新天地にて
どこかの小さな空間で、大きな鞄を背負った一人の女性が手を振って男のところへ駆け寄ってきた。
「隊長っ!」
男は魔法で巨きなキノコを切り分け、薪を作っているところだった。背後にはさらに大きなキノコの木が茂り、その上に簡素な小屋が建っている。野生の魔族から身を守るためだった。
男は作業を止めて振り返り、呆れた顔で女性を見つめる。
「はぁ、もう隊長じゃないって言ってるのに……」
「キナーンは私だけの隊長ですっ!」
「分かったよ、アルバリ」
アルバリが少しムッとした顔をするのを見て、キナーンは思わず愛おしさを覚え、そっと彼女を引き寄せて唇を重ねた。
「ふふっ……私だけの隊長ですから。えへへ~っ」
ここに来てから何度もその笑顔に救われてきた。副隊長という重責に押し潰されかけていたアルバリから笑顔を奪ってしまったことを、キナーンは胸の奥で悔やんでいた。せめて今だけは彼女の肩の荷を下ろしてやりたいと思っていたが、彼女は未だに自分を隊長と呼んだ。
「隊長、どうしたんですか?」
「うん?ここに来てからどれぐらい経ったのかなって」
二人が暮らすその空間はさほど広くなく、直径はせいぜい一キロほどだった。周囲は岩盤の壁に囲まれ、ゼリー状の海もぽつりと存在している。それでも地表にはキノコや木々が繁り、小さな野生の魔族たちが群れを成して暮らしていた。
「どれぐらいでしょうね……もう分からないです。それよりも、報告ですっ!」
「なんだい?」
アルバリは、後ろに背負った鞄から何処からは取ってきた果物をキナーンにニコニコしながら見せた。
「見てくださいっ!新しい果物を見つけました~っ!」
「おぉ……って……。ず、随分怪しい色をしているね……」
しかし、アルバリが差し出した果実は赤紫色でどこか不気味だった。キナーンはそれを見て、本当に食べられるのだろうかと眉をひそめた。ここに来てから、毒々しい色のキノコを口にして腹を壊した経験もあったからだ。
「可愛い色だから食べられるかな~って」
「そ、そうかい?この色はヤバそうだなぁ……。まぁ、いいか。魔法で食べられるか調べよう」
「はいっ!ワクワクですっ!はい、お渡ししますっ!」
キナーンが食事判定の魔法を唱えようとしたその瞬間、森の奥から空気を裂くような轟音が轟き、地面が震えて二人の身体を揺さぶった。
「キャッ!」
「わっ!」
森の小魔族たちも悲鳴を上げ、地面が細かく揺れ続けた。二人は身を寄せ合いながら、震源をすぐに見定めた。森の奥、露出した岩肌の壁の前で、巨大な風の渦がいくつも渦巻いている──その異様な光景に、二人は思わず凍りついた。
「た、隊長、あれは何でしょうっ!?」
「きょ、巨大な風の渦……?中心が赤く光っている。あれは……昔、本で見た三ツ目族の魔力暴走では……?」
「ま、魔力暴走ですか?三ツ目族の……」
「とにかくここは危険だ、いったん海岸に逃げよう」
「は、はい……」
二人は海岸まで走り着くと、空間の奥で激しく渦巻くいくつもの暴風域を見つめた。風はここまで届き始め、アルバリは不安に駆られてキナーンにしがみつき、震える声で問いかける。
「隊長、怖い……。三ツ目族は本当に魔力暴走を起こすの?」
「城の蔵書にそう書かれていたんだ。抑えきれない感情で魔力が膨れ上がり、身体が真っ赤に燃え上がるようになって周囲に風を起こす……その時“自分が大きくなる”と書いてあった。やがて破裂するように爆発すると……」
「そ、そんな……私たちも、そんなふうになるの?」
「普通は起きないはずだ。しかも、暴走には相当な魔力が必要だよ」
アルバリはそこで顔を強ばらせ、キナーンを見つめた。
「えっ……隊長だって、魔力が大きいんでしょ?もしかして、隊長まで……?」
彼女の言葉にキナーンは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに優しく手を伸ばしてアルバリを抱き寄せた。
「君がそばにいるから、大丈夫だよ」
アルバリは安心したようにキナーンにぎゅっとしがみついた。だがキナーンの胸には、この光景の意味をめぐる疑問が幾つも浮かんでは消えていった。
「しかし、本当に三ツ目族なのか……?この場所には僕とアルバリしかいないはず。確かに魔力が膨大に広がっているのを感じるが……。だとすれば、この魔力暴走はいったい誰なのだ……。しかも一つや二つじゃない……。三ツ目族が何百人もいなければ……ま、まさか王族や街のみんな……?ま、まさか……」
二人は不安な顔をしながら奥を見つめていることしかできなかったが、やがてそれぞれの暴風域は膨張を続けてやがて爆発を起こした。
「あっ!爆発が起こってしまった……」
「ひぃぃっ!」
爆発は凄烈だった。いくつもの爆発が連続して轟き、空間全体を激しく揺らす衝撃波が二人のいる場所まで届く。粉塵と突風が巻き上がり、天井の岩盤が崩れ落ち始めた。
「危ないっ!」
キナーンは咄嗟にアルバリを抱き寄せ、魔法の防壁を展開した。落ちてくる岩塊を受け止めるように防壁を広げ、逃げ惑う小さな魔族たちもその中に取り込んで守った。
やがて轟音は遠ざかり、暴風域は徐々に収束した。互いの無事を確かめた二人は、破壊の激しかった岩盤の方へと魔力で飛び立ち、状況を確認しに向かった。




