帰れぬ者達
その日の夜、明け方も近い時間、ビルとビルの間に彼女らはまだたむろしていた。その入口にあたる場所に、10歳ぐらいの少女が立っていた。
「あん、なんだよっ!ガキが来るところじゃねぇんだよっ!」
「来んじゃねぇよ」
「帰れっ!帰れっ!」
「ママんところに帰れっ!」
少女は、罵詈雑言を繰り返す女子高生達を哀れな者を見る目で見つめた。
「お前たちも余と同じ、愚かな存在よ……」
「はあん?」
「帰れるものなら帰っている……」
リーダー格の女子高生が立ち上がって少女のそばに寄った。彼女からは真っ黒なオーラが漂っていた。
「余は、自らの生きる意味、死の意味、それらを探している」
「何言ってんだぁ?」
「お前たちは、その答えを持っている……わけないか」
「何の答えだぁ?」
「その姿を見つめよ」
少女は何処からか出した手鏡を彼女らに向けた。
「はぁ、はぁっ?!」
月明かりに自分達の姿が映ると、彼女らは恐れおののいた。その姿は真っ黒な顔をしており目だけが爛々と輝き、手足の一部は失われ、乱れた髪は自分の身体中に這っていた。
「こ、これは誰だぁ?!」
「ひ、ひぃぃ」
「何を見せてるぅぅ」
「きもっ、きもぅぅぅ……」
「自らを知るとはかくも恐ろきと知るべし……愚かな彷徨いし者どもよ……その命を捧げるがよい。丁度、四人……一人ずつか」
「はぁ?何言ってる」
少女が手を高く上げるとビルの上空から中年男性と女性、そして若い少女が降りてきて、一人一人の首元に噛みついた。
「ひっ!」
「ぎゃぁぁぁぁ」
「や、やめぇぇ……ぐぇぇ」
一人残されたリーダー格の女子高生は、恐ろしさで震えた。
「な、何なんだお前たちは……」
「それは、余が聞きたいことよ……。お前たちのような闇の存在を消し続けているというのに何故我らは吸血鬼と恐れられるのか……世の中は理不尽すぎないか?」
「きゅ、吸血鬼……?!ひ、ひぃぃ、助けてぇぇ……」
「その声は何処にも響かぬ、闇に染まりし者よ……」
少女は、口から見える牙を光らせると同じように噛みついた。
「ぎゃぁぁぁ……」
少女達の断末魔は、ビルの間に響いたかのようだったが、街を行き来する人々には全く聞こえていなかった。
「えん……」
真っ黒なものの首元に噛みついた一人は、呼んだ者に首を向けた。
「なぁに?お姉ちゃん」
「吸い取り終わったら捨ててくるんだよ」
「分かってるよ、しっかしゲロまずだねぇ……」
「文句を言うんじゃ無いよ、まともな奴から吸い取ったら、また居られなくなるよ」
「そうだけどさぁ……。にしても、こいつらってどうして死んだん?」
少女はビルにある扉を指差した。
「そこで売っているオピオイド系のフェンタニルを集団でやったんだろうよ。自分達がやられたことをやり返す愚かな国だ……、今じゃ半分も残っちゃいないが」
「薬物かぁ」
「身体を腐らせてまで、何から逃げたかったのか分からないがね」
「キモいのは自分達じゃん。だから、不味かったのかな?」
「霊体は関係ないさ……。同じように薬で死んだ輩もここに集まっているからね。そいつらと一体化していたからだろ」
「ふ~ん、何処にも行けない奴らか。ここに居たのかな?」
「たぶんね。さぁ、残骸は捨ててきな」
「分かったよ~」
命令を受けた少女は、いつの間にか女子高生を抱えていた。彼女らは存在が薄くなったのか半透明となりぐったりとしていた。
「んじゃぁね」
吸血し者達は、その場から消え去って一人の少女が残された。
「……何処にも行けないのは余らも同じだよ……」
うつろな目で彼女は、そうぽつりとつぶやいた。