とある恋人達の些細なお話
これまでで一番の箸休め短編です。
山なし谷なしボケなしドキドキなし。
「おはよう」
「おはよう」
朝、高校行きのバス停で彼女と合流する。
他に並んでいる人はおらず、俺が先頭で彼女が二番目だ。
別に待ち合わせしている訳では無いのだが、二人とも毎日同じ時間にここに来る。
もちろん多少時間がずれることもあるが、このバス停はこの時間帯だと俺達しか使っていないので列の間に他の人が入るといったことはまず無い。
挨拶をした後、彼女から目を離して前を向きながらバスが来るのを待っていると、時間通りにやってくる。
ここは始発のバス停に近いから遅刻せずに来るのだ。
ぷしゅー
という音と共にバスの中央部にある扉が開き、ステップを踏み越えて中に入る。
このバス会社でしか使えないという不便なローカルICカードを使って乗車記録を残してから後部座席の二人用シートへと向かう。
俺に続いてバスに乗った彼女が窓側へと座り、俺はその隣へと座る。
そこしか空いていなかったわけではない。
バス車内はガラガラで席を選び放題だ。
それでも俺達はこの席を選ぶ。
この席こそが俺達が勝手に決めた指定席なのだから。
席に座るとバスの扉が閉まり発車する。
不規則に揺れるものだから、バスに乗り始めた当初はスマホなんて見ようものなら簡単に酔った。
今でも酔うのかなんて知らない。
だってスマホなんて見ないから。
バスが発車してすぐに、右肩に重みがかかる。
チラりと彼女の方を見ると俺の肩に頭を乗せていた。
俺は身動き一つせずに彼女の重みを受け止める。
報酬は彼女の安らかな寝顔だ。
普段は表情が薄い彼女が唯一見せる穏やかな姿。
心を許してくれていることが伝わり、じんわりと胸の奥が温かくなる。
学校につくまでのおよそ三十分間。
彼女との無言の語らいの時間にスマホを見るなんて無粋な真似がどうしてできようか。
ただ、俺達の関係は世間一般の常識とは外れているらしい。
「ねぇねぇ聞いて、彼氏とキスしちゃった」
「え~マジ!? どんな感じだった?」
「今週末彼女とデートなんだけどさ、やっぱりアレ用意しといた方が良いよな」
「あはは、デート中にエロいことばかり考えて嫌われるなよ」
「あいつ毎日大量にL〇NE送って来やがってさ。既読無視するとキレるし、読まなくてもキレるし、超めんどい」
「さっさと別れろよ」
「でもそこが可愛くもあるんだよな~」
クラスでは毎日のように男女問わず恋愛話で盛り上がっている。
教室内がピンク色に染まっているとすら思える日もある。
そんな中で俺は自分の席に座り窓の外をぼぉっと眺めている。
同じクラスの彼女は独り静かに本を読んでいる。
休み時間だからといって俺達が何かを話すことも無く、教室内ですれ違っても声をかけることすらない。
「よう、斎藤、つまんなそうな顔してどうした。やっと彼女と別れたか」
「別れてねーよ」
黄昏ているとでも思ったのか、前の席の男子が話しかけて来た。
「でもよ、いつも言うけどお前ら絶対変だよ。付き合ってるのに何でイチャイチャしねーんだ?」
「余計なお世話だ」
「イチャイチャは良いぞ~ 俺なんか昨日……」
惚気話がしたいだけだったのだろう。
手を握っただの、良い香りがしただのとどうでも良い事を伝えてくる。
イチャイチャねぇ。
誰も彼もが異性との触れ合いを通じて笑顔になっている。
失恋した人はこの世の終わりかと思えるくらいに悲しそうな顔をしている。
恋愛によって心を大きく揺さぶられ、あらゆることに一喜一憂している。
きっとそれが普通の年相応の恋愛なのだろう。
イチャイチャしたいというのがありきたりな欲望なのだろう。
俺もいずれ彼女とそうなるのだろうか。
賑やかに会話し、手に触れ、キスをし、体を交わせ、幸せに頬を緩ませるのだろうか。
はは、まったくイメージが湧かないな。
チラりと彼女の様子を伺った。
相変わらず彼女は静かに本を読んでいた。
放課後。
俺達はいつも自然に同じタイミングに教室を出る。
しかし今日は俺が先生にちょっとした仕事を頼まれたため、帰る時間が遅くなる。
「おまたせ」
「うん」
こういう時、彼女は俺の戻りを教室で待ってくれている。
もちろん逆の場合は俺が待っている。
そうして二人、教室を出る。
「…………」
「…………」
肩を並べてゆっくりと歩くものの、会話は無い。
手を繋ぐことも無く、適度な距離をとり、ただ歩くだけ。
体に触れることはない。
デートもしない。
笑顔で会話もしない。
こんな俺達の関係をクラスメイト達は変だと口を揃えて言う。
そんなつまらないのは恋愛では無いのだと言う。
本当に彼女のことが好きなのかと言う。
もちろん俺は彼女のことが好きだ。
彼女からの好きもしっかりと伝わっている。
誰もが否定しても俺達は気持ちを認め合っている。
バス停につく。
普段は帰宅する学生が列をなしているのだけれど、出遅れたからか誰も居なかった。
朝と同じように俺が先頭に、彼女が後ろに並ぶ。
五分遅れてバスが来た。
この時間で五分遅れは早い方だと思う。
プシュー
バスの扉が開き中に入る。
珍しいことに、空いていた。
夕方は席が埋まっていることが多く、吊革やポールを掴んで立ったままなのが普通だ。
しかも今日は指定席が空いているではないか。
彼女は朝と同じように窓側に座り、俺はその隣に座る。
発車音と共にバスが出発すると、彼女は朝と同じように俺の肩に頭を預ける。
俺は体を動かさず、視線だけを彼女の顔に向けた。
「…………」
「…………」
朝と違って寝ているなんてことは無かった。
ただ、穏やかな笑みを浮かべて幸せを噛み締めている。
その頬が少し赤く見えたのは夕陽のせいなのかそれとも……
ああ、やっぱり俺は幸せだ。
彼女が傍に居ることで充分に満たされている。
これが俺達の恋の形。
誰に何を言われようとも、俺達は確かに愛し合っている。