小さな悪魔に甘いお菓子を
「ハンナ! TRICK or TREAT!」
「はいはい、お菓子は沢山あるわよ~」
お菓子の沢山入った箱をドスンと机に置く。これを一人で受け取る予定なのがこの歳の離れた弟だ。
私もそれなりに甘やかされて育ったはずだが、歳をとってから出来た子供には更に甘い。激甘である。
そうして甘々に育ったルークは超生意気で超ワガママな少年となった。私の事もお姉ちゃん、などと呼んでくれない。呼び捨てだ。
「こーんなにお菓子あげたんだからね、当然いたずらは無し! その手に持ってる不穏なものはさっさとしまいなさい」
「……するわけないだろ!」
一瞬のうちに目の前を煙が覆った。ここは家の中の部屋だ。野外でも遊び場ではない。それなのに煙と火花と爆裂音でいっぱいになっているのは何故なの神様?
目がしょぼしょぼするし息もしにくい。急いで窓を開けて煙や火薬の臭いを外に出す。煙が外へ向かって出ていくともやもやしていた部屋が見えるようになってくる。と同時にゲラゲラ笑う弟の姿が現れてきた。むっ、ムカつく!!!!
「何か『するわけないだろ!』よ! 馬鹿! 今夜は仕事でお父さんもお母さんもいないのに家が火事になったらどうするのよ!」
「この程度で火事になんかならねーよ。うるせーなぁ」
爆竹で散々うるさくした自分を棚に上げ、爆竹のカスをほったらかしにしたまま彼はお菓子の箱をゴソゴソと探り出し、目当てのものをムシャムシャと食べ出した。
こいつ……全く反省の色なし! 私の弟ではなく実は橋の下から拾ってきた悪魔なのでは?
今夜は昔カボチャ頭のルークと出会った思い出の、そして弟の誕生日でもあるハロウィン。誕生日なのに親もいないし寂しいだろうし、イタズラされても大目に見るつもりだった。
だったのだが……もう無理! 馬鹿! ほんとにバカ! 名前つけたのも私、世話も私がほとんど見てきたってのにこいつは……!
あの日出会ったお化けのルークはとても優しかった。弟を初めて見た時、一瞬だけ見えたルークの人間の姿に似て見えたあの時のときめきは、今でも鮮明に覚えている。
もしかして彼が約束通り人間になって私へ会いに来てくれたんじゃないか。そう思っていたのに……それらしき記憶もないらしく、その上この態度。前世はお化けのルークとは別の、どっかのどうしようもない荒くれものだったに違いない。
……ええい、お菓子をあげてもイタズラするんだ。こっちもイタズラしてやろう。
「この程度で火事になんかならない、か。じゃあ一人で留守番しても大丈夫そうね」
「はぁ?」
「私、これから出かけて朝まで帰らないから。それじゃ」
「はぁあああ? いきなり何言ってんだよ……」
私がゴソゴソと出かける用意を始めると明らかに動揺するルーク。
ふん、困ってる困ってる! こいつ、生意気だけどまだまだ暗闇やお化けが怖いお子様なんだよねぇ。
そんな子供が一人で留守番なんて出来るはずない。さっさとそれに気づいてちょっとは謝るなり反省するなりして、私の有り難みを思い知りたまえ、少年。
「あ、どこ行くんだよ」
「内緒、こういうのは秘密にするもんよ」
「……てか、嘘だろ? ハンナがどこ泊まりに行くんだよ? ハンナの友達みんな都会に行って今いないし、いい年して男もいないし。今から泊まれて朝に帰って来られる宿屋はここらへんにないし」
ぐっ、子供のくせに妙に鋭い! でも負けてたまるか! 私は動揺する心を大人の余裕で何とか隠しながら嘘を信じ込ませる為の新たな嘘をつく。
「男? 流石にいるわよ。ルークが遊んでるうちに出会って愛育んでたんだから。てかそろそろ結婚するし。やだ、あんた全然気づいてなかったの?」
「えっ、何だよそれ……。あ、相手は!?」
「村はずれの森のおばあさんのお孫さん。おばあさんも高齢だから隣町に越してきたお孫さんがよく来るでしょ? 私と同い年なんだよね。最初はおばあさんの顔見に行ってたんだけど、次第に彼と仲良くなったの。おばあさんも喜んでくれてるよ」
「確かにちょくちょく婆さんのところに通ってた……でもそこに男が……しらねぇよそんなん……マジで……」
嘘と言っても半分は本当だ。おばあさんのお孫さんとは本当に仲良くなった。おばあさんも喜んでいる。ただし、そのお孫さんは同い年の女子なんだけどね。
真実を混ぜたおかげか、ルークはかなり信じてきたようだ。さっきまでの偉そうな態度は影を潜め、俯いて手をもじもじし始めた。よく見ると顔が赤くなり、そして震えて……。
「ううっ、ひっく……」
泣き出した。涙が仮装衣装の上に落ちて染みを作る。この仮装衣装は私のお下がりを直したものだ。そういえば、私もあの衣装で泣いたなぁ。そして、泣いてる私をお化けのルークが慰めてくれたっけ。
「嘘だろぉっ……ハンナマジで結婚するのかよ……」
「そうだよ」
「ぐうッ、結婚したら、ひっく、もうこの家にいなくなるのか?」
「そりゃそうよ。家を出て隣町に住むわ。遠い訳じゃないからたまには帰ってくるけど」
「……たまに、じゃイヤだ!うああああん」
……あれ? 今から私が泊まりに行っちゃって、一人で留守番しなきゃいけないのが嫌なんじゃなくてそっちなの?
私が結婚して、この家を出るのが嫌なんだ。意外。てっきりお化けがいなきゃ姉なんて用なし、それくらい鬱陶しがられてるもんだと思ってた。
「ずっとこの家にいると思ってたのに……寂しいだろ! この家で俺に反抗してくる奴なんてお前だけだし……! ハンナのいない家なんて面白くねぇよ! いたずらする意味も無くなる! ……ハンナのアホ! バカ! ブス! うわああん!」
ん? 寂しいだろ! の後、なんて言った? ちょっとは可愛いところもあると思ったらこれだ。ムカつく小僧め。
とはいえ、これ以上歳の離れたまだまだ子供の弟をいじめて泣かせたままにしとくのは大人げない……よね。なんだかんだで私も弟に甘い。激甘だ。
そろそろネタばらししようか、そう思った瞬間。
「ハンナ…………これやるから!」
勢い良く私の前でパンパンに膨らんでいたお菓子の袋が逆さまにされた。少し間をおいてから色とりどりのお菓子が机の上にみるみる小さな山を作る。お菓子、やるから? 何なんだ?
ふと、あの日のカボチャ頭のお化けへ、なけなしのお菓子袋を差し出した、暗くて怖くてそれでも懐かしいあの光景が脳裏に浮かぶ。あの時の私にとってのお菓子の価値と今の彼にとってのこのお菓子の価値、同じくらいなんだろうな。
しかし悲しいかな、今の私にとっては単なるお菓子そのものだった。私も大人になったということだ。
いまいち私の反応が良くないと踏んだのか、ルークは更に何かを宝箱からゴソゴソ探して机へ持ってきた。
彼の宝箱は私どころか家族の誰でも触ると烈火の如く弟が怒る、謎が多いものだ。もちろん中身は知らない。見たことない。子供にだって見られたくないものもあるだろうし。
「あぁ、こ、これもやるからさ……」
ゴロンと前に置かれたものは石だった。その後一つではなく幾つもゴロゴロと並べられていく。その石を見つめる名残惜しそうルークの目。やる、と言ってしまったのを後悔している様子も見てとれた。 それでも一度言ったことを覆す事はしない男の意地があるらしい。一度も手を緩ませることなく石を置いていった。
石と言ってもピカピカ光沢のあるものだったり、青みがかった透明感のあるものだったりして、かなり綺麗な石だ。こんな石をこの周辺で探そうと思ったら大変だろう。宝箱に入れる気持ちも分かる。私が見てもまさか宝石では、と思うほど。
「これ……宝箱から出してきたものだから大事なものでしょ、いいの?」
さっきとは違う私の反応に、弟は少し自信を取り戻したらしい。涙で赤く腫れた目を細め、ニヤリと笑いこう言った。
「大事だよ、すっげーーー大事だけど……それをお前にやるんだ! 分かるよな?」
「分かる? いや、うーん、分からない」
「はぁっ!?」
「えっ、怒るの?」
急に泣いたり急に怒ったり、忙しい奴だ。珍しくてじっと眺めていると再びもじもじしだした。
「……その、もうしばらく家にいて、欲しいって事」
「え?」
「お菓子も、宝物もやるから。イタズラも今よりは減らす。だから……この家から出て行かないでくれ!」
顔を背けてボソボソと、聞いて欲しいのか聞いて欲しくないのか分からないような声でこう言われた。そして言い終わるや否や、自分の部屋に逃げ込むように去っていった。私はそれをポカーンと眺めていただけ。
やっと動き出した頭では本当の事を言うか言わないでおくか、せめぎ合いが起こっていた。うう、滅多にないぞ。こんなに下手に出るルーク!
ここでネタばらししたら、怒って私の言うことなんて信じてもらえなくなりそうな気さえする。となると、嘘を突き通さなければならなくなるのだが、少し周りから聞かれれば相手が女の子だってすぐにバレるに違いない。後でバレてはもっと怒りそうな気が……。
どうしよう! どうしよう! あーつまらない見栄をはるんじゃなかった!
……首元にひゅっと冷たい風が通る。さっきの騒ぎで窓を開けっ放しだったのを思い出した。ひとまず窓を閉めようと立ち上がる。窓の向こうはもう真っ暗。今日は新月だ、月の光すらない。
おそらくカボチャ頭のルークと弟は別人だろう。だとすると今夜またあのカボチャ頭で優しい彼と会えないだろうか。
これまで何度もそう思って森へ出かけた。もちろん会えなかった。……今日はどうなのだろう。
ネタばらしするかどうかで混乱する頭を冷やす為、というのもあるが、一番の理由は森で彼を探してみたかった事だろう。一応家中鍵を閉めて、弟にもドア越しに「少し散歩にいくだけで絶対帰ってくるから留守番宜しくね」と言い残して出てきたが、大丈夫だろうか?
何年も何回も往復して、大人になってからのこの森は夜でも怖くなくなっていた。大人の足だと案外狭い森なのだ。あんなに怖かったあの日が遠い昔のよう。
とはいえ、月がない今夜はランプだけの灯りなので久しぶりに少しだけ怖い。周りを見回しても明かりなんてない。やはり彼はいないようだし。早足でザクザク森を歩き続ける。寒さで冷静になってきた。やっぱりネタばらしして私の嘘も彼のイタズラもチャラにして、一緒に楽しくお菓子でも食べようかな。
気づけばもうおばあさんの家が見えてきた。しまった。どうせここへ来るなら何か、そうお菓子でも持ってくればよかった。まっ、しょうがない。顔だけでも見せよう!
森を抜けようとしたその時だった。ふと誰かの気配を感じた。まさかとは思ったが、後ろを振り向くと遠くに明かりが見える。ゆらゆら見えるあの明かりはランタンのような……。私は無意識に明かりへ向かって走り出していた。
明かりも私に気づいたのかゆっくり近づいて来た。そして目の前までやって来て見た人は……。
「ハンナ~……やっぱり出ていくんじゃねーか……」
泣きながらランタンを持っている弟だった。私の待っていたルークにしては明かりの高さが低いと思ったけど、まさかこっちのルークがついてきてたなんて。というか、怖がりなのにこんな夜道を一人で歩くなんて出来たんだ。
「すぐ帰るって行ったのになんで待ってなかったの?」
「でもすぐ森に向かってたじゃねーか! 婆さんの家へ向かってたんだろ! 男に会うつもりなんだろ!? それなら俺もついていった方がマシだ! ……でもこんなに怖いとは思わなかったし見失うし……うわぁぁぁん!」
そのまま私に抱きついて泣き出した。よほど怖かったのだろう。どうやら彼は、私が家を出た時からついてきていたようだ。しかし子供の足と恐怖で追いきれなかったらしい。怖がりのくせに無理するから。……って私が無理させたんだな。
ルーク、月もない夜にここまで来られたんだから昔迷ってた私よりもよっぽど凄いじゃない。よしよしと頭を撫でてやる。もう怖くないよ~と昔言われた言葉を思い出しながら慰める。
するとどこからか、カッカッカッ、と特徴的なあの笑い声が聞こえた。ん? と顔を上げても周りには闇ばかり。弟は気づいてない様子だし、もしかして会いたさのあまりに幻聴?
改めて目の前の弟の手を見ると、ランタンを持っていない方の手には袋がにぎられていた。お菓子袋だ。
「……なんでお菓子持ってきたの?」
「……だって、お化け出ると怖いだろ! イタズラされないために……」
思わず吹き出して笑ってしまう。やっぱり私の弟だなぁ。
「なんで笑うんだよ!」
「いや、あのね。そうだね、後でおばあさん交えて話そうか」
「あの婆さん家寄るのか……」
「早く帰りたい?」
「うー、まぁ、男も気になるけど……」
「あーうん。それと含めてちゃんと話すね!」
この小さな悪魔と一緒にここを歩くのはあのルークとの縁なのだろうか。おばあさん、また驚くだろうなぁ。ともあれ、この子には一緒に甘いお菓子でも食べて元気になってもらわないと!
私の手を握ってビクビクしながら歩く可愛い弟を連れ、再びおばあさんの家へ歩き出した。
ジャックオランタンの笑い顔(https://ncode.syosetu.com/n5873ig/)の続きとなります。
タイトルはflower fish(http://nanos.jp/flowerfish/)様のお題を使用しています。