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⑧日常《mimicry》

「ねね、あれ見た?」

「あれって、もしかして『あれ』のこと?」

「そそ、これ……!」


 喧騒に支配された朝の教室。机に置いたスマホ画面に映し出される動画を、向かい合わせで覗き込む少女たち。


「やばいよね……」

「……うん、やばい」

「でもさ、この子がうちの学校の誰かだったら、どうする?」

「あるわけないじゃん、制服もちがうし」

「制服はフェイク……なんだっけ、ブラフ? なんか偽物だろうって考察動画で言ってたよ」

 

 それを聞いて、もうひとりの少女は首を傾げ考え込む素振りをする。


「そうねー……。まあウチは、気付かないフリするかな」

「わかる。捕まってほしくないよね」

「なんならアリバイ作りとかぜんぜん協力するし」

「てかウチさあ。例の #pekeko(ハッシュタグ) にあいつのこと書いてやろうかと思っちゃった」


 少女の一方が、言ってすこし表情を曇らせる。


「あー、例のストーカー?」

「警察は、事件になんないと何もしてくれないみたいだし」

「うーん、でも個人情報とか書いたらそれはそれで違法っしょ。殺しの依頼みたいなもんだし、やばいって」

「うん、まあね……」


 騒がしい周囲の中で、ぽつんと二人の周りにだけ灰色の沈黙が落ちた。


「おはよう、なに見てるの?」

「あっ、おはよう! ううん、なんでもないよ」


 そこに、たったいま登校してきた後ろの席の少女が愛らしい声で問いかけてくる。色白で黒髪を二つ結びにした、人形のように端正な顔立ちの美少女だ。色褪せかけた空気が、見る間に彩りを取り戻す。


「えー、ずるい。私も見たいなー」

「だめだめ、ハツミンはね、こういうの見たらけがれちゃうから!」

「そうそう……ってなんでウチにはグイグイ見せてくんの!?」


 ハツミンと呼ばれた少女はカバンから教科書を机に移しつつ、友人二人と一緒に屈託なく笑い合う。教科書の裏に丁寧な文字で書かれた【匂坂こうさか 羽摘はつみ】が、彼女の本名なのだろう。


「そう言えばハツミン、ヤケドは平気なの?」

「うーん、まだちょっと痛むみたい」

「そっかあ。ハツミンはドジっこなんだから、ほんと気を付けないとダメだよ」

「はーい!」


 教科書を移す手を止め、小さく挙手して返事をする羽摘に、残る二人は満足げにうんうんとうなずく。同い年でありながら、彼女のことが可愛くてしかたないのだ。


「てかあれじゃん、例のリセマラ! やりながら料理してたからお湯に指とか突っ込んだんでしょ?」

「ううん、あれはもう終わってたよ!」

「あ、出たんだ?」

「うん、でも思ったほどじゃなかったから、もう消しちゃった」

「わかるー。出た瞬間がMAXなんだよねー」

「ほんとそう。あんなにがんばったのに」


 うなずきながら羽摘は、机の上に置いたスマホを睨んでみせる。その切れ長の目は、愛らしい雰囲気に反して凛々しくも映り、そこもまた友人たちの萌えポイントだった。


「あ、そうだ! ミキのストーカーの話、ハツミンに聞いてもらいなよ」

「あー、うん」

「ハツミンのパパ、日本の警察でいちばん偉い人だもんね」

「えっ、いちばんじゃないよ! 五番目くらいって言ってた」

「それでもいいなー。お姉ちゃんは海外留学してるんだよね?」

「……うーん、でもうちの本棚にあるの犯罪心理学ハンザイシンリガクとかそんなばっかなんだよ?」


 芝居がかった仕草で首を振り、天を仰いで見せた。それから、思った以上に深刻そうな表情の友人の方へ、相応に真剣な顔で向き直る。


「役に立てるかは、わかんないけど」

「……話、聞いてくれる?」

「ミキちゃんが困ってるなら、当たり前だよ」


 天使のように微笑みかけながら、ようやく最後の教科書を移し終えた彼女はつみの白い左手。


 ──その親指は根元まで、肌よりなお白い包帯で覆い隠されていた。


【完】




最後までお付き合い誠にありがとうございました。


★評価にて当作へのご評価、よろしくお願いいたします。


また、このあと後日談SSもございます。

もし本作を気に入っていただけましたら、

ぜひぜひ、続けてごらんになっていってください。

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