モンスターになったので。
「『骨男』!! 後は頼んだ!」
大盾使いのバイエルさんが『死神』の攻撃を受け止めながらそう言った。
「……その呼び方どうにかしてくださいよ」
僕は杖を構えて、死神の弱点属性である聖属性の詠唱を始める。
狙うのは死神の弱点部位の額の赤黒い宝石。
戦闘開始から約1時間、弱点部位は既に脆くなってるはずだ。
決定打となる魔法を打ち込むタイミングとしてはベストだろう。バイエルさんが止めてくれてる今が絶好のチャンスだ。
「――貫け【ライトニングサモン】ッ!!」
詠唱を終えると同時に一筋の光が宝石を捉えた。
宝石を砕き、死神の頭蓋骨を貫いたレーザーはダンジョンの天井を僅かに抉った。
このダンジョンのボスなだけに中々に手強い相手だったが、何とか倒すことが出来たみたいだ。
「よし! とうとうレベルが100になったぞ!!」
おお、バイエルさんもレベルが100に到達したみたいだ。帰ったら一緒に二次転職かな?
僕は道中の雑魚を狩ってる間にレベルが100を超えて、帰ったら二次転職するつもりだった。
ちなみに今の僕の職業は『魔術師』だ。
主に魔法を得意とする職業だが、魔力を体に流す【身体強化】を使った近接戦闘もある程度こなせる。
というわけで、今回は死神のドロップアイテム『死神の鎌』を手に入れるためにこのダンジョンを攻略した。
本当はソロで挑む予定だったんだけど、レベル上げをする予定のバイエルさんとばったり会って手伝ってくれることになった。
「バイエルさんのおかげで手に入りました。ありがとうございます。お礼にお酒でもご馳走しますよ」
僕はお目当てのドロップアイテム『死神の鎌』をしっかりと握っている。
「良いって事よ。それより転職の方が大事だ! 早く街に戻るぞ!」
やや興奮気味のバイエルさんに促されて転移用の魔法陣を踏んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ところで、バイエルさんは次の職業決めてるんですか?」
「もう決まってるぜ! 俺は『守護戦士』に転職する」
『守護戦士』とは大盾使いの上位職で、盾の扱いは勿論、ヘイト管理や防御力アップのスキルを習得できる。
まさに大盾使いの上位互換、バイエルさんにピッタリだ。
「骨男はもう決まったのか?」
「一応候補はあるんですけど、なんというかピンとくるものが無くてですね……」
そう、転職する予定はあったものの転職先は決めてなかった。適性として魔法職方面で探してはいるけどこれといった職業は見つかってない。
「だったら、神殿で転職先見て決めるのはどうだ? 案外いいのが見つかるかもしれないぞ?」
そうか、その手があった。
「そうですね、そうします。バイエルさんはこのまま向かいますか?」
「ッたりめぇだ! 急ぐぞ骨男!」
僕はそのまま腕を引かれて神殿まで走って行くことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ち、ちょっと、バイエルさん早すぎますって……!」
「よし! 着いたぞ骨男!」
白を基調とし、ステンドグラスで飾られたシンプルな造りの教会。しかしどこか神聖な雰囲気のこの場所は結構気に入ってる。
「ようこそおいでくださいました。本日は当神殿に何をお望みで?」
司祭の方が声をかけてくれた。優しそうな男の人だ。
「二時転職をしに来た、手続きを頼む!」
食い気味に答えたバイエルさんは守護騎士になるための儀式を受けるため奥の部屋に進んでいった。
「すみません、まだ職業決待ってないので転職先の一覧を見せてもらってもいいですか?」
もちろんです。といって司祭の方は水晶を取り出した。これに触れると適正のある職業が写し出されるみたいだ。
いい職業だといいなぁ。そんなことを考えながら水晶に触れると、目の前に半透明の板が現れた。
適正のある職業がずらりと並んでいる。
『名前:ライト
種族:ニューマン
性別:男
クラス:魔術師
スキル
・魔術の心得【10】
・魔力操作【10】
転職先
→魔導士
→魔剣士
→精霊術士
→呪術師
→召喚士 etc. 』
魔法職の多くが選択できるみたいだが、僕はもう転職先を決めてしまった。
下の方に載っていた職業【死神】だ。
主に闇魔法を得意とし、鎌による範囲攻撃も強力と書いてあった。取れるスキルも強力なものばかりなので迷わず選択。
今まで見たことの無い職業ではあるが強力なことには違いない。
さっそく、儀式を行うために奥の部屋へと進んでいく。
――この時はまだ知らなかった。この選択が僕の人生を狂わせることになるなんて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、お前ほん、とに骨男だよな、??」
腰を抜かして全身を震わせるバイエルさんが恐怖の表情を浮かべながらこちらを見る。
「ハイ……」
バイエルさんの手から離れた大盾には、汚れた漆黒のローブをまとい、禍々しい大鎌を構える死神が映っている。
――これが今の僕の姿だ。
膨大な魔力量と驚異的な身体能力の代償として差し出されたのは、僕の肉体そのものだった。
薄汚れたローブの中を覗けば肉が落ちた頭蓋骨が浮かんでいる。
僕が職業として選んだ『死神』は、職業ではなく種族として反映されてしまった。
これが本来の仕様なのかどうかを確かめる術はないが、今までどおりの生活が出来ないということだけは理解できる。
再転職を考えたが、それは出来ないと瞬間的に悟った。
何故なら僕の職業は『BOSS』に変わっているからだ。
種族は『死神』、職業は『BOSS』。
変わらない事実だけがそこにはあった。
絶望と後悔とが混ざりあった不思議な感情が込み上げる。
そして恐怖で動けないバイエルさんの後ろに立つ司祭が突然、嗤いだした。
「……ふ、ふはははっ! 君は私の最高傑作だよ!! その力で世界を変えるんだ!!」
何を言ってるんだろう。最高傑作? 世界を変える? このタイミングで冗談を言われて笑えると思ったのだろうか?
混沌とした感情に怒りが混ざり、彼に対しての殺意が芽生えた。
「ほら、次は君の番さ!!」
司祭はバイエルさんに近づき、懐から謎の瓶を取り出した。中には毒どくしい色の液体が満たされている。
「――ニゲ、テ!!」
バイエルさんに向けて危険を知らせるが、既に遅い。
とくとくとく……。
バイエルさんの口に向けてゆっくりと流し込まれていく液体。
抵抗出来ずに、いや、抵抗しようとしないバイエルさん。
彼になにか洗脳のようなものを施されたのだろうか。全てを受け入れるようにその液体を飲み干していく。
バイエルさんは、彼はゾンビになってしまった。
司祭に対する怒りと、変わり果てたバイエルさんの姿に対する絶望が僕を襲う。
「う……うがぁぁああああッ!!!!」
次の瞬間、バイエルさんは雄叫びのような叫び声をあげた。
すると街の方から大勢の人が集まってきた。
ここからでは確認出来ないが、恐らく彼らも手遅れなのだろう。
「あぁ、なんて素晴らしき世界だッ! これだよ私の求めていたものはッ!」
そう言うと司祭はもうひとつ瓶を取り出し、中の液体を飲み干した。
数秒だろうか。彼は突如喉元をおさえ、倒れ込むようにして地面に突っ伏した。
次に彼が起き上がった時には先程までの狂気じみた笑顔は消えており、頭からは日本の捻れた角を生やし、盛り上がった筋肉からは蒸気がはなたれ、手足の先は刃物のような爪が生えていた。背中に生えた蝙蝠のような翼と炎を帯びた尻尾が彼が人外の生物となったことをより一層主張してきた。
彼は満足気に呟いた。
「私を含めた四体の悪魔が世界を支配した。実験は成功だッ! お前は本能のまま魂を刈り続けろ、出来なければお前の命は消えて無くなるのだからなッ!! ふははははッ!!!」
――ザシュ、先ずは一体。
このままあと三体を殺してやる。
僕の姿を変えた恨みと、バイエルさんを奪った復讐のために。
――さあ、世界を終わらせてしまおうか。
この醜く腐った世の中を、僕の手で。
本当の支配者は、――僕だ。