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スーツはパジャマに入りますか?

作者: A
掲載日:2022/11/04


 上京してから十年近くが経ち、もはや仕事もルーティーンとなってきた今日この頃。


 最初、思い描いていたお洒落な生活は、どうやら私には縁遠かったものだったようで、地味っ!と自分でも言いたくなるような毎日がただ続いていた。


 いや、むしろ、こっちには地元の友達がいない分引きこもりがちで、パジャマがよく似合う干物街道を知らぬうちにひた走ってしまっている。



「あー、暇…………家事は、なんかめんどくさいし」


 

 せっかくの休日。

 土日休みの仕事ではないこともあり、連休を取れることはそれほどない。

 でも、別にそれが嫌かと言われるとそうでもなくて、週半ばに休みがあるというのは、それはそれで気分的にもちょうどよかった。



「仕方ない………………テキトーに、カフェでも行くか」

 

 

 このままゴロゴロというのも捨てがたいが、なんだか甘いものが食べたい気分だ。

 それに、外を見ると久しぶりの快晴。

 黙って見過ごすのは、もったいない気になってしまった。



「服は、まぁ……これでいいよね」


 

 別に誰に見せるでもないのだ。

 それなりに見栄えのする化粧をし、それなりに見栄えのする服を着る。

 転がっているうちに付いてしまった毛先の癖も、そろそろ長くなりつつある髪を適当に漉いているとそれっぽくなっていく。


(…………でも、そろそろ彼氏くらいは作りたいなぁ)


 少しの間、出会い系のアプリはやってみたものの、マメでは無いこともありすぐに面倒くさくなってやめてしまった。

 というより、趣味と呼べる趣味もない。

 無理に話題を続けて疲れて終わるというのが大半だったのだ。

 まだ、年齢的には大丈夫でしょという余裕なくなるまでは、もしかしたらこのまま自分に言い訳して終わってしまうのかもしれなかった。



「靴は……君に決めたっ!」



 ヒールに手を伸ばしかけ、やっぱりやめる。

 目的地は駅からそこそこ歩かなければいけないし、疲れるのは嫌だ。

 本当に、最近手抜きだなぁという呆れを内心抱きつつも、今日は許してあげることにしよう。



「いってきまーす」



 そして、私は扉を開け駅に向かった。

 行きつけと言うには少なすぎ、何度かと言うには多すぎる。

 そんな、何と呼ぶのが相応しいのかわからない店。

 カフェ・ド・ミロワールに行くために。

 



 







◆◆◆◆◆



 







 カランコロンという音を立てて扉を開けると、思った以上に人がいるようでほとんどの席が埋まってしまっていた。

 まぁ、そもそもそれほど広い店ではないので、それも仕方がないのかもしれない。

 

(うわー、混んでるなぁ……………あっ、あそこ空いてる……四人掛けだけど)


 後ろを振り返るも、他に待っているお客さんはいなさそうだと、そこに近づいて行く。

 そして、見覚えのある店員さんがこちらを見ていたので、無言で席に指を差し示すと大げさな丸が返ってきてちょっと笑ってしまった。



「ふふっ。あの人、面白いなぁ」



 おすすめは?と聞くと、一番高いやつと毎回言ってくるような人だ。

 ただのアルバイトであるらしいのに、商売上手めと、ついつい頼んでしまいたくなる愛嬌がある。

 

 

「んー、今日は何にしよっかなー」



 暗い店内を照らす温かなオレンジ色の照明にゆったりとしたソファ席。

 駅から少し離れているということもあって、あまり知られていないのか、変なお客さんも少ない。

 

(お腹もすいたしサルモーネピザのケーキセット…………いや、こっちのアラビアータも捨てがたいか)


 落ち着いた雰囲気がお気に入りのここには、既に両手では収まらぬほど来ていることもありメニューはほぼほぼ制覇した。

 しかし、何度食べても飽きないような味のせいで、毎度のことながら悩ませられてしまっている。

 


「ケーキはザッハトルテで決まりとして…………うーん、悩む」



 そして、おしぼりが出てくるまでには決めようと、そんな風に思っていたその時。

 入口の方からカランコロンという音が聞こえてきて、ふとそちらに視線を向けた。


 

「あちゃー、いっぱいかぁ」

 


 残念そうに肩を落とすスーツ姿の男性。

 短く切りそろえた髪は、さもビジネスマンですという雰囲気で、ほどよい爽やかさがある。

 


「…………残念。別の店にでも――ん?」


「っ!」



 しかし、そちらを見ていたせいであってしまった瞳。

 その上、気づかなかったていでそのまま反らしてしまえばよかったのに、驚いたせいで余計にじっと見つめてしまった。


(あー、どうしよ)


 広い四人掛けのソファ席。

 ふと周りを見ると、私以外におひとり様はおらず、なんだか悪いことをしているような気分になる。

 


「………………………………相席でもよければ、どうぞ?」


 

 恐らく気のせいだというのに、周囲から視線が集まってるのではと感じて口にした言葉。

 不思議そうな顔をしていた相手が、自身の顔を指さし驚いているのが見える。



「あー、じゃあ…………お言葉に甘えて?」



 お互い、疑問符交じりの尻上がり調のやり取りをする。

 きっと、私がそうであるように、なんでと思っているのだろう。


(うへー…………やっぱ、気まずい)


 そりゃそうだと、自分でツッコむ。

 そのまま、居心地の悪さにスマホに手を伸ばしかけるも、メニューがこちらにしかないことに気づき渡そうとする。



「「あっ」」


「「す、すいませんっ!」」


「「痛っ」」

 

 触れてしまった手。

 どこか気恥ずかしさすら感じてしまう体温に急いで頭を下げると、相手も同じことをしていたようで頭の中に鈍い音が鳴り響いた。



「…………ぐぅ………………ほんと、すいません」

 

「…………うぅ………………いえ、こちらこそ、すいません」



 痛みに顔を歪めつつも、再び謝罪を述べてくれる相手に、こちらも同じように返す。

 しかし、本当に間の悪い二人だ。ここまでコントのようなやり取りになるのも珍しいだろうに。



「…………は、ははっ。なんか、コントみたいですね」

 

「へ?」


「あ、すいません。つい」


「い、いえっ。そうじゃなくて、ただ……私も同じこと、思ってたので」


「え?そうなんですか?」

 

「そうなんです」 



 目を瞬かせる相手と、またもや同じようなことをしてしまう自分。

 本当に、打ち合わせでもしたのかと思うような行動に、思わず笑いがこみ上げてきてしまった。



「「あははっ」」



 そして、堪えられずにどちらとも笑いだすと、私達は涙目になりながら、腹を抱えて笑いあった。

 










◆◆◆◆◆








 しばらくして、ほぼ同じタイミングで出てきたお互いの料理。

 相手が頼んだサルモーネピザには、トロっとしたチーズが贅沢に乗せられていて、芳醇な香りをここまで漂わせてきている。


(…………美味しそう)


 やっぱりあっちにしとけばよかっただろうか。

 いざ目の前に出されてしまうと、そんなことを思ってしまう。



「………………………………もしよかったら、一切れ食べます?」


「…………い、いえっ!そういうつもりじゃないんです」


「いや、遠慮しなくていいですから」


「いえいえ。ほんとに、大丈夫です」


「そうですか?」


「はい」


「そう、ですか」



 いくら、さっきのことで少しだけ打ち解けたとはいえ、初対面だ。

 そこまで厚かましくは、と思い毅然と断る。

 しかし、それに対して返ってきたのは少ししょんぼりとした顔で、おや?と違和感を感じた。


(あれ…………もしかして、この人)


 ふと見ると、その視線の先にはこちらの料理がある。

 まさかとは思いつつ、お皿を少しだけずらしていくと、その後を追うように目も同じ方向に動いていった。



「………………交換、します?実は、私もそれ食べたかったので」


「いいんですかっ!?アラビアータも、大好きなんです」


「ふふっ。はい」

 


 よく表情の変わる人だ。

 それに、鼻歌を唄いながら取り皿に手を伸ばす姿は、見ていてなんだか可愛らしい。


(……年下、かな?)


 体に纏うフレッシュさとでもいうのだろうか。

 なんとかなくではあるが、そんなことを思わされる。



「そういえば、ここにはよく来るんですか?」


「え?あっはい。休みの日に、たまに来ますよ」



 固さの残っていた先ほどまでとは違い、人懐っこい笑みでそう尋ねられる。

 どうやら、パスタ効果はそこまですごいものだったらしい。



「そうなんですか。でも、いいなー、休み。実は僕、今絶賛勤務時間中なんですよ」


「ふ、ふふふっ。驚きですね。それ、パジャマかなって思ってたのに」



 ネクタイまできっちりつけたスーツ姿でおどける姿に、またもや笑えてきてしまう。

 実はもなにも、それ以外にどう見えるというのだろうか。

 これで私服だなんて言われたら流石にちょっとと思ってしまう。



「あはははっ。その返しは、ずるいなー」



 楽し気に笑ってくれることに、こちらももう少し話そうという気持ちにさせられる。

 初対面なんて嘘みたいなほど、親しみやすい人だ。



「今は、ランチタイムですか?」


「はい。まぁ、とはいっても、次の商談まで時間があったので、前から気になってたここに来てみたって次第です」

 

「そうなんですか。でも、話すの上手いし営業向いてそうですよね」


「そう見えます?嬉しいなぁ」


「ふふっ。すごく素直ですしね」


「なんかそれ、子ども扱いしてません?これでも、ぴちぴちの二十歳……と六十九か月なんですけど」


「あははっ。ちょっと、語呂が悪すぎじゃないですか?」


 

 なるほど、やっぱり年下だと、納得する。

 別に、だからどうということもないけれど。

 

(……もうすぐ、私も三十路だからなぁ)


 短大を卒業し、一応は希望の職種についたはいいものの、その先の展望はない。

 それこそ、何かしたいと思いながらも、何もしていないというのが現状だった。



「貴重なご意見ありがとうございます。次からは月じゃなくてマンスにしとけば気にならないですかね?」


「あはははっ。そういう問題じゃ、ないですから。ほんと、お腹痛い」

 


 中身のない気負わない会話。

 ここまで笑ったのはいつぶりだろうか。

 学生以来とはいいたくないが、近いものを感じてしまう。



「調子悪いなら、言ってくださいね。僕、甘いものもいけますんで」


「…………ケーキは死んでも渡しせんよ?」


「…………ちぇっ、残念」


「「……あははっ」」



 そして、私達は前から知り合いだったかのように、いろんなことを話していった。

 さすがに、プライベートなことまでは深く踏み込まなかったけれど、それでも。

 初対面というには、過ぎるほどに。














◆◆◆◆◆











 だいぶ時計の針が進んでいることに気づき、そろそろといって店を出た後。



「じゃあ、今日は、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ」


「…………では、これで」


「はい。じゃあ、これで」



 お互い、引き止める理由もないうえ、相手も約束の時間が近づいているようだったのでそう言って別れる。


(………………なんか、買い物でもしていこうかな)

 

 いつもなら、駅に真っ直ぐ向かうはずの足が、何となく人のいる方に向かっていく。 

 当然ながら、特に行きたいところはない。

 でも、このまま帰って、一人でぼーっとするのは、なんだか嫌に思えたのだ。


(人と話した後って、なんか、寂しいよね)


 自宅と職場を行き来する生活に、尚更そう思う。

 仕事中の会話は、それこそない方がいいくらいなのに。



「まぁ、飲んで帰るのも――」


「はぁ……はぁ……はぁ…………あのっ!」


「……あれ?どうしたんですか?」



 そうして、ちょい飲みでもしてこうかなと、そんなことすら思っていたその時。

 何故か、反対側に歩いていったはずのその人に、肩で息をしながら呼びかけられ驚く。



「はぁ、はぁ…………やっぱり、このままじゃ嫌だと思って」


「はい?あの、えと、何がでしょう?」



 だいぶ走ってきたのだろうか。

 スーツ姿でよくやるなぁ、と思いつつ、要領を得ない会話に首を傾げてしまう。



「………………貴方との関係、これで終わりじゃ、嫌なんです」


「………………………………………………へ?」



 先ほどまでとは違う、真剣な目。

 そこには、少しも冗談を言っているような雰囲気なんてなくて、その意味を徐々に頭が理解し始めていく。



「え、いや、ちょっ……え?」


「そういう顔が、もっと見たくなっちゃったんです」


「………………揶揄ってるなら、怒りますよ?」

 

「僕は、真剣ですよ」


 

 こんなに、背が高かったのだと、座っている時ではわからなかったことに気づかされる。

 そして、一歩、二歩と近づいてくる相手に対して、私はただ、その場に立ち尽くして見上げることしかできなかった。



「あなたのパジャマ姿も、いつか見せてもらいますから」


「………………………………その返しは、ずるいですよ」


「あははっ。その顔も、ごちそうさまです」


  

 コントみたいなやり取りから始まった私達の関係は、やっぱり同じようなやり取りからまた始まった。

 でもそれは、それまでとは明らかに違って。


 アラビアータよりも赤く染まった頬に、ザッハトルテよりも甘ったるい言葉。  


 気恥ずかしさで参ってしまうほどに、アラサーの私には刺激が強すぎる、そんなものになってしまったのだった。 

































出オチです。アラビアータとザッハトルテを食べたら、何故か書いてみたくなりました。

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