88.騎士団襲来⑩
「ナルジャー……残念だけど、あなたは私には勝てない」
「……何?」
鍔迫り合いの最中、私はナルジャーに話しかけていた。これ以上、戦っても無駄。そう思ったからである。
私は、この戦いをやめたいと思っていた。それは、別に私のためだけという訳ではない。目の前にいる騎士のためにも、この戦いをやめたいと思ったのだ。
「ふん……強がりだな」
「そうじゃない……今のあなたでは、私には勝てないんだ」
「何を根拠に、そんなことが言える?」
「わからないのか? ローディスは……騎士団長は、どうしてあなたを私にぶつけたのか、その意味が、あなたにはわからないのか!」
「何……?」
私は、とある男のことを思い出していた。騎士団長ローディス、彼は私の敵ではあるが、誇りを持つ騎士だったはずである。
そんな彼が、部下に毒を使って、私に勝てと指示するだろうか。毒が得意な部下を、私にぶつけるだろうか。
それを考えた時、私は結論に辿り着いた。ローディスはきっと、ナルジャーの剣の腕を見込んで、私にぶつけたのだと。
「ローディスは、あなたに毒やドーピングを使って欲しかったんじゃない。増してや、人質を取って欲しかった訳もない。彼はきっと、あなたに正々堂々と戦って欲しかったはずだ」
「そ、それは……」
「もしかしたら……あなたは絶対に勝たなければならないと思っていたのかもしれない。だけど、ローディスはこんな勝利は望んでいなかったはずだ」
「あ、うっ……」
私の言葉に、ナルジャーはゆっくりと後退した。その目は、丸く見開かれている。きっと、自らの間違いを悟ったのだろう。
彼の腕から、剣がゆっくりと落ちていく。自らが最も信頼していたその剣が、ローディスに認められたその剣が、彼の腕から零れ落ちたのだ。
「そうか……騎士団長は、俺にそれを願って……」
その直後、ナルジャーは膝をついた。誰がどう見てもわかる。彼は、戦意を喪失したのだ。
きっと、彼は騎士団長の目的遂行のために、自らが禁じていた薬を使ったのだろう。だが、それをローディスが望んでいなかったと理解して、最早この戦いに意味をもたせられなくなってしまったのだ。
「なんということだ……敵に、そんなことを教えられてしまうなんて……」
「ナルジャー……」
「結局の所、俺は俺自身を信頼できていなかった……ローディス騎士団長は信頼してくれたというのに……何故、俺は何故……」
ナルジャーは、地面に拳を叩きつけながら、涙を流していた。
騎士というものは、誇り高きものだと聞いている。その誇りを自ら捨ててしまった彼の苦しみは、どれ程のものなのだろうか。
「完敗だ……俺はもうこれ以上、お前達と戦わない。今の俺には、戦う意味がない………」
「……ああ、私達は行かせてもらうよ」
「精々気を付けるんだな……副団長は、俺よりも遥かに強い。騎士団長は、それ以上だ。簡単に勝てると思うなよ」
「もちろん、わかっているよ」
私は、リルフとともに頷き合って、その場を後にする。この場に留まっておく意味が、私達にはないからだ。
結局、副団長は現れなかった。彼は一体、どこにいるのだろうか。




