32.伯爵家にて②
「……ところで、その者は誰だ? 見ない顔だが?」
「え? あ、えっと……」
「男? いや、女? どっちだかもわからんな……」
そこで、伯爵はリルフのことを指摘してきた。当然のことながら、伯爵はこの子のことなんて知らない。二人が、話す訳がないからだ。
リルフのことを説明するのは、少々骨が折れそうである。弁の立つ伯爵に対して、誤魔化すことができるのだろうか。
幸いだったのは、リルフが人間の姿だったことだ。あの小さな姿だったら、もっと話はややこしくなっていただろう。
「この子は、エルッサさんの知り合いの子供で、昨日宿に来たんです。それで、一緒に暮らしているんですよ。昨日、ミルーシャやメルラムとも会ったんですけど、伯爵はご存じなかったのですね?」
「ふん、あ奴らめ、そんなことまで私に言わんとは……」
とりあえず、私は話をそらすことにした。ミルーシャやメルラムのことを持ち出すのは、伯爵に対して有効である。怒りで、細かいことを気にしなくなるのだ。
「まあ、そいつは大方、宿屋の小間使いということか。ふん、宿屋は余程、面倒見がいいといえる。お前達のような子供を雇うとはな……」
「え、ええ、そうですね……」
私の作戦が功を奏したのか、伯爵は自分で納得してくれた。
屋敷の外にいたことからもわかるが、伯爵はこれから出かけるはずだ。近くに馬車も止まっているし、そのはずである。
そんな彼が、これ以上追求してくるとは考えにくい。多分、これでこの話は終わりだろう。
「貴様がここに来ることは勝手だが、あまり思い上がるなよ。貴様は、所詮平民でしかない。あ奴らは勘違いしている節があるが、住む世界が違うのだ」
「わかっています」
「ふん、あ奴らよりも、お前の方が素直だな……まったく、ままならん」
ラナキンス伯爵はそう言いながら、馬車に乗り込んだ。やはり、これ以上は追及するつもりはないようである。
そのことに、私は安心した。なんとか、誤魔化すことができたようである。
「おい、そこのお前。こやつを案内しろ」
「はい、承知しました」
「ふん、愚か者どもめが……」
伯爵は、最後まで二人に対して憎まれ愚痴を叩いていた。思えば、あの人はいつも二人に怒っている気がする。そんなに怒って、疲れないのだろうか。
「フェリナ様、お連れの方、こちらにどうぞ」
「あ、はい」
そこで、伯爵に命じられた使用人が私達に話しかけてきた。こういう風に、私に対して色々と気遣ってくれるのだから、伯爵はいい人なのである。いつかきっと、ミルーシャやメルラムも、それをわかってくれるだろう。




