アニヴァ I
その頃、余はアニヴァと呼ばれていた。
余が生まれたのは、数百年前のヨーロッパにある小さな村だった。山に囲まれて大きな湖の近くにその村はあった。トウモロコシ畑が広がっていて収穫期には迷路みたいなトウモロコシに囲まれたもんさ。
「アニヴァ、今日はお父さんと町に買い物に行くからお留守番していてね」
「え~、お母さん、やだよぉ~。私も一緒に行くぅっ!」
「駄目よ……。母さんはマリアンニを背負って大変なんだから、ね?お姉ちゃんなら妹のことを思いやらないと」
「私がマリアンニを背負うぅっ!」
「はぁ~」
子供の我が儘に今度は父親が助け船を出してくれた。
「仕方あるまい。アニヴァを一人で待たせるわけにもいかんだろう……」
「もう、あなたったらアニヴァには優しいんだから……分かったわ、一緒に行きましょう。だけど、何も買わないからね」
「わ~いっ!」
何処にでもあるような話さ。余は両親の買い物に無理矢理ついて行くような子供だった。しかし、こうして、妹のマリアンニと一緒に町に買い物に行ったんだ。
町って言ったって東京みたいな町を思ってもらっては困るよ、100人程度が集まれば大きな町なのさ。
この街には農業で働く人達の他にも近くの鉱山で働く人達も多かった。人が集まるところには商人も集まるから、余の家族もたまに買い出しに来ていたというわけさ。
買い物が終わる頃、余は商店に並んでいる鉱山で取れたという未だ加工もされていないような石ころに夢中になった。それは、赤や青、それに緑色をした半透明の綺麗な鉱石を含んでいた。
「わ~、綺麗な石だね、お父さんっ!」
「鉱山では綺麗な石も取れるみたいだな。買い物は済んだから帰ろうか、アニヴァ」
「うんっ!お父さんっ!」
父親はせがまれるのを恐れてそう言ったが、余はすでに上機嫌だった。
「アニヴァ、新しい服は凄く似合ってるよっ!」
「えへへ、ありがとう、お父さんっ!」
「あなた、アニヴァに甘いんですからっ!今日は何も買わないって決めていたのにっ!」
「あははっ!まぁ、たまにはいいじゃ無いか」
無邪気な子供を連れたどこにでもある家族のはずだった。だけど、その帰り道、父親が急に血の混ざった汚物を吐いた。
「うぅぅ、うげぇぇぇ」
父親は、そのまま顔を青ざめさせて倒れてしまった。突然のことで余と母親はパニックになった。
「お、お父さんっ?!」
「あなたっ?!」
母親は父親に寄り添って大声で助けを呼んだ。余は父親の吐血で汚れてしまった新品の服のまま呆然と立ち尽くすだけだった。その後、町の人達は、倒れた父親を家まで運んでくれたが、数日もすると父親は死んでしまった。皮ふがただれて、吐血や下痢を繰り返して、それは壮絶な死に方だった。しかし、それがどんな病気なのか誰も分からなかった。
この病気は父親だけが罹ったわけじゃなかった。しばらくすると、村や町で父親のように死ぬ人が後を絶たなくなった。みんな同じような症状で伝染病じゃないかと噂になった。
そして、遂に母親も同じような病気に罹って死んでしまった。残された余と妹もいつそうなるのか恐怖したのだが、それ以前に両親を失った余らは、生きていくことが難しくなった。祖父や祖母も居ないから頼る家族もいなかった。だから、町に行っては物を恵んでもらう生活になった。しかし、商人達もこんな不気味な町に来なくなり始めたため、町は寂れ始めて同情してくれた人達も何もくれなくなってしまった。余らはどうすることも出来ず、他の町で盗みを働いた。何度か繰り返していくうちに店主に捕まって殺されかけたのだが、教会のシスターに救われた。




