Pa!Pa!
日高はもう一つ不思議な出来事を思い出した。
「あっ!!わ、私、学校の屋上から落ちた事があったけど……。あれって?」
昼食時、日高が屋上で自殺を繰り返す少女を助けようとしたとき、謝って一緒に落下した事があった。しかし、気がつくと保健室で寝ていたのだった。
「君は霊体だから死ぬことはないよ」
津名がさらっと説明したので大寬は、それをフォローした。
「津名があんたを混乱させないようにするために保健室に運んだのよっ!ちょ~下手くそな演技も付けてね」
「だ、大寬さん……?酷くない?」
ここまで色々な事実を知った日高は、深いため息をついて、津名が麦茶を差し出したときに言った言葉を思い出した。
「……そっかぁ、そうだよね。君の出した麦茶なんて飲めるわけ無いよね……。あれ?私をあの部屋に誘ったのは……?」
「あのまま君を置いたままにすると、この子達が食べちゃいそうだったんで……」
それを聞いたアニヴァはフンとそっぽを向いた。
「た、食べるって言っても一部だけなんだよっ!す~ってするだけで痛くないよっ!」
珠川は言い訳がましくそう言った。それを聞いた日高は自分もこの子達と同じだったのかと思った。そう思うと自分も意味不明な存在なんだと思った。
「あはは……。私もフ~だったのかぁ……、はぁ~」
「いやいや、君みたいな人は多いのでフ~じゃないよ」
「ふぅ~」
津名のフォローはありがたがったが、日高は疲れ果ててしまっていた。そして、自分もホームとやらに帰らないと駄目なのだと思った。しかし、気になる事が残っていた。
「天国に帰るのは良いけど、お母さんが心配だなぁ……」
それにも津名が答えた。
「君の家族はもうすぐ引っ越す予定だよ」
「えっ!」
「君の面影の残る家では、君のお母さんは治らないと考えたんだ……」
「そうか……お父さんが決めたんだね。うん、それが良いかも」
日高はそれを聞いて少し安心して、もう一つの不安を津名に聞いた。
「ねぇ、天国って良いところ?」
「魂の故郷はどの星でも安らぎの場所だよ。君の場合は不慮の事故でもあるから変なカルマも無いからすぐに帰れる。今、導き手を呼ぶから」
津名はそう言うと合掌した。
「導き手?」
彼の身体が一瞬大きく煌めくと何処からともなく老人と老婆が現れた。その顔を知っていたので日高は驚くと共に懐かしさで涙が流れた。
「あぁっ!お、おじいちゃんっ!おばあちゃんっ!」
日高の祖母は優しく孫を抱きしめた。
「麻帆、大変だったね……」
「おばあちゃん、う、うぅぅ……、私、死んじゃったみたい……うぅぅ」
すると、彼女の祖父は手を出しながら優しく孫に声をかけた。
「一緒に帰ろう、麻帆」
「うん、おじいちゃんっ!」
日高が祖父の手を取ると、慌てるように珠川が彼女に声をかけた。
「あっ!麻帆、またね……。少しの間だったけど、仲良くしてくれてありがとう。私もそのうちそっちに行くみたいっ!」
「うん、またねっ!それって良かったね?なのかな……」
日高は疑問に思ってそう聞いた。永遠の命が無くなって本当の良かったのだろうかと。
「普通になれたから良かったんだよっ!」
「そうかっ!そうだねっ!」
それを最後に聞けて日高は良かったと思った。
すると珠川は手を振り、自国語で彼女に別れの挨拶をした。
「Pa! Pa!」
「ふぁふぁ?」
「あっ!バイバイって意味なんだ~っ!」
「そっか、Pa! Pa!」
珠川は日高が消えるまで手を振り続けていた。日高麻帆の魂は、こうして天国へと帰っていった。
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アニヴァは自分達も帰る番だと思った。
「それじゃあ、余らも行くかね……」
「うん、そうだね、お姉ちゃんっ!」
少し歩いた後、アニヴァは津名を横目で見た。
「余は、礼なんて言わないよ」
「うん、まぁ、申し訳なかったかも……?あはは……」
津名は申し訳なさそうに頭を掻いて苦笑いをした。アニヴァはそれを聞くと、ふんとそっぽを向いて出口に向かった。逆に珠川はスッキリとした顔で大寬に手を振った。
「それじゃあ、まやっ!また明日っ!」
「またね、えんっ!」
その後、彼女は津名には丁寧に頭を下げた。
「つ、津名様……違った……、津名君も、ま、また明日……です」
「うん、また明日」
そして、コッソリと津名に耳打ちした。
「……お姉ちゃんを怒らないでね、多分、感謝しているはずっ!」
「あはは……大丈夫だよ」
アニヴァはいつまでも出てこない珠川を叱った。
「えんっ!早くしなっ!」
「ひぇ~、分かったって~っ!また~」
二人はアパートの門を普通の人間として出て行った。
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日高が消えると、大寬は津名の方を向いた。
「あ~あぁ、あんた(津名)の教育係が帰っちゃったぁ、明日から私があんたに色々と教えないと駄目じゃないっ!しょうがないなぁ、えへへ、しょうがない、しょうがない」
今までは日高がいたので面倒をみれなかったのだが、今度こそ自分しか津名の面倒をみるのだと思うと自然と笑みがこぼれた。
「……なんだよ、面倒くさそうにさ……」
津名はそれが分かっていないようだった。それが分かったのか、今度は怒り顔になった。
「むうっ!そう言えば、あんたっ!その左手どうしたのよっ!」
「どうしたって、この身体は死にかけていたからなぁ……」
「死にかけって……あんたねぇ……、左目も駄目なんだっけ?」
津名は右目を瞑ると首をかしげるようにして左耳を上に向けた。
「耳もかなぁ……」
「耳も聞こえにくいのっ?!ゾンビかっ!」
「ゾンビって酷いなぁ……。だけど、ほら、健全な魂が宿ってるわけだし、健全な心は健全な身体を作るって言うでしょ?あれ、何か変だけど……、まぁ、合ってるっ!つまり、すぐに治るってことっ!」
「んなわけないでしょっ!」
「いや、本当だってば……。まだこの時代では証明されていないけど、身体は魂と一体化していてだね、心を直すと身体も自然と治って……あ、あれ?大寬さん?」
津名が気がつくと、大寬はすでにアパートの門のところにいた。
「帰るわ、じゃあね」
「あ~、なんだよ、最後まで聞いてよ……」
「そんな話知ってるわよ」
「そっか、そうでした、愛の女神様っ!それじゃぁ、Pa!Pa!……なんちゃってっ!」
「バカッ!」
津名は大寬が投げつけた石にぶつかって血を流した。
「きょ、距離感が掴めなくて避けられなかった……、分かって投げたな……。あ、居ないっ!酷いっ!」
肩を落とした津名はトボトボと自分の部屋に戻るのだった。
「ぶるっ、ちょっと寒くなってきたなぁ……、左半身は寒くないんだよなぁ……」
津名は左腕を押さえながらそんなことをつぶやいた。




