼が唐突に学校に復帰したことを蓮沼から聞いただけだった。そんな津名を待っていた部員達は元気になった彼を見て歓喜した。
「おぉっ!」
「ほずみ~っ!」
「よく退院できたなっ!」
「待ってたぜっ!」
「体調は大丈夫か?」
「良かったなぁ~」
「いや、マジでお前死ぬんじゃ無いかと思ったぜ?」
「そうだよな、病院じゃヤバそうだったじゃん」
「良かったぜっ!!」
彼らは津名にとって初対面だったが、自分を思う気持ちが伝わってきて思わず涙を流した。
「み、みんな、ありがとう……、う、ううぅぅぅ……。津名君もきっと喜んでいるよ、うぅぅぅ……」
蓮沼も津名のところに来ると、彼の肩を叩いた。蓮沼も涙を貯えていた。
「何だよ、津名ってお前のことだろっ!ちっ、もらい泣きしちまった……。早く着替えろよっ!」
"うぉぉぉっ!せぇしゅんだぁぁぁっ!うわ~~んっ!"
日高も後ろでもらい泣きしていた。
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津名は、フットサルウェアを持っていなかったのでジャージに運動靴に着替えた。コートは校庭の隅にあり、人工芝のコートの周りは高いネットフェンスで覆われていた。ここまでの設備なら部活として数年は経過していると津名は思った。
「こっちだぜっ!」
蓮沼に呼ばれて津名は、ネットフェンスの一部にあった扉を開けて中に入った。中は思ったよりも小さなと思った。
しかし、それよりもフェンスの周りに居る観衆が気になった。女子生徒達が十名ぐらいは居て、黄色い声援を津名に投げていた。
「キャ~、津名く~んっ!」
「お帰り~っ!」
「よかったね~っ!」
「心配していたよ~っ!」
この声に津名は何が起きているのかと思った。
"ちょ、ちょっと待って、あの子達はなにっ?!"
"津名氏、君は人気者だのう。ここまでとは、あたしも知らなんだら"
"はっ?!"
"はって?えんちゃんに聞かなかった?このチームは県の代表に選ばれるぐらい強いのだぞ"
"ま、待った……"
"生前の君……、いや、生きてるか……、ともかく君はエースだぞ"
"な、なにぃぃぃっ?!珠川えぇぇぇんっ!!!言わなかったなぁぁっ!!酷いっ!"
フェンスのところには、珠川えんが津名を指差して腹を抱えて笑っていた。
「あははははっ!ひぇひぇひぇっ!」
その横には珠川すみが眉をひそめていた。
「……えん、お前、あやつに睨まれてるぞ……。何かしたのか?」
「ぷ、ぷぷぷっ!あははははっ!こ、これぐらいの仕返しは許してよねぇ~~~っ!がんばれ~っ!ウチュウのテンシさま~~っ!くくくっ……」
更にその横では大寬まやが腕組みをしてイライラとして、黄色い声援を送る女子高生達を睨んでいた。
「普段から女子の視線ぐらい気にしなさいよね。あんたってば人気もんなんだから。あぁ、もうイフレが人気なのは嬉しいような嬉しくないような……、あぁ、もうっ!」
津名は、初めてプレイするフットサルに素直にヤバいと思った。チームのエースと分かっていれば、体調が悪いとか何とか言って断ることも出来たはずだった。今思い返せば、部室にあった数々のトロフィーの意味を深く考えれば良かったと思った。
"わ~、津名君が青ざめているのが私にも分かる……。この顔は半分ゾンビで青ざめているわけじゃないな……。ご、ごめんよう……、あたしも言えば良かったかも?えんちゃんが説明するって言ってたからさぁ……。う~、私もフェンスに移動するぞよ"
「ヤバい、ヤバい、ヤバい……」
津名は急にひとりぽっちにされたように思った。




