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異端を狩る者の詩は誰も歌わない  作者: 大嶋コウジ
ワールド壱の一:吸収衝動を味わってみるかい?
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男子の部屋に行く?

 日高は、何が起こったのか理解が追いつかず、目がグルグルになって動悸も収まらず、津名の後ろを下向きで歩いていた。


(あ、あれ~、なんだろな~、この流れ……、あれあれあれあれれ~、なんかおかしい……。わ、私ってば、今から男の子の家に行くんだよなぁ~……。へ~ほ~、へ~ほ~)


 津名は周りを警戒していていたが、日高はそんなことは全く気づいていなかった。


「あそこだよ」


 そう言われて、日高はハッとして目の前のものを見て、すぐに顔が引きつった。


「えぇ、あぁ……?ん~……」


 それはお世辞にも綺麗とは言えない築六十年を超えるようなボロアパートだった。八部屋ほどあったが、屋根には草が生えていて、今にも朽ちそうな壁が入口からも見えた。庭と言えるような敷地もあったが、何もメンテナンスされていないのか草はぼうぼうに生えていて、隅っこに生えた木も年期が入っていて少し気味が悪かった。


「ちょ、ちょっと汚い……かも?」


 津名はさすがに申し訳なさそうにそう言った。

 しかし、彼のボロ制服とアパートが妙にマッチしていたので日高の中で何かが納得したような気がした。


「ささ、こっちに……」


 日高は津名に連れられて、朽ち果てそうになっている入口の門を超えた。すると、腰の曲がった老婆が庭を掃除していた。


「おばあちゃん、掃除は僕がするから大丈夫だよ」


 どうやら、彼女は津名の祖母のようだった。


「そうかい?……あら、お友達さんかい?」


「うん、友達の日高さん」


「そうかい、そうかい」


「お、お邪魔します……」


 日高には、彼女が八十歳ぐらいに見えたので、津名の祖母にしては年が取り過ぎているなと思った。自分の両親の祖母はここまで年を取っていなかった。


「部屋は二階なんだ~」


「う、うん」


 津名は日高を連れて階段を上った。階段がギシギシと音を立てたので日高は今にも壊れるんじゃ無いかと恐る恐る上った。


「二階の奥、向こう側にしよう」


「しよう……?」


 日高は津名の言っている意味が分からなかったが、アパートの向かって左手の奥の204号室と書かれた部屋を案内された。


「あれ、あそこじゃないの?」


 日高は階段を上った一番最初の201号室と書かれた部屋の名札が「津名」だったので、そこを指差した。


「あ、そこは僕の部屋」


「えっ?!君の部屋っ?!」


 自分は今から何処の部屋に入るのだろうかと日高は思った。


「まぁ、入って」


 何だかよく分からないまま案内された204号室は、名札も無く、津名が部屋を開けるとカビの匂いが彼女の鼻をついた。


「あぁ、匂いが酷いね……。しばらく使っていなかったからかも。窓を開けるからね」


 彼はそう言うと部屋に入っていくと窓を開けた。清々しい風が入って来て、ドアまで抜けた。


(ん?しばらく使っていない?彼の部屋じゃないからか。あれ、カギって開けたっけ?)


 日高は、相変わらず意味不明な津名に頭が可笑しくなりそうだった。


「ま、まあ、座って」


 津名は座れと言った部屋はロマンもくそもなく、殺風景な部屋で机や座布団も無い部屋だった。使ってないと言ったように、久々に入りましたと言った部屋で、誰も住んでいるのだろうと思った。おまけに押し入れも開きっぱなしで布団も無く空っぽだった。しかも、座れと言った床はホコリも酷く、座る気になれなかった。ただ、畳の床の存在に日高は感動すら覚えた。


「……ここは誰の部屋なの?」


「空き部屋だね」


「はぁ……」


「あぁ、畳が汚いね……。ちょっと待っててね」


 日高は空き部屋に案内されて、何だこれはと思い始めた。しかし、彼女があっけにとられているうちに当の本人は部屋から出て行ってしまった。

 やがて、横の部屋から何やらガタガタと音がするのが分かった。


「えっ?!お隣なら変な音がする……」


 しばらくして、津名が戻ってくると小さな机とその上に座布団二枚を置いて手に持っていた。


「お隣の部屋から持ってきたの……?」


「う、うん……。もうちょっと、待ってね……」


 津名はそれを広げるとまた部屋を出て行って、階段を降りる音がした。そして、今度は足下の部屋から音がした。


「今度は一階……?」


 やがて、階段を上る音がすると津名は麦茶を持っていた。


「はぁ……、はぁ……、お婆ちゃんに借りてきた、ほら、コップもね」


 息を切らしながらもニコニコとした津名は、日高をもてなす意味でそう言ったのだが、すでに彼女は笑いが堪えきれなくなっていた。


「ぷ、ぷぷぷっ!あはははっ!」


「え、えぇ、ま、またっ?!ど、どうしたの?」


「だ、だって、何だかおかしくってっ!あはははっ!クククッ……、もう緊張して損しちゃったっ!お、お礼ってこれ?」


 日高は失礼だなと思いつつも、口から悪口が出てしまった。


「う、うん……、た、大したものもなくてごめん……、あれ、飲めるかな……」


「ぷっ!ぷぷぷっ!こ、こ、こんなお礼ってあるのっ?!あはははっ!む、麦茶?まだ、で、で、で、出来たてで、くくくっ……、う、薄い……っ!あははははっ!」


「あぁ……、ほ、本当だ……」


「あ、あなたって、ぷぷぷっ、ホコリだらけな部屋に女の子を連れてきちゃうのっ?」


「……ごめん」


「ぷぷぷっ!もう、あなたって変で変で……ぷぷぷ、あははっ!お、お腹が痛い……、あははははっ!!ひひひっ……、くくくっ……、い、痛い、痛い……お腹痛い……」


 彼女はツッコミ満載な状況にお腹を押さえて笑い続けた。

 自分が緊張してここまで来た事は何だったのだろうかと、それにしたって汚い部屋に女の子を連れてくるなんて、この男の子にはロマンのかけらも無く、しかし、彼女はそんな状況が可笑しくて仕方が無かった。


「あ、あはは……、楽しそうで良かった……なぁ……」


 コップを抱えた津名は顔が引きつっていた。


「ぷっ!!あははははっ!もう、駄目、駄目ぇぇぇっ!ひひひっ!あははははっ!」


 彼女の笑い声が空っぽの部屋に響き続けた。


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