あべこべのフ~
魂の吸収者二人と死したことを知らず通学を続ける女子高生の問題を解決した津名は翌朝を迎えた。殺風景の小さなアパートの部屋は寒冷期に入った秋のせいで寒さを増していた。津名は薄い布団に包まるように眠っていた。
「おはよう、津名君っ!」
そこに居るはずの無い女性の声が響いた。
「ふぁ~、あぁ、おはよう……、ムニャムニャ」
「朝だよ~っ!布団から出てこないとっ!」
「ブルッ……、さ、寒いよ……」
「ほらほら、お顔を洗ったり、歯磨きしないとっ!」
「えぇ……そんなの……しないよ、面倒だもん……」
「はぁ~?駄目だよ、身だしなみは整えないとっ!」
ここで遂に津名は自分は誰と話しているのだろうかと思って布団から顔を出した
「えっ!だ、だれっ?!」
津名が寝癖だらけの髪のまま覗くと、目の前には制服姿の日高だった。
彼は慌てるように急いで布団から抜け出すと彼女を見つめた。それはまさに日高麻帆だった。彼女は母親が子供を起こしに来たようにちょっと怒り気味だった。
「ひ、日高さんっ?!き、君は、ホームに帰ったよね?」
「うん、でも、君が心配だから帰って来ちゃった」
「か、帰ってきたっ?!」
自分が霊体と気づいた彼女は、昨晩、彼女の祖父と祖母によって天国に導かれていったはずだった。
「は、はぁ~……?心配って……」
「だって、まだ学校のこととか分かっていないでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「ほらほら、早く身支度しないとっ!歯磨きと顔を洗えばスッキリするよっ!」
「う、うん……。き、君は地母神かい……」
「あははっ!なにそれっ!おぉ、ドライヤーはあるのね」
「おばあちゃんに貰った……」
「へぇ~、良かったねっ!」
「着替えるんだけど……」
「あっ!お部屋を出てるね。壁をすり抜けられるから便利だね」
津名は面倒だと思いつつも身支度を整えた。その最中も日高はあれこれとうるさく津名に指導していた。
「よっしゃ~、準備整ったねっ!」
「う、うん」
「さぁ、学校にレッツゴ~ッ!」
「日高さん、明日も……」
津名は、明日も来るのかと聞こうとしたが、扉を開けたところに居た女子高生を見て言葉を失った。
「きゃんっ!」
「はぁっ?!」
「津名っ!あ~、え~っと……、今、丁度、起こそうと思ったのよ」
大寬がやっぱり制服姿で丁度、津名の部屋の前に立っていた。唐突に彼が出て来たので彼女は驚いた顔をしていた。
「ネシュ……じゃなくて、大寬まやさん……?ど、どうしてここに居るの……?」
「どうしてって……、あんたの左手とか心配だから引っ越してきたのよ……」
大寬は少しモジモジとしていた。
「へ~……」
津名は、自分が未だ寝ぼけているのかと思って大寬のさらっと言った一言を改めて聞き直した。
「い、今なんて言った……?」
「だから、ここに引っ越してきたって言ったの。一番奥の部屋にしたわ……」
大寬は顔を赤らめて横を向いていた。
「したって……。言ってる意味が分からないんだけど……」
「引っ越しの意味が分からないわけ?」
「い、いやいや……」
「ちょ、ちょっと、何処に行くのよっ!」
津名は、彼女の横を通って二階奥の部屋の扉を開けた。
「な、なにこれっ!」
「はぁっ?!女子の部屋を勝手に開けないでよっ!未だ鍵を付けてないんだからって、バカなのあんたっ!」
その部屋は、昨日まではすっからかんだったが、一晩であっという間に女子部屋になっていた。ベッド、カーテン、タンスまで置いてあり、更にぬいぐるみまで置いてあった。津名はあっけにとられて頭を抱えた。
「い、いつ引っ越してきたのっ?!」
「だから昨晩だってっ!あんたはすっかり寝ていたから気づかなかっただけでしょっ!」
「んな、バカなっ!勝手に引っ越してきたわけ?おじいちゃんとおばあちゃんに話したの?」
「さっき話してきたわよ」
「さっきっ?!今っ?!嘘でしょ……あぁ……」
予め準備していたとしか思えない所業に津名は、何とか抵抗しようと思ったが無駄だった。
「ところで日高麻帆……、あんた何でいるの……?」
大寬は、今度は津名の後ろに居る日高を引きつった顔で睨め付けた。
「うんと……、津名君の面倒を見ないといけないかなってっ!」
「あんた、昨日、ホームに帰ったでしょ?」
「え、えぇ、そうだけど……。大寬さん、怒ってる?」
頭の血管がむき出しになった大寬だったが、日高の指摘に慌てて取り繕うとした。
「お、怒ってないわ……。ゴ、ゴホン……、こ、心が乱れそうだけど、ま、まぁ、良いわ……」
一旦落ち着いた雰囲気を出した大寬だったが、最後には日高を睨め付けていた。
「だけど早く帰りなさいよね、キッ!」
「ひっ!やっぱり、怒ってるぅ……。学校のことを津名君に教えたら帰りますぅ……」
「それが良いわっ!」
鼻息を荒くしていた大寬だったが、いつか帰るのだろうと思って少し落ち着いた。
津名はこれらのやり取りを聞いていて、何だろうこの状況はと思った。
「はぁ~……、が、学校に行こうか……」
「そうだねっ!」
津名は振り返って階段を降りようとした。しかし、今度は階段の下に居る二人を見つけて階段を踏み外しそうになった。
「あっ!おはようっ!津名君っ!あっ、まやも麻帆もいるんだっ!今ね、津名君を起こそうと思ったんだよっ!」
「ふんっ!余はお前が遅刻しようと、どうでも良いんだがね」
そこには、珠川は元気に手を振っていて、アニヴァがランドセルを背負って、そっぽを向いていた。
「あ~……、え~……」
津名が言葉を失っていると、日高が声高々に挨拶を返した。
「おはようっ!珠川さんっ!アニヴァちゃんもお下げで可愛いねっ!」
「子供らしくしなきゃならないのさ」
「あっ、お姉ちゃんが喜んでるっ!」
「えんっ!」
「ひっ!ごめん、お姉ちゃん……」
津名は、やっと冷静になった。しかし、もはや嫌な予感しかしなかった。
「ふ、二人もどうしたの……」
「ほら、下の部屋が空いてるでしょ?」
珠川はさらっと答えた。津名は、次の言葉を聞きたくなかったが、確認せざるを得なくなった。
「だ、だから?も、もしかして……?」
「お姉ちゃんと一緒に住むことにしました~っ!」
「いやいやいやいや……。あ、あり得ない……」
そして、またかと思ってそっと目を瞑ったが、すぐに目を開けてもう一つの質問を投げた。
「お、おじいちゃんとおばあちゃんには……」
「さっき、話したよね?お姉ちゃん」
「了承してくれたさ」
珠川とアニヴァの答えは分かっていたが、津名はため息が出た。
「はぁ~……。で、ですかぁ」
津名は庭に駐車してあった献血車を指差した。
「あ、あれって……」
「そうだったっ!場所貸してね、しばらく仕事できなくなっちゃったわけだし、ほら、君のせいでしょ?」
珠川は、あの両親を切ってしまったのは君だろう、だったら責任を取れと、言いたげだった。
「……そ、そうですが、き、君たちは元々どこに住んでいたの?」
「何処って近くのアパートだけど?」
珠川は普通に答えた。
「はぁ?そこに住めば良いのでは……?」
「家賃が滞納気味なんだよ、駐車代もバカにならないのさ」
アニヴァも普通に答えた。
「こ、ここだって家賃いるってっ!」
津名のテンションだけがアップしていた。
「おばあちゃんとおじいちゃんは、要らないって言ってたよね」
「そうだな」
二人は普通に答えた。
津名は何とか打ち返そうとしたが無駄だった。彼のテンションは最高潮に達した。
「んが~~っ!フ~だよっ!フ~ッ!君たち全員、フ~だってっ!あぁ~~~っ!」
「あっ、津名君もフ~って言った、あははははっ!」
「笑える~っ!」
日高と大寬は呑気に笑っていた。
津名達は一階に降りると、大寬が珠川に耳打ちした。
「えん、あんたも……その……津名を狙ってるんじゃないわよね」
「え~、どうしようかなぁ。津名君格好いいしなぁ~」
「はぁ~?あんた、こいつのことを昨日まで貧乏とか言ってたじゃないっ!」
「だって、アレを見たらさぁ……」
珠川は、完全に大寬をからかっていた。
「あんたねぇっ!」
大寬は自分だけが津名を独り占めしようと引っ越してきたのにライバルだらけで一人で憤慨していた。
「一晩でハーレムだな、宇宙人さん。良かったではないか」
すると、アニヴァも津名をからかいだした。
「アニヴァさん、何をおっしゃってるのですか……」
「あぁ、そうだ、余はここ(日本)では、"珠川すみ"というのだ。これからはそう呼ぶがよい」
「そ、そうですか……すみさん」
面倒見の良い日高は時計を見ると始業時間に近づいていることに少し慌てた。
「子犬ちゃんもみんなも、早く学校に行こうよぉ~。遅刻しちゃうよ?」
「誰が子犬ちゃんよっ!!麻帆、あんた調子に乗っているんじゃないわよっ!」
「ひぃっ!まやちゃん、怖い……」
津名はため息しか出なかった。
「はぁ~……、何かおかしい……」
彼の苦汁の日々はまだまだ続きそうだった。
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津名は、その後、日高に教わって念願のゲームを手に入れた。
「えっ!すーぱーまいろじゃなくって、スーパマリオブラザーズって言うのっ?!はぁ、100円でタブレットで出来るっ?!すごいっ!」
「あははははっ!津名君、おもしろ~いっ!おぉ~、手から火が出るのっ!へぇ~」




