アニヴァ III
癒やしの"奇跡"は10年ぐらいも続いて教会も大きくなった。病人ってのは無限に湧くもんだね。教会は毎日、シスターの"お祈り待ち"で行列が出来たんだ。
孤児達も増えて倍ぐらいにはなった頃だった。今度は注目の矛先が余に向かい始めた。なんせ、余は全然成長しないんだからね。妹の方が余よりも大きくなってしまったのさ。孤児の仲間達にも気持ち悪がられた。
「アニヴァ、お前ってどうして大きくならないんだ?」
「全然、成長しないよね……」
「もう、10年も経ったのに……」
「マリアンニだけが大きくなるなんて……」
「お前ってもしかして魔女?あははっ!」
「お姉ちゃんは魔女じゃ無いもんっ!」
妹のマリアンニはそう言ってくれたが何のフォローにもなっちゃいなかった。
「何でだろう、えへへ……。ご飯をあんまり食べてないからかなぁ」
余はそう言って誤魔化したが、余自身がどうして大きくなれないのか分かっちゃいなかった。しかし、魂が見えること食べる事が出来ると関係しているんだろうとは思ってた。
無論、そんな嘘も誤魔化し続けることは出来ない。やがて、町の大人達も疑い始めた。
「アニヴァは悪魔の使いじゃないか?」
「成長しない病気なんて聞いたことが無いぞ……」
「魔女じゃないか?西の町に魔女がいたって聞いたぞ」
「背中に魔女の紋章があるだろ、服を脱がせっ!」
しかし、シスターは余をかばってくれた。
「皆さん、何てことを……彼女が魔女だなんてっ!彼女は、毎日、神様にお祈りしています。悪魔や魔女が祈りを捧げるなんてありえませんっ!」
奇跡を起こすシスターの言うことだから、誰もそれ以上言わなくなった。
しかし、またしばらくすると、今度は教会の上の奴らが余を審問にかけると言い始めた。ある日、十字軍みたいな軍人共が教会に現れて、余を何処かに連れて行こうとした。
「い、いやっ!私は魔女じゃ無いっ!」
「お、お止めくださいっ!この子は悪魔の子ではありませんっ!お止めくださいっ!」
シスターは余を守ろうとしてくれたが、それが奴らの狙いだった。
「シスター、お前は悪魔を守ろうとするのかっ!あぁ、なんと嘆かわしい、これが聖女と呼ばれる者の正体とは……」
「え?そ、そんな……」
「分かったぞっ!お前の奇跡とやらも悪魔と手を組んで起こした魔術なのだなっ!!」
「な、何をおっしゃって……」
「一緒に連れて行けっ!」
つまり、こいつらは本当は奇跡を起こすシスターを面白くないと思っていたんだ。つまり、偽の聖職者共は、余を"ネタ"にして、潰したかっただけなのさ。どっちが悪魔の使いなんだと思ったね。
ただし、その時はそんなことを考えている時間も無かった。
「や、やだっ!やめてぇぇっ!私は魔女じゃ無い……」
余が抵抗しているとマリアンニが兵士を止めるために出て来た。これは想定外だった。
「や、止めてっ!お姉ちゃんを連れて行かないでっ!」
「マ、マリアンニッ!出て来ちゃ駄目っ!!」
「いやっ!!」
マリアンニは、そう言って、余と兵士と間に立って両手を広げて止めようとした。しかし、悪魔の使いには邪魔者にしか見えなかった。
「はぁっ!お前も悪魔の仲間かっ!こ、こんな奴、き、き、き、切り捨てろっ!」
「司祭様、なんと言うことをおっしゃ……あっ!」
兵士は聖職者の指示でなんの躊躇も無くマリアンニを剣で刺してしまった。
「あぁっ!!マリアンニィィッ!!マリアンニィィッ!!ど、どうしてこんなことを……。あぁ、イエス様……、彼らに慰めを……」
シスターは大声を上げて神に祈った。しかし、余は怒りが収まらなくなっていた。
「何が聖職者だ……」
「はぁ?今、何か言ったか」
「何が聖職者だって言ったんだっ!シスターに神の祝福が降りて、自分に降りないことに嫉妬しただけだろうがぁっ!自分の権力を堅持したいだけの神を冒涜する愚かな聖職者っ!お前のことだっ!」
子供のセリフじゃないね。シスターも顔を青ざめさせたさ。
「ア、アニヴァッ!何てことを……」
「は、はは……、み、見ろ、悪魔が本性を現したぞっ!つ、捕まえて火あぶりにするんだっ!!!」
偽善者はそう言うと兵士を使って余を捕まえようとした。
余は一芝居打つことにした。
「そうさっ!余はサタンの使いっ!この女の奇跡は余が全て起こしていたっ!金を集めるためになっ!この女は我々の魔術によって操ったただの人形に過ぎないっ!」
「アニヴァッ?!何を言ってるのッ?!」
余は霊体にしか使わなかった力をこいつらに使うことにした。生きた人間に使った事は無かったが、同じ事だと思っていた。
「……あっ!だ、駄目よ、アニヴァッ!」
シスターは余にそれを止めようとしたが遅かった。余は両手を兵士達の前に出して、そいつらの魂を食ってやった。すると、思った通り兵士共は気力を失って倒れ始めた。
「愚かな人間共っ!サタンのしもべが命を頂いたぁぁぁっ!ケケケケッ!」
これには、さすがの聖職者も怯え始めた。
「ひ、ひぃぃ~~っ!」
「私腹を肥やした愚かな聖職者よっ!お前も私達の世界に連れ込んでくれるっ!永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされるがいぃぃぃぃっ!!」
「せ、聖書の言葉を使う悪魔……、ひぃぃぃ、やめろぉぉ……」
余は次のターゲットを聖職者にして、そいつを睨め付けて歩み寄った。
「く、来るなぁ……」
しかし、その間にシスターが割って入った。
「アニヴァッ!止めなさいっ!そんなことをしては駄目よっ!」
思った通りに行動したシスターに余は笑いそうになった。余は芝居を続けた。
「あぁっ!なんとっ!イエスのしもべが現れたっ!お前は私を邪魔しようとするのかっ!!あぁ、何という光の強さかぁぁぁっ!恐ろしいぃぃぃ」
「ア、アニ?」
「イエスのしもべが出て来たのでは仕方あるまい。私は逃げるとしようっ!」
何という三文芝居だろうかと、余はその時ニヤけていたに違いない。余は妹を背負うと、兵士の乗ってきた馬に彼女を乗せ、集まった聴衆達の間を抜けてその場から立ち去った。
後ろを振り返るとシスターが泣き崩れているのが分かった。
「アニ……アニヴァ、わ、私達を守ってそんなことを……うぅぅ」
----- * ----- * -----
誰も追ってこないことを確認して余は妹を地面に降ろした。夜はすっかり落ちていて妹も虫の息だった。月明かりが湖に照らされていて静かだった。
「マリアンニ……、何で前に出来たんだ……」
「だ、だって、お姉ちゃんが……」
腹から流れている血液が地面を染め始めていた。余はどうにも出来ない自分を嘆いた。
「あぁっ!!何が神だっ!あんな偽善者を産むのがお前への信仰なのかっ!!お前が本当にいるなら……妹を……マリアンニを……救って……くれ……、うぅぅぅ……、あぁぁぁぁぁっ!」
余はその時、気づいたんだ。余は食べてばかりだが、吐き出すことも出来るんじゃないかってことを。そして、とっさに手の平をマリアンニに向けて必死に吐き出すことをイメージした。
すると、余から暗い霧みたいなものが出て来て、妹を包みだした。妹の傷はみるみるうちに治っていき、顔色も良くなっていった。
「マ、マリアンニッ!」
余は初めて神に感謝したよ。
「お腹の痛みが無くなった……。あれ、すごいっ!傷が治ってるっ!」
「マリアンニッ!マリアンニッ!」
「奇跡だよっ!お姉ちゃんっ!すっごいっ!」
しかし、その代償だろうね、笑ってしまうことに妹も不死になってしまった。余と同じようにね。
その後は、聖職者達から逃げる旅路ってわけさ。夜に寝なくていいってのは便利だね。夜のうちに歩き続ければ良いんだから。墓地に行けば"食事"はあるから空腹にもならないし便利なもんさ。
そして、逃げて逃げて結局、ここ(日本)に来てしまったってわけさ……。