Anyone can't separate my soul from me except love of God
第5章 アゾフスターリ製鉄所の攻防70日
キエフ公国南東部、ロシア帝国が独立を認めたドネツク人民共和国の領域にあるアゾフ海に面した港湾都市マリウポリ、この港町はカルミウス川の河口にあり、マリウポリは工業都市としても発展し、住民の就職口も兼ねて、イリイチ製鉄所とアゾフスターリ製鉄所がある。
そのアゾフスターリ製鉄所に立てこもるアゾフ連隊の隊長であるブリャチェスラフ・マカーリヴィッチ・ワディノフとキエフ公国の防衛大臣であるユリウス・アントーノヴィッチ・ドガジンがインターネットのZOOM機能を使って会話を始めた。
ドガジンはインターネットの画面からワディノフに話しかけた。
「ワディノフ隊長、そちらの状況はどうですかな?」
「はっ、ドガジン国防大臣、こちらのアゾフスターリ製鉄所は地下6階という構造になっており、敵の歩兵、騎兵の兵力を分散し、それに砲兵による砲撃に耐えることができます」
「そうか、しかし、アゾフスターリ製鉄所は要塞や砦そのものではない、ロシア帝国軍の総数は4万弱と言われる。そちらのアゾフ連隊は1万5千人の兵力だ、このままではマリウポリが陥落するのは時間の問題だ。我々は急ぎそちらにイゴール・ミハイロビッチ・カラムジン大佐に兵1万5千を率いてそちらに援護させている」
そのドガジンの配慮にワディノフは深く頭を下げた。
「国防大臣閣下のご配慮ありがとうございます。ロシア帝国軍との激戦が続けば、このインターネットでの通信も出来なくなるかもしれません、我らアゾフ連隊は副隊長のペトロフと共にロシア帝国軍への迎撃態勢を整えます」
「そうか、わかった、そちらのアゾフ連隊の神のご加護と武運長久を祈る」
その後、ワディノフはドガジンとの通信を切り、副隊長であるペトロフと兵士たちを率いる隊長と共に、迫りくるロシア帝国軍との戦いのやり方について製鉄所の地下3階、普段はダイニングルームのようになっている部屋で軍議を開始した。
ワディノフがペトロフにこのアゾフスターリ製鉄所の見取り図を開きながら話しかけた。
「さて、この製鉄所に攻め込んで来るロシア帝国軍4万をどう撃退するのか?」
その簡単なようで難しいワディノフの問いにペトロフはこう答えた。
「このアゾフスターリ製鉄所には三叉路や十字路がたくさんあります。それで、攻めてくるロシア帝国軍を防ぐ為、一つか二つの道に土嚢を積んで進軍できないようにして、そして残った道も段々と細くしていき、敵の部隊が大量に攻め入ることを防ぐのです」
「成る程、敵軍の進軍を隘路にして、そして、両側の建物からマスケット銃や弓矢でロシア帝国軍を狙い撃ちするのだな」
「そうです」
「その他にロシア帝国軍を撃滅する方法はあるかな?」
「後は、原始的なやり方ですが、落とし穴を作るとか、そんなところですね」
ここで、5歳位の男児を連れて来た1人の女がワディノフに話かけた。
「あなた、私たちはどうすればいいの?」
「エカテリーナか、お前は息子のドミトロと一緒に地下6階の広間に避難していてくれ、そこまではロシア帝国軍の砲弾も届かないだろう」
エカテリーナ・アレクセイビッチ・ワディノワはワディノフの妻であり、現在34歳で身重の身体で妊娠3ヶ月であった。
「わかったわ、行くわよ、ドミトロ」
ワディノフはエカテリーナが自分たちの子供を地下に連れて行く姿を黙って見つめていた。
一方、このマリウポリで敵対するロシア帝国軍の総大将はアレクサンドル・ヴァシリエヴィチ・スヴォーロフ上級大将であった。
そのスヴォーロフ上級大将の副官であるミロスラーフ・アラーモヴィッチ・ドゥーギン大佐はこのマリウポリにあるカルミウス川の上流にある丘からアゾフスターリ製鉄所の広大さを双眼鏡を通して見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・」
ドゥーギンはこの広大なアゾフスターリ製鉄所をどう攻略するのか?と、思考を巡らした時・・・、
「よっ、ドゥーギン、一体何を見ているんだ?」
「アゾフスターリ製鉄所です。あそこにはアゾフ連隊の民兵だけでなく、多数の女子供も籠城しているという話です」
と、40歳の副官に48歳の上官がある意味気さくに問いかけた。
「何はともあれ、あの製鉄所を攻略しない限り、我々に勝利は無い」
そのスヴォーロフの返答に対し、ドゥーギンは手に持つ双眼鏡を下げて、上官に真顔で訊いた。
「どうされますか?最初の攻撃は?」
「まずは小手調べに歩兵、騎兵をあの製鉄所に進軍させてみせる」
しかし、ここで、ドゥーギンはスヴォーロフに諫言した。
「キエフ公国東部のセベロドネツクでゲラシモフ中将が軍の指揮を執る最中に狙撃兵によって射殺された模様です。閣下も行動はくれぐれも慎重に慎重を期して下さい」
「・・・それはわかっている、だが、行動せねば勝利は無い」
このスヴォーロフの鶴の一声でロシア帝国軍4万の内約半分の2万の兵がアゾフスターリ製鉄所へ出撃した。
しかし・・・、
「ウワッ」
「グワッ」
製鉄所に侵入したロシア帝国軍はワディノフとペトロフの策略に陥り、製鉄所の道の幅員が狭くなるところに、上の建物から振り下ろされるマスケット銃の銃弾や弓矢の攻撃を雨あられに受けたり、あるいは、落とし穴の中に備え付けられた尖った竹槍の先端でその体を串刺しにされ、ロシア帝国軍の歩兵や騎兵は次々と死傷していった。
こうなると、スヴォーロフの方も戦術を変えざるを得なかった。
「次の攻撃は地中貫通弾を使用する」
その短い言葉の判断にスヴォーロフの副官ドゥーギンはやや困惑した。
「閣下、お気持ちはわかりますが、地中貫通弾を使用すれば、地下に避難している女子供にも被害が及ぶことは必至です」
「それはわかっている、だからこそ、その地中貫通弾を十何発か打った後、降伏する意志のある者はロシア帝国軍に投降せよと、ここを守るアゾフ連隊に勧告する」
「・・・わかりました、では砲兵に砲撃の準備をさせます」
スヴォーロフはその日にアゾフスターリ製鉄所を囲むロシア帝国軍は砲兵に砲撃位置に着けと、命令したが、午後から雨が降ってきたので、砲撃は翌日に延期された。
翌日の午前9時20分頃・・・、砲兵隊長が砲兵に合図する。
「砲兵、砲弾の装填の準備を!」
「はっ、直ちに」
そして・・・、砲兵が叫んだ。
「角度60度、方位南南西、距離2000メートル、発射!」
地中貫通弾は一般の砲弾と違って、自由落下を利用する為に通常より2,3倍高く砲弾が空中に飛び、更にロケットブースターによって貫通力を高めているのであった。
漆黒の円柱状の物体がアゾフスターリ製鉄所の建物に向かって飛ぶ。
「ヒューン」
「ドカーン」
「ガラガラガラ・・・」
一発の地中貫通弾がワディノフたちの隠れる建物を直撃した。
この時、エカテリーナは地下4階で家族や兵士たちの洗濯物を干していた。
しかし、この建物に轟音が響き、同時にこの建物の一部が崩れ落ちることを目撃した。
エカテリーナは地下6階に隠れているドミトロのことが気にかかり、慌てて、階段で地下6階に下りた。
そこに・・・、
瓦礫に押しつぶされた愛息のドミトロがいたのであった。
「ドミトロ!ドミトロ!まぁ、どうしましょう!」
エカテリーナは自力で瓦礫に押しつぶされた息子を引っ張ろうとしたが、女一人の力ではどうにもならなかった。
そこにワディノフ率いるアゾフ連隊の兵士たちがやって来た。
ワディノフは叫んだ。
「このままではドミトロは助からん!おい、お前、今すぐ倉庫から解体用のドリルを持って来てくれ!」
「はっ、今すぐに!」
兵士たちが地下5階の倉庫から解体用のドリルを2基持って来て、すぐさま瓦礫に押しつぶされたドミトロを助けたが、時すでに遅く、ドミトロは内臓圧迫で亡くなっていた。
地中貫通弾の炸裂でワディノフやエカテリーナのいる建物は一部が崩壊し、兵士、民間人の死者の内訳はドミトロを含め、31名、また、片腕、片足を失った者など軽傷者、重傷者を含め、負傷者は123名であった。
「・・・・・・・・・・・・・」
ワディノフは黙って息子のドミトロの遺体を見つめた。
この時、アゾフ連隊の副隊長ペトロフが一枚の書面をここに持って来た。
「ワディノフ隊長、ロシア帝国軍のスヴォーロフ上級大将からの通達です。「我々は今から72時間の猶予を貴公らに与える。その間にアゾフスターリ製鉄所から退避、降伏を希望する者は早急に退避せよ、72時間後、我々はこのアゾフスターリ製鉄所に総攻撃をかける 以上」ということです。いかがなさいますか?」
その問いに対し、ワディノフは即答した。
「決まっている、我々アゾフ連隊はロシア帝国軍とは徹底抗戦だ。だが、ここから逃げたいという者たちは逃がしてやれ」
ここで、エカテリーナがワディノフに話しかけた。
「あなた、私はここに残ります。ここに残るアゾフ連隊の食事や面倒を見てあげたいと思います」
ワディノフは頷いて妻に答えた。
「そうか、わかった、エカテリーナ、ただ、この72時間のうちにドミトロやこの攻撃で亡くなった者たちをグリルで火葬しておこう、遺体が腐敗する前に・・・」
「わかったわ・・・」
ワディノフとエカテリーナ、それにアゾフ連隊の兵士たちはアゾフスターリ製鉄所で使われる溶鉱炉の石炭を使って大きなグリルを作って、普段は食糧の肉を焼く為に使っていたが、ここで、この地中貫通弾の攻撃の犠牲者の身体に灯油を塗って、遺体を荼毘に付したのであった。
この時、人間の遺体が焼けるひどい臭いがした。
その荼毘の最中にペトロフがワディノフにこれからの戦いについて問うた。
「ワディノフ隊長、今後の戦いはいかが致しますか?」
「今まで通り、敵軍を隘路に導いて、進撃してくる兵数を徐々に減らし、その上でキエフ公国軍の正規軍の援軍を待つ」
「はっ、かしこまりました」
「・・・・・・・・・・・・・」
エカテリーナは沈黙して、夫であるワディノフの顔を心配そうに見つめた。
その後、ロシア帝国軍の要請に応じて、女子供、老人を含むアゾフスターリ製鉄所に避難していた1387名のうち1095名がバスに乗るなどして、この製鉄所から避難した。
一方、ロシア帝国軍のスヴォーロフとドゥーギンの対応は・・・、
スヴォーロフは毅然と言った。
「ドゥーギン大佐、次の策としてここに立てこもるアゾフ連隊に対し、「十面埋伏の計」を取るつもりだ、そして、この策を以ってこのアゾフスターリ製鉄所を陥落させるつもりだ」
そのスヴォーロフの策略を聞いたドゥーギンは少し仰天した。
「閣下、十面埋伏の計は広い草原で行うとされる計略です。このような数多くの建物や鉄パイプのある製鉄所でそれを行うのは難しいかと思われます」
スヴォーロフは頷いてドゥーギンに答えた。
「それはわかっている、だからな・・・」
スヴォーロフはドゥーギンにひそひそと耳打ちした。
「エッ?!しかしその策略では我がロシア帝国軍の面目が立たないのではないでしょうか?」
「そうかもしれん、だが、この製鉄所に立てこもるアゾフ連隊を降伏させるにはこれが一番手っ取り早い戦術だ」
スヴォーロフはその計略の決断をすると、密偵にこのアゾフスターリ製鉄所の区画を調べ、見取り図を作らせ、綿密に内部を調べさせ、十面埋伏の計を行う為の兵の配置を計算した。
そして、スヴォーロフは密偵に製鉄所の区画を調べ、見取り図を作らせ、ある製鉄所の通路に兵1万にも及ぶ埋伏の兵を配置させた。それはアゾフ連隊に「降伏勧告」を勧めた日から55日後のことであった。
それから、残り3万弱の兵をスヴォーロフ自身が率いてこのアゾフスターリ製鉄所に進撃した。
「それっ、皆の者、一斉突撃だ!」
アゾフ連隊の隊長、ブリャチェスラフ・マカーリヴィッチ・ワディノフはこのマリウポリ攻略のロシア帝国軍の総大将、アレクサンドル・ヴァリシェイヴィッチ・スヴォーロフが自ら兵を率いて進撃してきたので、これは一気に方を付けようとする気だなと推測した。
ここで、スヴォーロフが、
「アゾフ連隊の隊長よ、私はこうして敵陣に胸を晒している。それでも、またモグラのように穴倉に引っ込む気か!」
と、アゾフ連隊を挑発した。
しかし、ワディノフはその挑発には乗らずに、
「わが軍と敵軍との兵力の差は歴然としている!正面から戦わずに、以前のように敵軍を隘路に引き込むのだ!」
と、自軍の兵士たちに号令をかけた。
だが、アゾフ連隊の兵士たちは自らが退却した通路の両側にロシア帝国軍の兵士たちがいることに気づいた。
「まずい!我々は取り込まれているぞ!」
そして、この「十面埋伏の計」で埋伏している兵の中で、敵陣の最も奥深くに入っている兵たちが「白リン弾」つまり、矢尻に着火弾と白リンを付けた弓矢を普段、ワディノフたちが立てこもっている建物に向けて標準を定めた。
ここでスヴォーロフはワディノフに叫んだ。
「アゾフ連隊の兵士たちよ、今、わが軍の弓兵が狙いを定めているのはお前たちが立てこもっている建物に白リン弾を撃ちこもうとしている。このままいけば、ここに残ったお前たちの家族も火の海に巻き込まれるぞ!それでもいいのか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
ワディノフは暫く黙って考えた。このままいけば、地中貫通弾の砲撃で亡くなった息子のドミトロだけでなく、身重のエカテリーナまで死んでしまう、敵将のスヴォーロフに対し、自分がこんな策略をされたらどう思うのか?と考え、切歯扼腕の表情を見せながら、彼は横にいた副隊長のペトロフに話かけた。
「わかった、もういいだろう、我々はロシア帝国軍に降伏の意を示す。異存はないな?ペトロフ副隊長」
「わかりました、降伏ということですね、ワディノフ隊長」
「うむ・・・」
そして、降伏の意を示したアゾフ連隊の兵士たちにスヴォーロフは宥めるように言った。
「心配するな、おそらく卿らの身はロシア帝国領内に移送されるが、命まで奪うことはせぬように、私から女帝陛下や元帥閣下に具申してみせる」
ゼノビア暦1626年5月20日、アゾフスターリ製鉄所に立てこもったアゾフ連隊の兵士1万数千は、ロシア帝国軍スヴォーロフ上級大将の命令に従い、全面降伏をしたのであった。