彼女達との関わり
自分に起きたことを思い出した日高は、自分が死んでしまったことを理解し、愕然とした。
「わ、私は、変な薬を飲んで……家で息が出来なくなって……」
だが、今、ここで自分は生きている。彼女はその矛盾の辻褄を合わせようとした。
「でも、私はここで生きているじゃないっ!心臓だって動いているものっ!」
「それは……」
津名が心臓の霊体があるためだと説明しようとしたが思い込もうとする気持ちがその話を途中で止めさせた。
「そ、そうよっ!毎日、お母さんが私の部屋に朝食を持ってきてくれたじゃないっ?わ、私が、引きこもってしまったから……。あ、あれぇ、私は引きこもっていた……?そうだっけ……?」
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日高の母親は、自分の娘が亡くなったことを信じられなくなっていた。
「ねぇ、あなた、麻帆が引きこもってからどれぐらい経つのかしらね……」
そのため、彼女が引きこもってしまったと思い込んでいた。日高の父親は顔を曇らせながらも、それに話を合わせた。
「う、うむ……。そうだな、どれぐらい経ったかな……」
「学校にも行かないなんて、私不安でしかないわ……。貴方からも何か言ってくださいね」
「分かった、今日帰ってきたらあの子に言い聞かせよう……」
「ありがとう、あなたっ!」
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「聞いて、あなたっ!今朝ね、あの子が食事を食べてくれたのよっ!いつもは食べなかったのにどうしたのかしらっ!」
「あ、あぁ、そうか、それは良かったな」
彼は、何も食べられていない朝食がのったお盆を一目見ると、逃げるように身支度を進めた。
「明日も作って上げなくちゃっ!」
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「あなたっ!今日、あの子が学校に行くって言ったのっ!私嬉しくってっ!あなたが説得してくれたからかなぁっ!フフッ!」
「そ、そうか、良かったな……」
彼女の中で何かの物語は自動的に進んでいた。それを夫は静かに見守るしか無かった。
「ほ、ほら、玄関から出て行ったっ!行ってきます、ですってっ!こっちに顔を出してくれたら良かったのにっ!ねぇ、あなたっ!」
無論、何も聞こえない玄関だったが、彼はいびつな演技を続けた。
「こっちに顔をだせと言っておこう……」
「ありがとうっ!」
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日高は、その事実を何故知っているのだろうかと思った。自分は自室で寝泊まりしていたからだろうと思い込んだが、同時にそれは本当のことだろうかと思い悩んだ。
「……私はどうやって起きていた……?お母さんの声で起きていた……?朝ご飯はいつ食べていた……?着替えはいつしていた……?いつ帰って、いつお風呂に入って、いつ寝ていた……?」
何も思い出せない自分に身体が震えたが、毎朝、学校に通っている自分はしっかりと思い出せた。
「そ、そうだよ、私は毎日学校に通っていたじゃないっ!毎朝、赤渕さんにからまれちゃって、それで津名君と大寬さんに出会ったんだもんね?そうだよねっ?」
津名はそれについても説明しようと思ったが、何処まで話そうかと迷った。
「あ、あれは……」
それを大寬が察すると津名に説明を促した。
「ちゃんと教えて上げないと……。混乱してるでしょ……」
その声はどこか寂しげだった。仕方なく津名は話を続けた。
「赤渕さんは……、あの子も君と同じ日に命を落としている……、友達と一緒にね……」
「えっ!!赤渕さんも……」
「君と同じ薬を飲んでいたから……。そして、君と同じようにホームに帰れず、あそこに留まっていた。突然の死は魂を混乱させることがあって、こうなってしまうことが多い……」
「そ、そんな……、赤渕さんが死んじゃったなんて……」
日高は自分の事よりも赤渕の心配をしていた。彼女は学校にも行かないようになっていたとはいえ、小学校ではよく遊んだ友達だった。
「日高さん、君も死んだことが分からず、生前の"印象に残っていた通学"を続けていたということ。それ以外のことは思い出せないのは仕方が無いことだよ……」
「……そうなんだ。私の印象って通学だけ……?あはは……」
「君は赤渕さんの事を心配していた」
「心配というか、どうしてしまったんだろうって……」
「君は彼女に虐められていたのに、その優しい気持ちが彼女との関わりを望んでいて、それは彼女にも感応して毎日のようにあのやり取りをしていたんだよ」
通学時にビルの間に呼ばれて虐められるというのを何度も繰り返していた事に日高は衝撃を受けた。
「あ、あれをずっと……?」
「僕はそれを見ていられなかった……」
すると大寬は、津名を指差して大声を出した。
「こ・い・つが、あんた達に介入したお陰で少し時間が動いたのよっ!感謝しなさいっ!」
"こいつ"って酷い言い方だと津名は思い、日高はその事実を聞いて時間が動いたという意味を理解した。
「動いた……?そ、そうか、津名君が間に入ってくれたから繰り返しを止められた……」
「ってことよっ!それと、この吸血鬼共があんたの友達を食べちゃったから、"引っかかる"ことも無くなったってわけっ!」
アニヴァと珠川は思わぬつながりに驚きの声を上げた。
「ふんっ!このお嬢ちゃんのためじゃないさ、生きるためだよ。しかし、吸血鬼ってのは腹が立つね……、あんな妖怪風情と一緒にしないでおくれ。眷属は違うが余らは魂ってヤツを少し頂くだけなんだ」
「同じ様なもんじゃないっ!」
「ああんっ!お前も吸い取ってやろうかぁっ!」
「やってみなさいよっ!」
アニヴァと大寬は喧嘩しそうになってしまったので津名は慌てた。
「ちょ、ちょっと、二人とも……そういう空気じゃないってば……」
珠川は、その喧嘩よりも自分がやってしまったことに申し訳ないと思い始めていた。
「ふぇぇ、麻帆の友達だったんだ……。や、やっば~っ!森に捨ててきちゃったね、お姉ちゃん……」
日高は、その一言に驚きの声を上げた。
「も、森にっ?!赤渕さん達をっ?!す、捨てられるもんなのっ?!」
「ぽ、ぽいっとね……、ねぇ、お姉ちゃん?」
「ふん」
「で、でも、そのお陰で私は無事毎日学校に通うことが出来ていたのかも……、ぶっち……」
日高は赤渕のことを思って、彼女のことをあだ名で呼んだ。




