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Anyone can't separate my soul from me except love of God

     第3章       ブチャの惨劇  


 キエフ公国の首都キーウ郊外の戦いにて、左肩に重傷を負って意識が朦朧となっているロシア帝国軍准将のヴァレリー・エル・ルシードに2人のロシア帝国軍関係者がこのキーウの街にやって来た。

一人の男の名はヴァシリー・レオニートヴィッチ・バユノフ、35歳。ロシア帝国保安庁で特殊部隊の隊長であった。

 もう一人の男はマリク・ウータ・バーシー、41歳。オスマン帝国が実効支配するアルメニア地方の出身でイスラム教徒であり、今回、ロシア帝国の傭兵として兵1500人を率いてこのキーウにやって来たのであった。


 バユノフとバーシーは陸軍軍医のシーガレフや数学者のスプツニカヤの制止も聞かずに、ルシードに面会を求め始めた。

「ちょっと待ってください。ルシード准将は受けた銃撃の弾丸を摘出したばかりなのですよ、面会は少なくとも1週間後にしてください!」

「あなたたち、一体ヴァレリーに何の用があるの?」

「ええい、うるさい!そこをどけ!」

 目の前に立ちはだかったシーガレフやスプツニカヤをバユノフやバーシーは力ずくで払いのけた。

 

 そして、バユノフとバーシーはベッド上で意識が朦朧としているルシードに面会したのであった。

 バユノフがある書面をルシードに見せた。

「こちらをご覧ください。ルシード准将」

「・・・・・・・・・・・・・?」

 左肩に何重もの包帯をしているルシードは無言で半裸の体をベッド上に起こした。

 しかし、今のルシードは意識が朦朧としていてその書面に何が書かれていたのか?詳細にはわからなかった。

 バユノフがこの書面の内容を説明する。

「実は、我々は女帝陛下の許可を頂きまして、このキーウ郊外の町、ブチャにおいて、反ロシア的な住民を幾らか見せしめに殺しても構わないという許可を頂いたのです」

 そして、バユノフの隣にいたバーシーがルシードに詰め腹を切らせるようなことを言った。

「・・・つまり、我々はこの作戦に准将閣下の許可を得たいと欲しているのです」

「うーん・・・」

 ルシードは左肩の痛みに耐え、バユノフとバーシーが自分に一体何を要求しているのか?よくわからないまま、バユノフの持ってきた書面にサインしてしまったのであった。

 このルシードの行為を見たバーシーがその髭面を微笑ませて彼に一礼をした。

「ありがとうございます、ルシード准将閣下。これで、我々はブチャでの作戦を心置きなく実行できます」


 そして、時はゼノビア暦1626年3月中旬の頃合いであったが、このキーウ郊外の町ブチャの名所である所に聖アンドリーイ教会という教会が建立していた。

 聖アンドリーイ教会は、ヴェネツィア共和国の建築家バルトロメオ・ラストレッリがゼノビア暦1447~54年ごろに建てた教会の名前である。

 ちなみに、「アンドリーイ」という名はキエフ公国に初めてキリスト教を伝えた聖人の名前である。

 その教会の外部と内部で様式が異なっており、外部はバロック様式で内部はロココ様式の作りとなっていただけでなく、短期間の籠城戦にも備えられる「砦」のような構造もしていた。


 その聖アンドリーイ教会の前でブチャの市民たちが今回のロシア帝国によるキエフ公国侵攻に対する反戦、抗議集会が行われていた。

 と、そこへ、バユノフの率いるロシア帝国保安庁の特殊部隊800人とバーシーの率いるオスマン帝国の傭兵1500人が双方とも武装してその民衆へ近づいて行った。

 バユノフがそこに集まった民衆に言った。

「お前らはロシア帝国の侵攻に何か不満がありそうだな!こうなったら俺たちがその真偽を確かめてやるぞ!」

 そう言ったバユノフがバーシーと共にこの抗議集会に集まったキエフ公国のブチャの町の民衆を無作為に10人程集めた。

 バユノフが一列に並べさせられた一番左の若い男に問いかけた。

「お前はロシア帝国の支配に何が不満なのか?」

「理由なき侵略に私は抗議する」

 それを聞いたバユノフが帯びている剣の柄でその男の下顎を殴りつけた。その時に男の顎の骨が砕ける音がした。

 次にバーシーが2人目の年配の男と、3人目の若い男に声を掛けた。この2人はどうやら親子らしかった。

「これを見てもまだロシア帝国の武力に逆らおうと言うのか?」

「キエフ公国に栄光あれ!」

「剣を取るものは剣によって滅びる」

 最初に息子から、次に父親から言葉が発せられた後・・・、

「おい、あれをもってこい」

 バーシーは部下の兵にマスケット銃2丁を持ち出させ、そしてその親子に目隠しさせ、両腕を後ろに縛り、彼らをひざまずかせた後、2人の頭部めがけて銃口から火を噴かせたのであった。

 そして、この「虐殺」を見たブチャの民衆がロシア帝国の特殊部隊やオスマン帝国の傭兵たちに投石やキエフ公国の国旗をたなびかせる鉄棒で応戦したが、剣、パイク、斧、そしてマスケット銃で武装した兵たちに(かな)うはずもなく、その時2000人は集まっていたブチャのデモ隊の内、約一割の200名が殺されたのであった。

 それから、バユノフとバーシーが率いていた部隊はブチャの町の民家などに押し入り、殺戮と略奪、及び強姦を開始したのである。

 そこでまた、200人以上の人々が亡くなったのである。

 そして、その中の部隊の兵士の中には、殺した男性、女性の金のイヤリングや指輪にネックレス、それに虫歯を被せる金歯、銀歯まで引きちぎったり、引き抜いたりして取り上げる者までいる強欲さであり、正に落花狼藉であった。


 それから、ルシード准将とコヴァーリ将軍のキーウ郊外での戦いがあった3週間後、キエフ公国の首都キーウに進軍したロシア帝国軍は一旦、キーウ周辺からは撤退の行動を示した。

しかし、ロシア帝国軍に所属するロシア帝国軍保安庁の特殊部隊とオスマン帝国の傭兵からなる部隊の「蛮行」は新聞、テレビ、インターネットで万人の知るところになり、世界中の人々がロシア帝国軍の蛮行を非難したり、犠牲者の冥福を祈り、黙祷を捧げたりした。


 そして、ロシア帝国の都市ミンスクにある軍の駐屯地の指令室にて、その「ブチャの虐殺」の事実を知ったヴァレリー・エル・ルシードは・・・、まだその左肩の傷は完全に癒えてはいなかったが、腹心の部下であるジグムント・カミンスキーにこう話しかけた。

「なぁ、カミンスキー、この事態をどう思う?」

「どう思うと言われましても、あの時、閣下は意識が朦朧としていたかもしれませんが、この虐殺を許可した責任を国外では問われると思います」

「・・・・・・・・・・・・・」

 ルシードは黙ってそのカミンスキーの話を聞いた後、「ある決断」をすることにした。

「カミンスキー、僕は少年の頃、古代中国の戦乱を題材とした三国志演義を読んで軍人を志した。その中で劉備玄徳の部下、関羽雲長が賊軍を打倒しようとする志願兵にこう言っている」

 ルシードはカミンスキーに続けて話しかけた。

「一つ、将たる者の命令を守ること」

 それから、その下りを思い出したカミンスキーがかつてルシードに教えられたことを続けた。

「二つ、目の前の利益に惑わされず大志を持つこと」

「三つ、自分のことより国のことを思うこと」

「四つ、略奪は打ち首」

「五つ、民をいじめる者、極刑」

「六つ、軍規を乱す者、死罪」

 奇数の数の鉄則はルシードが語り、偶数の数の鉄則はカミンスキーが語った。

 そして、ルシードはこの「ブチャの虐殺」についての総括をしようとした。

「それらに照らし合わせれば、今回、バユノフとバーシーの行った行為は・・・」

「准将閣下はあの2人を誅殺するという決断に至ったのですね?」

「うむ・・・」

 これを聞いたカミンスキーがルシードに難色を示した。

「私は閣下のおっしゃることも理解しますが、彼らは女帝陛下の許可をもらって行動したと言っていますよ」

「その件に関しては僕が直接女帝陛下に真偽の程を訊くさ」

 それでも、カミンスキーは怪訝そうに上官に答えた。

「仮に、バユノフ氏とバーシー氏が女帝陛下の許可を貰わずにあの行動を取ったとしても、閣下が彼らを討つという行為はロシア帝国軍の軍規を乱すことに他なりませんよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 カミンスキーの鋭い指摘にルシードは沈黙するだけだった。

 ここで、聞き覚えのある女の声がした。

「ヴァレリー、ちょっと・・・」

 その声の主はクララ・スヴェトラーナ・スプツニカヤであった。

「ヴァレリー、カミンスキーさん、大事な話をしている最中に申し訳ないけれど、今、ヴァレリーに会いたがっている(ひと)がいるのです」

 この時、ふと、ルシードが見覚えのある女の容姿が現れた。

「ミ、ミリアム!どうしてここに?」

 その一般女性より少し背の高い感じのある40代半ばの女性はかつてヴァレリー・エル・ルシードと結婚した経験のあるミリアム・クローエ・アグリアスだった。

「私、その話、スプツニカヤさんと一緒に聞きました。ヴァレリー、あなた、ロシア帝国軍の軍規を乱す戦いをするそうね」

「・・・・・・・・・・・・・」

 元妻の女にまでこの件を責められて、ルシードは放つ言葉を失っていた。

 それでも、ミリアムはルシードの肩を持とうとしていた。

「でも、ヴァレリー、あなたがそれを正しいと信じるならば、私はその戦いに参戦します」

 それを聞いたルシードは驚愕した。

「馬鹿な?もしも、君に万が一のことがあったら、息子のセルゲイの面倒は誰が見るんだ?」

「今、セルゲイはブレストにあるあなたの実家に預けてあります。私だってサンボやリーネルト槍術の使い手です、少しは戦いの役に立ちます」

「・・・・・・・・・・・・・」

 ルシードは再び沈黙した。このミリアムと知り合ったのは自分が30歳の時、彼女が33歳の時、場所はサンクトペテルブルクのとある夕刻のカフェ、杖をついた老人がトレイにコーヒーを載せて階段を上っていた時、その老人が足をつまずいて階段を転げ落ちそうになった時、近くにいたミリアムがとっさの機転でその老人を抱え上げた。それを見たルシードはそのカフェでノートパソコンを使ってロシア帝国軍の軍務省の残業をしていたが、そのミリアムに関心を持ったのである。

 ちなみに、この時ミリアム・クローエ・アグリアスはサンクトペテルブルクの道場でサンボの様な格闘技、あるいは剣術、槍術を子供、それに若者や年配者に教える師範だった。

 このミリアムの話を聞いたルシードは遂にバユノフとバーシーの部隊を追討する策を練ることにした。

 ルシードがカミンスキーの方を向いた。

「バユノフとバーシーは今どこにいる?」

「はい、彼らはまだ、ブチャの町に駐留していると思います」

「わかった、2日後に我々の旅団はブチャの町に戻り、奴らに夜襲をかける」

「・・・・・・・・・・・・・」

 スプツニカヤは黙ってルシードたちの話を聞いていた。

「ああ、スプツニカヤさんはこの戦いに参戦する必要はないですよ、勝っても負けても厄介なことになるし、今度の戦いは僕の独断によるものですから・・・」

「はい・・・」

 スプツニカヤは静かに頷いた。

 ここで、カミンスキーはルシードにこの作戦の危惧をする心配をする。

「しかし、ルシード准将閣下、バユノフ氏とバーシー氏はあれだけの戦争犯罪を犯したのだから、自分たちの立場を堅守しようとしているのではないか思われます」

「ああ、それはわかっている、だから我々の旅団がブチャに進撃する際、細心の注意を払うさ」

 今度はミリアムがルシードの方を向いた。

「ヴァレリー、私は特に何かすることないの?」

「ミリアム・・・、君は僕と一緒に騎兵として行動してくれればいい」

「わかったわ」


 そして、ルシードはスプツニカヤと別れた後、約2万の兵を率いてミンスクの街からブチャの町に踵を返して、バユノフとバーシーの追討を行った。


 それから、ルシードとカミンスキー、それにミリアムがミンスクで軍議を行った日の2日後の深夜・・・、

 夜空には半月が光っていた。その中をルシード率いる旅団がバユノフとバーシーの立てこもる聖アンドリーイ教会へ突進して行った。

 しかし、ここで、ある兵士があることに気づいた。

「うん?!」

 なんと、ブチャの町には殺された市民の遺体がそのままにされて、死臭を放っていた。

 ロシア帝国軍の1人の兵士がその遺体に近づいた。

 それを見た敬虔なロシア正教の兵士がその遺体を弔おうとした。

 しかし、ルシードはその兵士に注意を促した。

「駄目だ!その遺体には触れるな!」

 ルシードはその兵士に注意の喚起を促した。

 だが・・・、

「ドォン」

 兵士がその遺体を動かすと、その遺体の下に装置されている雷管と爆薬を隔離してあった板が離れて爆弾が爆発し、その兵士は巻き添えを食らって亡くなった。

「皆な、気を付けろ!ブービートラップだ!ここに放置されている市民の遺体には触れるなよ!」

 ルシードは旅団を率いて、ブチャの町の聖アンドリーイ教会に連なる街路の両側にプラタナスの樹木が生えていた。

 その左右に生える何十本ものプラタナスの樹木の根のあたりに、ロープが張られていたのだ。

 そのロープに馬の脚がかかると、左右のプラタナスの樹木から、「ヒュッ」という音がした。

「ウワッ」

「グワッ」

 何と、左右両側の樹木に仕掛けられたクロスボウの矢が放たれたのであった。それによって幾人かの騎馬隊が落馬した。

 ルシードは慌てて自ら率いる旅団を制止させた。

「いかん!この両側の樹木の木にクロスボウの矢が備え付けられている!進撃は一旦中止だ!」

 と、ルシードがその旅団を制止させた丁度その時・・・、鎧をまとったミリアムが右手の人差し指で上空を指した。

「ヴァレリー、気を付けて!空から何か降って来る!」

「ヒュ――――ン」

「ドカ――――ン」

 この時、聖アンドリーイ教会の方角から長距離を飛ぶ砲弾がルシードの率いる旅団に向かって放たれた。

 ルシードは急いでカミンスキーやグリーシンに指示を出した。

「これはまずい!カミンスキー少佐、グリーシン中尉、わが軍に一時退却の合図を!」

「はっ、かしこまりました、ルシード准将!」

「者ども、ここは一時退却の命令だ!撤退するぞ!」

 グリーシンとカミンスキーは急いで自軍の兵士たちに撤退の合図を出した。


 ・・・そのルシードの旅団がブチャの町から撤退する様子を聖アンドリーイ教会の屋上から双眼鏡で見ている2人の武将がいた。

 その教会の屋上にはロマノフ家の紋章とロシア帝国軍特殊部隊の意を表す「A」の旗がなびいていた。

 その両者とは無論、ロシア帝国保安庁の特殊部隊隊長のヴァシリー・レオニートヴィッチ・バユノフとオスマン帝国の傭兵隊長の頭であるマリク・ウーター・バーシーであった。

 バユノフがウーターに双眼鏡で様子を見ながら話しかける。

「ほほう、どうやら、我々に攻撃を仕掛けようとしたのは、あのロマノフ家の紋章と「Z」の旗章でわかりましたが、ヴァレリー・エル・ルシード准将の率いる旅団ですな」

 バーシーがその顎の髭をしごきながらバユノフに返答した。

「確か、ルシード准将の率いる旅団の総数は約2万、対して、我々の総兵力は約2300・・・、こちらに要塞砲があるとはいえ、このまま攻められ続けられれば、ひとたまりもありませんな・・・」

「安心して下さい、バーシー殿」

「何故にそう言えるのですか?バユノフ隊長?」

「我々はロシア帝国の名の下に行動を取ったのです、あと1週間もすればルシード准将が我々を攻撃した事実がロシア帝国当局に知られ、准将は憲兵に捕らえられ、処罰を受けるでしょう」

「なるほど、ではあと1週間持ちこたえれば良いと言う訳ですな」

「ええ、私はこうなることも予想していて、1,2週間持ちこたえられる兵士たちの食糧をこの教会に保存しています」

「そうですか、ならば、あと1週間、この教会周辺での籠城戦になるということですな」

 バユノフとバーシーはその会話を終えた後、見張りの兵にルシードたちの動向を監視させ、自分たちは眠りについたのであった。

 

 ルシードのその日の夜襲が失敗した後、その朝、彼はカミンスキー、グリーシン、そして、ミリアムとその後の対応を協議した。

 ルシードが腕を組みながら3人に話しかけた。

「まずいな・・・、我々の戦力は2万、奴らの戦力は2300、数の力だけで言えば、簡単に攻略できると思っていたのだが・・・」

 カミンスキーが上官に対して進言する。

「もしも、准将閣下が1週間以内に聖アンドリーイ教会に立てこもるバユノフ氏とバーシー氏を討てないとすると、閣下の身は憲兵によって拘束されますよ」

「それはわかっている、こういう事もあろうかと、「ある物」を用意していた」

 グリーシンがルシードに真顔で訊いた。

「「ある物」とは何ですか?ルシード准将閣下」

「掘削機だよ、バユノフとバーシーに正面から戦いを挑めば、あの罠と要塞砲の餌食になってしまう、だから、地下に穴を掘ってあの教会の裏側から総攻撃をかける」

 今度はミリアムがルシードの方を向いた。

「その掘削機で穴を掘り通すのにどれぐらい時間がかかるの?」

「多分、今日の昼から初めて、3,4日かかるだろう」


 そして、ルシードはその日の昼から、「シールド工法」と呼ばれる工事をする為の掘削機を使用し始めたのであった。

 その機械は安全に地下を掘ることのできる掘削機であった。

 

 それから、その工事を始めて4日後の夕方・・・、

 遂にルシードたちは聖アンドリーイ教会の裏門に通じる地下道を掘ることに成功したのであった。

 そして、ルシードの率いる旅団の騎兵たちが丸太を使って聖アンドリーイ教会の裏門を破いたのであった。

「それっ、全軍突撃だ!」

 ルシードが自らの得物である「ミルガウス」を持って、歩兵の指揮をして、この聖アンドリーイ教会は半ば砦のような構造をしていたが、それでも、数で教会の中にいたロシア帝国軍保安庁の特殊部隊やオスマン帝国の傭兵たちを圧倒していった。

「ク、クソッ!」

 バーシーがシャムシールと呼ばれる中近東で使われるやや湾曲した片刃剣を得物にルシードに立ち向かったが、バーシーは多勢に無勢の中、率いる部隊の指揮で疲労しており、二、三合剣を合わせるうちにルシードに討ち取られた。

 そして、次にカミンスキーとグリーシンがそれぞれ剣と矛を持ってバユノフを追い詰めた。

 しかし、追い詰められたバユノフが最後の手段に出た。

「おい、お前ら、これを見ろ!」

 聖アンドリーイ教会の屋上に備え付けられた要塞砲が今でも多くのブチャの町の人々が避難している地元の小学校に照準を合わせた。

「この要塞砲の威力は抜群だ!このまま俺を攻撃すれば、小学校に避難している市民も道ずれだ!それでもいいのか?」

 この時・・・、ミリアムがバユノフの背後から近づいた。

「グワッ」

 ミリアムはまずパイクの一撃をバユノフの背中にお見舞いした。

 そして、ミリアムは懐に隠してあったナイフでバユノフの頸動脈を斬り上げた。この時、バユノフの鮮血が迸った。

 そして、バユノフの心臓に止めを刺そうとしたところ・・・、

 ルシードがミリアムの右手を抑えた。

「止めとけ、ミリアム、奴はもう死んでいる」

 次にルシードはカミンスキーにこの戦いの趨勢について訊いた。

「この聖アンドリーイ教会に立てこもっている特殊部隊の兵士やオスマン帝国の傭兵はどうなった?カミンスキー」

「はっ、大多数は戦死したか、逃亡したか、または捕虜となったはずですが・・・」

「帝都から憲兵はまだ来ていないか?グリーシン中尉?」

「はい、ただ、あと数日もすればやって来ると思います」

 この時、ルシードの率いる旅団の兵士たちが将官に報告した。

「申し上げます、ルシード准将閣下。取り敢えず、この教会の地下に来て下さい」

「わかった」

 この聖アンドリーイ教会の地下にやって来たルシードたちはここに大量の金塊、銀塊が横たわっているのを目撃した。

 ルシードを地下に案内した兵士が更に説明した。

「どうやら、バユノフとバーシーは首都のキエフ国立銀行造幣局から、大量の金貨、銀貨、金塊、銀塊を奪って、この教会の地下に隠していた模様です、いかがいたしましょうか?」

「う―――――む」

 ルシードが腕組みしながら考え込んだ。

「わかった、では、バユノフとバーシーの首級(しるし)はラージン大公に届けるが、この金塊や銀塊は戦利品としてロシア帝国に納める。それで決定だ」

「はっ、かしこまりました、ルシード准将閣下」


 ルシードが部下の兵士にそう命令した数日後、ロシア帝国軍の憲兵が彼のその身柄を帝都サンクトペテルブルクに連れて行ったのである。

 

 しかし、この時、神聖ローマ帝国から1人の女と2人の男がロシア帝国の帝都に向かってきたのであった。








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