56.進化した竜④
「あまり、私を舐めないでもらいたいものだな……その小僧が、未知の生物であるということなど、あの時から見通しておったわ」
「え?」
「町でお前が、見たこともない生物を抱えているという噂が流れていたのだ。私はその生物の見た目を聞いて、ある疑念を持っていた。私の知識にある生物に、その見た目の噂は酷似しておったからな……」
「伯爵の知識にある生物?」
「その生物は、不可思議な力を持っていると聞いていた。人間に化けられるとも、聞いていたのだ。よって、すぐにわかった。そやつがその生物なのだとな」
伯爵の言葉に、私は驚いていた。まさか、あの時からリルフのことをわかっていたなんて、思ってもいなかったことである。
だが、よく考えてみれば、それは別におかしいことではない。
私は、最初リルフを抱えて町を歩いていた。それが噂になるのは、当然のことである。その噂が、町をまとめる伯爵の元に届くことは必然といえるだろう。
その伯爵に、メルラムのように知識があれば、ある程度予想はつく。そもそも、メルラムが読んでいるのは伯爵家の書庫にある本のはずなので、それを伯爵が知っているのもまた当然といえる。
「孤児院の娘……いや、フェリナよ。お前には、王都に発ってもらう」
「え? 王都?」
「国王様からの勅命だ。その生物……竜を連れて、お前は国王に謁見する必要があるのだ」
「リルフが竜? 国王様に謁見?」
ラナキンス伯爵の言葉に、私は驚いた。リルフのことを竜と呼び、国王との謁見を命じる。その全てに、驚かざるを得なかった。
「準備ができ次第、この私の元に連絡しろ。すぐに馬車を手配する」
「伯爵、その……」
「言っておくが、拒否することはお勧めしない。拒否すれば、この国を敵に回す可能性すらある。お前ならば、わかるだろう?」
「……ええ」
ラナキンス伯爵は、私が整理するのを待ってくれなかった。その様子に、私はあることに気づく。
ラナキンス伯爵は、焦っているのだ。これは、きっととても重大なことなのだろう。なんとなく、それがわかってきた。
「伯爵、明日……というより、もう今日なのかもしれませんが、一日は休息させてください。その次の日に、出発します」
「そうか。ならば、そのように手配しておこう」
「ええ、よろしくお願いします」
私は、ラナキンス伯爵の命令に従うことにした。
もっとも、私には選択権などなかったようなものだ。国王様からの勅命に、私なんかが逆らえる訳ではない。
見つからなかったら、絶対に国王様の元には連れて行かなかっただろうが、もうこうなってしまっては行くしかないだろう。
行って話をつけるのだ。話がつかなかった場合は、その時に考えるとしよう。
「お父様、そんな勝手に決めるなんて……」
「黙れ!」
「なっ……!」
「メルラムもそうだが、お前達は何もわかっていない。ことは既に、国単位へと移っているのだ。お前達小童がどうこう言える領分ではないのだ!」
ミルーシャも、そして恐らくメルラムも、伯爵のこの決定には不満があったようだ。
二人は、こういう時には決まって伯爵に食って掛かる。私のために怒ってくれていることはありがたいと思うのだが、そろそろ二人も伯爵側のことを考えてあげてもいいのではないだろうか。
「お母さん……」
「心配しないで、リルフ。私がついているから……」
「あ、うん……」
そこで、私は少し不安そうな顔をしていたリルフを抱きしめた。すると、リルフは安心したような笑顔を見せてくれる。
「ごめんね、勝手に決めて」
「それは問題ないよ。そうしなければならないということは、ボクにもなんとなくわかるから……」
そこで、私は何も聞かずに決めてしまったことを謝罪した。この子もわかってくれているとは思っていたが、一声くらいはかけるべきだっただろう。
伯爵の態度を見て、私も少し焦ってしまっているようだ。国王様からの勅命と聞いたことも関係しているかもしれない。
焦ったり動揺したりするのは仕方ないことである。だが、私が一番に考えるべきはリルフのことであるはずだ。
この子のことを、蔑ろにしてはならない。私は、改めてそんなことを思うのだった。
「さて、それじゃあ、宿屋に帰ろうか……」
「うん!」
リルフの頭をゆっくりと撫でなら、私はそう呟いた。
伯爵とともに、数人が来ているので、この場はその人達や兄貴に任せればいいだろう。
私達は家に帰ってゆっくりと休むのだ。王都への出発へ向けて。




