Anyone can't separate my soul from me except love of God
第7章 遥かなる王師の道
一方、そのフランス・スウェーデン両王国軍と対峙することになるはずだったミネルヴァ・フォン・イシュタール、クラウス・シュペーア、ロルフ・フォン・ナハトバウアー、そして、ロシア帝国女帝イゾルデ1世の許可を得て、その神聖ローマ帝国のプロテスタント側の軍隊を支援することになったヴァレリー・エル・ルシード、ジグムント・カミンスキー、そして、ユスティーナ・キーロヴナ・パラノフスカヤが「援軍」として、この8万に及ぶ大師団を2万づつに分割し、その第1陣をミネルヴァ・フォン・イシュタールと、ヴァレリー・エル・ルシード、そして、ユスティーナ・キーロヴナ・パラノフスカヤが先鋒として兵2万を率いて、そして、第2陣をクラウス・シュペーアが、第3陣をロルフ・フォン・ナハトバウアー、それから最後の殿をジグムント・カミンスキーがその兵站線を設置する役割も兼ねて、最後の兵2万を率いていた。
しかし、ダヴィッド・グリーシンはセバストーポリのアレクサンドル・ヴァシリエヴィチ・スヴォーロフ大将に援軍の依頼の任務に就き、また、クララ・スヴェトラーナ・スプツニカヤは最初からこの出兵に反対だった為、この2人は師団に不在だった。
それから、かつて、ルシードの住む官営公舎に姉妹2人で来て、「ルシードさんたちの何らかの力になりたい」と言った若い女子大生、女子高生姉妹のパラノフスカヤ姉妹の妹のクリスチナの方はルシードの元妻のミリアム・クローエ・アグリアスの足跡を追っていた。
ベラルーシの平原をミネルヴァとルシード、そして、ユスティーナはそれぞれが駒に乗って会話を始めた。
ミネルヴァが長弓を背にしているユスティーナに話しかけた。
「パラノフスカヤさん、あなた、戦場に出るのは初めてなの?」
「はい、そうです・・・。とても緊張します・・・」
「そう、私はこれで15回目だけど、パラノフスカヤさんにとってはこれが初陣ね、頑張ってね」
「はい・・・」
ユスティーナは手綱を握る両手の握力を強くした。
そして、ミネルヴァは自分より少し後ろを走るルシードにも声を掛けた。
「ルシード技術中将閣下、数か月前のアティラウの戦いは見事なものの様でしたね、今回のフランス王国軍やスウェーデン王国軍との戦いの意気込みを聞きたいのですが・・・」
「別に・・・、僕は軍人でもあるので、与えられた任務を着実にこなすだけです・・・」
「ああ、そうなんですか・・・」
ミネルヴァはそのルシードの応対にやや不機嫌になった。
しかし、今度は逆にルシードの方からミネルヴァの方に質問が飛んだ。
「ところで、イシュタール司令官の乗っている馬の産地は何処ですか?」
「この馬の産地ですか?詳しいことはわかりませんが、多分、アイルランド産だと思います」
「僕の乗る馬は中央アジア、フェルガナ産の汗血馬なんですよ、この馬は1日に400キロ走り、血の汗を流すと言われています」
更に、ルシードのこの汗血馬に対する説明は続く。
「イシュタール司令官は三国志演義というお話には詳しくないと思いますが、関羽雲長という武将の乗っていた赤兎馬も汗血馬だという話です。その関羽のエピソードは今度機会があったらあなたにお話ししたいです」
「はい・・・」
しかし、ミネルヴァはここで話題を変えた。
「ルシード技術中将閣下、実は妹のマリアから速達を頂きまして・・・」
「はい、それがどうかしましたか?」
「妹はオスマン帝国軍との練習試合でも、Aiを用いた作戦が功を奏したと、手紙に書いてありました。閣下は失礼ですが、理工系の技術者でもありますよね?」
「は、はぁ・・・、それは否定しませんが・・・」
「ですから、今度、私たちの本拠地であるテューリンゲン州エアフルトに着いたら、Ai搭載のコンピューターで敵の動きを予測して欲しいのです。無論、敵側も同じことを考えているかもしれませんが・・・」
「イシュタール司令官・・・」
馬上でルシードはミネルヴァに何かを言いたげだった。
「あなたを今まで支援してくれたのはフランス王国やスウェーデン王国です。その国々の軍隊を露骨に「敵軍」呼ばわりするのはいかがなものだと思います」
「はい・・・、これはどうも、私としても思慮の足りない発言でした」
ミネルヴァは駒の上でルシードに謝罪した。
ここで、ミネルヴァは話題を変えてルシードの方を向いた。
「ルシード技術中将閣下、閣下に取って、何か戦場での思い出はありますか?」
「思い出の戦場ですか・・・、実は5年前に、スモレンスク戦役という戦いがあったのですが・・・」
ルシードは西の太陽が地平線に近づく上空を向いて思い出し始めた。
「現在のリトアニア=ポーランド共和国が選挙王政に移行し、国力衰退が生じた頃、イゾルデ陛下はそれに乗じてスモレンスク地方を奪おうとした時、当時中佐だった僕と大尉だったカミンスキーが1万の兵を率いてテントを使って野営していた時のことです・・・」
[ルシードの回想]
「火事だ!火計の策だ!」
その夜、テントの下で寝泊まりしていたルシードとカミンスキーだったが、ポーランド軍の「火計の策略」に着の身着のままテントを飛び出したが、ここはルシードが冷静に兵士たちに対処した。
「慌てるな!ここは冷静になれ!全軍風上に退避するのだ!」
ルシードはそう言ったものの、折からの南西から吹く風に火が煽られ、急いで軍装を整えたルシードとカミンスキーだったが、四方八方からの煉獄のような火の攻撃に早馬で強行突破するしかないと思ったその矢先・・・。
ある聞き覚えのある女の声がした。
「皆の者、急いで燃えているテントの隣のテントを潰し、ついでに水を掛けて、火が燃え広がるのを防ぐのだ!」
その鎮火の指揮を執ったのはルシードの妻、ミリアム・クローエ・エル・ルシードであった。
「ミリアム・・・、ありがとう、助かったよ」
馬上から降りたミリアムは兜を脱いで、ルシードとカミンスキーに挨拶した。
「ヴァレリー、ケガはなかったかしら?それにカミンスキー君の方も・・・」
カミンスキーが深くミリアムに頭を下げた。
「ありがとうございます、ミセスルシード」
そのカミンスキーの感謝の意にミリアムは謙遜した態度で接する。
「大したことではないわ、カミンスキー君。この夜の風は夜明けには止むことが多いから、私にとってはそんな難事業ではなかったから・・・」
[ルシードの回想終わる]
5年前の戦いの経験を回想したルシードがミネルヴァに話しかける。
「あの時は、もしも、ミリアムが鎮火の先導をしてくれなかったならば、僕とカミンスキーは一緒に火だるまになっていたかもしれないのです・・・」
「そうですか、では、閣下にとってアグリアスさんは、かつて人生の伴侶だったということだけでなく、命の恩人だったのですね・・・」
「はい、イシュタール司令官。かつて、あなたと一緒にサンクトペテルブルクの劇場に行った時、夫婦喧嘩のような情けない様を見せてしまいましたが・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ミネルヴァはまた暫く沈思した。実はミネルヴァは現在イングランド共和国で軍務尚書をしているハンス・アルトゥール・ウィンザルフと文通とういうよりもむしろ情報交換をしていたので、ミリアム・クローエ・アグリアスがこのルシードの元妻だということを知っていたが、さすがにこの2人の間に子供がいることまでは確認できなかった。
ルシードはポーランドの方向、つまり、西の方角に日が沈みかけるのを見て、下馬し、この地で行軍を止める算段を取った。
「では、イシュタール司令官にパラノフスカヤさん、ここらへんで第1陣の兵を休息させたいと思います。それで兵の布陣の方法ですが・・・」
ルシードは兵士たちの休息の為、野営する時、丘陵のある地を兵士の背中の方に向け、また、もしも、敵軍が攻めてきた時は、右前方に敵軍を迎え撃つようにと指示を出し、加えて、その理由をミネルヴァとユスティーナに話した。
「いいですか、僕が何故、こういう布陣にしたのかと言えば、丘陵を背にすれば、敵軍に背後を取られる心配が少なくなります。そして、これから実演しますが・・・」
ルシードは右手に槍、左手に盾を持って2人に説明した。
「つまり、右利きにとってみれば、槍や得物は右手に持ちますから、左手前方にある敵には対処しやすいですが、右手前方にいる敵には迎撃しづらいです。ですから、敵軍を左手前方に向かえるのです。簡素ですが、これが布陣の基本です」
それを聞いたミネルヴァは感激して手甲をはめた手でルシードに拍手した。
「ルシード技術中将の見事な布陣戦術、私は心より感謝致します」
そう言って、ミネルヴァはルシードの右手に軽くキスをした。
「・・・・・・・・・・・・」
ルシードは黙ってミネルヴァの行為を受け入れたが、心中、「この娘はあの公衆便所女のルフィーナ・コロチナと違って、生来、うぶな気性なのかな?」と思ったりもした。
「ルシード技術中将の見事な布陣も素晴らしいですが、私は一刻も早くこの欧州から戦乱の火種が無くなることを祈ります」
そう言った後、ミネルヴァはルシードに聞きにくそうに話を続けた。
「あの、ルシード技術中将、然らぬことをおききしますが・・・」
言い出しにくそうなミネルヴァに対し、ユスティーナははっきりとルシードに訊いてきた。
「あの、閣下はミリアムさんという人と結婚されていたのですよね?お子さんはおられるのですか?」
「そのことはまだあなた方にはお話しできません。イシュタール司令官、あなたがまずやるべきことは、前にも言った通り、これまであなたを支援してくれたフランス王国やスウェーデン王国との縒りを戻すことが先決だと思います」
「そうですか・・・」
何となく気が折れたミネルヴァに対して、ルシードは言った。
「さぁ、夜が更ける前に兵士たちと晩餐にしましょう」
第1陣の兵士たちは既に、乾パンの入っている缶や缶詰の蓋を開けたり、また携帯の冷凍庫から取り出した豚肉や羊肉を焚火で炙っていたりしていた。