Anyone can't separate my soul from me except love of God
第1章 永遠の極夜の中で
ここはロシア帝国、帝都サンクトペテルブルクのエルミタージュの冬宮殿の中・・・。
ゼノビア暦1625年の12月中旬、
この宮殿の会議室でロマノフ王朝の女帝、ソニア・イゾルデ・ロマノーヴァは首相であるボリス・ダーチャビッチ・トッカーと、ロシア帝国軍元帥のドミトリー・ミハイロビッチ・スタリーヒン、ロシア帝国外務大臣アリーナ・セルゲイヴナ・クラシコヴァ、大蔵大臣のセルゲイ・ユーリヴィチ・ウィッテ、内務大臣のレオニート・チムーロヴィチ・マニロフの5人を招集し、「ある作戦」を遂行しようとしていた。
・・・ソニア・イゾルデ・ロマノーノヴァはこの時、51歳であった。元はドイツ北部のポンメルン、シュテッティンで神聖ローマ帝国領邦君主アンハルト=ツェルプスト侯クリスティアン・アウグスト(プロイセン軍少将)の娘として生まれ、幼少の時にルター派の洗礼を受け、18年前、クーデターによって元夫でロシア帝国の皇帝だったピョートル3世を廃し、自らロシア帝国の女帝となった。
女帝となったイゾルデⅠ世の功績として、遅れているこのロシア帝国の軍政の改革、学芸の保護、農奴以外の身分を集めての新法典編纂委員会や国会の開設、音楽などの文化的活動、そして、ロマノフ王朝に反対する農奴たちが支持したプガチョフの反乱の鎮圧、そして、5年前にはキエフ公国の領土だったクリミア半島をロシア帝国領にするなど枚挙にいとまがなかった。
つまり、このイゾルデは、古代中国戦国時代末期の法家の思想家、韓非の言うところの「君主は親愛の対象ではなく、畏敬の対象となるべきである」という主張と、ニッコロ・マキャヴェリが著した「君主論」・・・、君主の現実的政治は宗教的道徳と切り離されるべき、という主張を7,8割体現していたロシア帝国の君主であった。
イゾルデはスタリーヒンの方を向いて言った。
「スタリーヒン元帥、作戦の準備はどうなっているか?」
「はっ・・・、女帝陛下、キエフ公国への攻撃準備は万全であります」
「うむ、新型コロナウィルスの蔓延も収束し始めている今こそ、作戦を遂行する絶好の機会である」
ドミトリー・ミハイロビッチ・スタリーヒンは51歳のイゾルデに対し、73歳という老練な軍人であったが、内心はこの半ば強引とも呼べる軍事作戦に承服しかねていた。
それでも、スタリーヒンは会議の机に広げてある地図に一つ一つ、凸型の模型を置いていった。
スタリーヒンは地図に置いた凸型の模型を地域に誰がその師団を率いるのか?説明を始めた。
「まずは、クリミア半島からは、我がロシア帝国軍の随一の将官、アレクサンドル・ヴァシリエヴィチ・スヴォーロフ上級大将に兵4万を率いてオデッサに向かってもらいます」
イゾルデは頷いた。
「うむ、クリミア半島は5年前に我がロシア帝国の領土となっているからな」
スタリーヒンの話は続いた。
「それでは、ドネツク方面はアンドレイ・ボリソヴィッチ・コレスニコフ少将、ハリコフ方面はヴィタリー・ペトロヴィッチ・ゲラシモフ中将にそれぞれ率いてもらいます」
「あいわかった」
この時、イゾルデの視線は机の上にある地図上のある地域、つまり、キエフ公国の首都キーウに行った。
「それでは、キエフ公国の首都、キーウの攻略は誰が担当するのか?」
それに対して、スタリーヒンは慎重に応答した。
「はい、キーウ周辺の戦いは首都ゆえに持久戦が予想されます。それゆえ、勝つことより負けない戦いをするという評判のあるヴァレリー・エル・ルシード准将を総司令官に抜擢しようと思います。彼には2万の兵を率いてもらいます」
イゾルデがその名前を聞くと、何かを思い出したように答えた。
「ああ、ルシード准将か、確か、リトアニア=ポーランド共和国の生まれで、普段は技術面でロシア帝国軍に貢献しているな」
「はい、本格的な大軍の実戦指揮はこれが初めてだと思います」
ここで、ロシア帝国の首相であるトッカーがスタリーヒンに疑問の声を上げた。
ボリス・ダーチャビッチ・トッカーはこの時55歳、ゼノビア暦1462年にミハエル=ロマノフがロマノフ王朝を立てた時に協力した大貴族の末裔で、比較的大柄な体格と丸みを帯びた顔の輪郭は先祖の遺伝だった。
「スタリーヒン元帥閣下、我がロシア帝国軍に対して、キエフ公国軍の総数はいかほどになるのでしょうか?」
「我がロシア帝国軍12万人に対し、キエフ公国軍の正規兵は10万人程かと、数の程ではわが軍が若干上回ります」
「しかし、キエフ公国軍は正規兵だけでなく、国境警備隊、アゾフ連隊など、所謂、民兵の軍事力も否定できないではないですか?」
「それは確かにそうです、ですから、その場合は軍を増派するか、キエフ公国の東部、南部だけを集中的に占領する戦術に変えます」
そして、イゾルデは地図にあるキエフ公国の南の海、黒海にも目を向けた。
「スタリーヒン元帥、ロシア帝国海軍の方の軍備はどうなっているのか?」
「はい、黒海には我がロシア帝国の軍艦が11隻配置しております。海戦の準備もできております」
「うむ、歴史的に見て、我がロシア帝国の海軍はそれ程強くないが、それでも、キエフ公国軍に黒海の制海権を取られては戦いの趨勢が左右してしまうからな」
ここで、イゾルデはスタリーヒン元帥とトッカー首相に視線を向けた。
「ふん、あのキエフ公国を率いるのはコサック出身でお笑い芸人上がりのスチェパン・ラージンだ、大した抵抗など出来ないだろう」
イゾルデは会議室から見える窓から降る雪を一瞥したが、キエフ公国の君主であるスチェパン・チモフェヴィッチ・ラージンの戦力に対し、高を括っていた。
そして、イゾルデは大蔵大臣であるウィッテに声を掛けた。
「ウィッテ蔵相、今回の戦いによる戦費の増大はどうやって対処するつもりかね?」
「はっ、女帝陛下、第一には我が国とネルチンスク条約やキャフタ条約を締結している清朝に支援を求め、第二の方策として、国内外で国債を発行する手立てを取ります。それに、国内の物価高にはいざという時はデノミ政策を取ります」
この時、セルゲイ・ユーリヴィチ・ウィッテは58歳。ギリシア正教の理念に基づく大学を卒業し、31歳で国会の議員となり、8年前からこのロシア帝国の蔵相を務めていた。
「あいわかった、ではクラシコヴァ外相」
「はい、何ですか?女帝陛下?」
「卿にやってもらいたいことは、この戦争におそらく反対すると思われる西欧諸国が、我が国に経済制裁をすれば、我が国は対抗措置として石油や天然ガスの供給の停止を考えると伝えてくるのだ」
「はい・・・」
イゾルデの話は続いた。
「それに、現在神聖ローマ帝国で行われている内戦はスウェーデン王国やスペイン王国を巻き込んだ国際戦争となっている筈・・・、自分たちの行う戦争は肯定して、他国の行う戦争は否定するのか?とも伝えよ」
「はい、わかりました・・・」
アリーナ・セルゲイヴナ・クラシコヴァはこの時、40歳。モスクワ大学法学部時代に外交官試験に落第してからは、その長身とグラマーな体格を生かし女優業をしていたが、30歳の時の結婚を機に政界に進出、1年前に外務大臣に抜擢されたが、内心はスタリーヒンと同じで、キエフ公国との戦争には反対していた。
それから、最後にイゾルデは内務大臣のレオニート・チムーロヴィチ・マニロフの方を向いた。
「マニロフ内務大臣、卿には・・・」
イゾルデは一息置いて言った。
「国内でこの戦争、いや、特別軍事作戦に反対する意志を公共の場で発表したりする者たちがいれば、即座に警察や特別高等警察を使って逮捕させよ」
「わかりました。もうすぐ国会では大衆に反戦や虚偽の情報をマスメディアを使って流布させた者は最低懲役15年、もしくは罰金50万ルーブルを科すという法律の制定を急いでいます」
「うむ、よろしく頼むぞ」
レオニート・チムーロヴィチ・マニロフはこの時42歳、父親は小学校教諭から政界に進出した実力者で、右肩に龍の刺青をしていた。ちなみにマニロフの弟はサンクトペテルブルクの芸術楽団で舞台俳優をしていた。
トッカーがイゾルデの方を向いて言った。
「それでは、今日のところの軍事会議は散会ということで宜しいのでしょうか?」
「うむ、各自各々の任務に取り掛かってくれ。以上」
・・・ゼノビア暦1582年、リトアニア=ポーランド共和国の都市ブレストに生まれ、かつては眉目秀麗の神童とよばれ、周囲からはかの15世紀に生まれた同国の天文学者、ニコラウス・コペルニクスの再来と呼ばれたその少年は、そのゼノビア暦1605年、ポーランドのクラクフ大学工学部電気工学科を首席で卒業し、同大学院修士課程修了後、自らの祖国分割の悲劇に面したこの青年は、そのロシア帝国・ロマノフ王朝の女帝であるソニア・イゾルデ・ロマノフ[ロマノーヴァ]に忠誠を誓い、順調な「技術士官」として、ロシア帝国陸軍に兵籍を置いていた43歳を過ぎたヴァレリー・エル・ルシードはこのロシア帝国帝都サンクトペテルブルクが極夜の季節をあるカフェのある家の屋根裏にその姿を隠していた。
なぜなら、実はこの男、去年11月[ゼノビア暦1625年]訳あってこのサンクトペテルブルクのとあるアパートに転居したものの、実は、今まで住んでいたアパートの隣部屋の鍵をアパート入口のキーボックスから取り出し、勝手に隣部屋を「自分自身の物置」として利用していたのがアパートの管理会社にばれてしまい、管理会社から現在の自身の収入では払いきれないような多額の金額が請求され、慌てて着の身着のまま、この35歳の若き数学者、クララ・スヴェトラーナ・スプツニカヤの経営する小さなカフェに逃げ込んで来たのである。
そのルシードがスプツニカヤの経営するカフェに逃げ込んだのだが、このスプツニカヤは数学の計算だけでなく、お店の経営的計算にも非常に優れていた。
それ故、このスプツニカヤはルシードに対し、「居候」の身分とわかっていたので、そのカフェの建物の屋根裏を彼に貸したのだが、このサンクトペテルブルクは「冬至」の頃になると、屋根裏には満足な暖房もなく、かなり寒がりのルシードはその体をブルブルと震わせていた。
しかも、この居候のルシードに、店にやって来る理系志望の大学受験生や、理数系好きのマニアたちに数学や物理の質問の相手をさせ、尚且つ、このルシードがスプツニカヤからすると、一見、「性同一性障害者」を思わせる容貌だったので、自らが開発した「男性でも生理の痛さ・辛さを体験できるマシーン」の実験台にほぼ毎日、モルモットにさせられていた。
そして、その「仕事」をすることを条件に、このカフェの屋根裏部屋をスプツニカヤはルシードに「ほぼタダで」貸していたが、季節がサンクトペテルブルクで最も寒くなるこの1月下旬の時期に、そのスプツニカヤに自分がここに来た「本当の理由」を彼女に話し、一緒に連れてきた愛犬、「アエリア」と共にそろそろ「お暇」をしようとしていた。
それから、朝の8時00分、このカフェのミストレス、スプツニカヤがトレイに二人分のコーヒーカップ、トーストの載った皿、それに、サラダ、ゆで卵を載せて階段を上って来た。
「ヴァレリー、ヴァレリー、Wake You Up!」
「・・・・・・・・・・・・」
ベッド上の布団を卵の殻に例えると、その中身のひよこはまだ、その親鳥に対して孵化を拒絶していた。
「どうしても起きないつもりですね・・・」
意を決したスプツニカヤはルシードが寝ているそのベッド上でルシードの頭部があると思われる箇所へめがけ、ホットコーヒーが入っているコーヒーメーカーのポットをそのまま傾け、ルシードに熱く黒い液体を注いだ。
「アッチチチ・・・」
ルシードは熱さのあまりベッドの上を1メートル程高跳びしたのであった。
「スプツニカヤさん、一体何するんですか?」
「ヴァレリー、いつまで寝ているつもりですか?もう朝の8時を過ぎましたよ」
「だって、スプツニカヤさんは僕がこの寒さを苦手にしていることを分かっているでしょう・・・」
「それはわかっています。でも取り敢えず、一緒に朝食を食べましょう」
ルシードは8歳も年下の女の名前に「さん」付けして呼んでいた。勿論、これは、自分の住処を廉価で貸してくれた「恩義」の為であるけれども・・・。
そして、スプツニカヤ、彼女の方も、ルシードを彼のファーストネームで呼んでいることでもわかるように、第三者がこの二人の会話を聞けば、宛も、「恋仲」であると勘違いしてしまうかもしれなった。
この二人が食事をしながら、理系的な会話を始める。
「スプツニカヤさん、さすがは数学者ですね。トーストの上にアルミホイルを載せてインテグラルやシグマの記号をデザインするなんてね・・・」
「そうでもないです、今度は、関数のカージオイド[ハート形]やアステロイド[星形]で作ろうかと、それより、ヴァレリー、あなた、どうして高緯度の地域で白夜や極夜が起きるのか説明できますか?」
「・・・勿論、説明できますよ」
スプツニカヤの作ってくれたゆで卵を一口入れて、この部屋にある地球儀とLEDの電球を取り出し、部屋の照明を消した。
「・・・地球っていう球体は球の中心軸が垂直線から23.5度右へずれています」
そして、ルシードはLEDの電球を付けて少し右に傾けた地球儀を回転させ始めた。
「・・・つまり、地球の北半球が夏の位置の時、地球が自転しても太陽の光が1日中高緯度の地域には当たるんですよ、反対にこの時、南極は一日中、光が当たりません・・・、だから、白夜と極夜ができるのです」
「素晴らしい・・・、正解です」
スプツニカヤは拍手して答えた。
そして、彼女はルシードへその褒美にと言わんばかりに、部屋の照明を再びつけて、この彼の部屋のノート型パソコンの電源スイッチを押して起動させた。
「では、ヴァレリー、これは私からあなたへの褒美です。あなたは技術者であり、軍人です。もしも、あなたが大軍を率いて戦った場合、戦場で心強い仲間となるか、はたまた雌雄を決する程の敵将となる可能性のある人物たちをこのパソコンでリストアップしてみましょう」
「・・・・・・・・・・・・」
それに対し、ルシードは何も言わず、ミルクと少しグラニュー糖の入ったコーヒーを口に入れた。
「まずは、我が国、ロシア帝国は、女帝であるイゾルデ陛下や国会の首相たるトッカー首相も、当然、軍事的才能が無いわけありませんが、やはり、このロシア帝国随一の将軍と言えば、アレクサンドル・ヴァシリエヴィチ・スヴォーロフ上級大将です。確かに、スタリーヒン元帥もいますが、今あなたより少し上の40代後半で、今までの戦いで負けをしらない彼は、このままいけば50代前半で元帥の後を継ぎ、「大元帥」となれるかもしれません」
「そのスヴォーロフ上級大将、確か、自分より若いスペイン人モデルと結婚して、2人の子供を持ちましたね・・・」
ルシードは存外、スポーツ新聞の記事などで有名人のゴシップを気にするタイプであった。
そして、スプツニカヤはロシア帝国の南西にあるキエフ公国のサイトにパソコンの画面を変えた。
「そして、キエフ公国のスチェパン・チモフェヴィッチ・ラージン大公にはヤロスラーブ・オレクサンドロヴィッチ・コヴァーリ将軍やイゴール・ミハイロビッチ・カラムジン大佐がいます」
「・・・・・・・・・・・・・」
ルシードは心中で、そのキエフ公国の将校たちと血で血を洗う戦いをすることになるのか?と考えると、彼はスプツニカヤの指摘には無言だった。
次に、ルシードの右手の人差し指は部屋にある地球儀の「神聖ローマ帝国」つまり、ドイツを指した。
「スプツニカヤさん、このドイツはベーメンで1618年から始まった宗教戦争は8年の月日が経っても、未だ停戦合意がなされていないね・・・」
ルシードの短い問いにスプツニカヤは
「現在、フランス王国、スウェーデン王国に今まで支援されていたプロテスタント側のミネルヴァ・フォン・イシュタール司令官との間に色々とすきま風が吹き始めている模様、もしかしたら、この両者は同盟強化ではなく、対立激化へと向かっているのかもしれません・・・」
と、怜悧に答えた。
「へぇ・・・」
しかしここで、スプツニカヤがルシードに「他人の心配」ともとれる話題を振った。
「ヴァレリー、この話は我が国の情勢や神聖ローマ帝国での戦乱とは無関係ですが、私はあのSTAP細胞事件の後、自らの上司殺害の嫌疑を掛けられて、現在、イングランド共和国のロンドン塔に投獄された1人の女性の動向を気にしているのです」
暫く黙った後、ルシードは頷いて答えた。
「その人の名は確かケイト・ノエル・ラングレーさんですよね」
「ええ・・・」
「スプツニカヤさんはどうしてその人の心配をするんですか?」
ルシードの短い問いに対し、スプツニカヤはこう答えた。
「私も理系女子ですが、女性でノーベル賞を受賞した人は殆どいません。私としては彼女に誰か救いの手が入ってくれることを期待します」
「・・・そうですか、僕の方は女帝陛下がクリミア半島から更にロシア帝国の領土を拡大させようとしている方が気になりますが」
この後、ルシードは黙って、確か、あのリシュリューさんがそのラングレー保釈の為に色々動いていると、風の噂で聞いたことを思い出した。しかし、リシュリューさんはあのリセ時代、理数系科目の成績は決して良くなかったはずだ・・・、その人が一体何故、ラングレーの保釈の為に心血を注ごうとしているのか?ルシードにはわからないことが多すぎた。
そう沈思した後、ルシードはかつて、イングランド共和国のリージェンツパークにて、ハンス・アルトゥール・ウィンザルフとミネルヴァ・フォン・イシュタールのことで会話したことも思い出したが、そんなことは自分にはどうでもいいことと、この朝食の最後に残ったサラダとコーヒーを平らげ、スプツニカヤにこう言った。
「スプツニカヤさん、僕らちょっと、会話が長すぎました。もう朝の9時30分です。あと30分でここのカフェのお客さんが来ますよ」
「これはうかつでした。すぐに開店の準備をしないと」
二人はすぐに着替えて、ここのカフェの開店準備をした。
「だからぁ、この漸化式はまず、特性方程式の解き方を理解して・・・」
ルシードがお昼の時間、このカフェに姉妹で来た制服の女子高生の1人に漸化式の解き方を説明した。
すると、もう1人の女子大生がルシードに対して、
「あの・・・、この微分係数の分母と分子にある[h]の概念がわかんないんですけどぉ・・・」
「あぁ・・・、はいはい」
やはり、どの国でも若年層の「理科離れ」が深刻なため、ロシア帝国の文部省も進んで中高生たちに「理系進学」を奨励しており、「理系女子」などという言葉が昨今はやり始めていたが、如何せん、やはり、女子は理数系に対し、「下手の横好き」になることが多かった。
しかし、ここで、ノースリーブのブラウス、ミニスカート、そしてヒールを履いたスプツニカヤがこの3人に話しかけた。
「さぁ、今からお昼のランチタイムのサービス時間です。今日は皆さんに私の新曲、[You are only sandwich theorem ]をお送りします」
と、彼らに話して、そのまま電子オルガンの前の椅子に座った。
この時、ルシードの愛犬、ロムルスは主人が与えたドックフードに食らいついた。
しかし、スプツニカヤが歌い始めると間もなく、そこに、1人の身長190センチはあろうかと思われる30代前半の若い男がこのスプツニカヤの経営するカフェに入って来たのである。
この偉丈夫は若い男女2人を伴っていた。
「あ、いたいた。探しましたよ、ルシード准将閣下」
「ゲッ!カミンスキー、何でこんなところに」
「閣下の居場所を教えてくれたんですよ。そちらのミストレスが」
「スプツニカヤさん・・・」
この時のルシードの表情はやや諦め気味だった、何しろ、このジグムント・カミンスキーは、ヴァレリー・エル・ルシードより11歳程若かったが、ルシードの方が「技術面」で忙しいので、「軍事面」にて自らの半身的存在として、「ロシア帝国軍少佐兼ルシードの副官」として辣腕を振っていたからだ。
「もうそろそろ、あなたの居候生活にもピリオドを打たないといけないと思いましてね・・・」
それは確かに正論だと、ルシードは思った。が、しかし、彼はそのカミンスキーの連れてきた女に少し不快な表情を浮かべた。
その女の名はルフィーナ・イヴァノヴナ・コロチナ。実は、このヴァレリー・エル・ルシードはロシア帝国陸軍で軍人であると同時に、中堅技術者を養成する学校の非常勤講師を務めていたので、ルフィーナとは理系の教科で授業を教授する仲であったのだ。
しかし、このルフィーナは、小柄で可愛らしい外見を利用して、理系学生の世界ではタブー視された、「アダルトビデオ」の業界に進出したことは、悪いことで有名になった訳ではないので、評価する男子学生[中には教官にも]いるにはいたが、ルシードはその件でこのルフィーナの行動に眉を顰めていたのであった。
「久しぶりですね、ルシード先生」
「・・・そうだな、久しぶりだよな、コロチナ」
ルフィーナの声にルシードは不機嫌に返答した。
それでも、スプツニカヤはこの3人に快く飲み物を出した。
カミンスキーの連れてきたもう一人の男はきちんと整髪し、歳はルフィーナより5歳程年上である27,8歳ぐらいの「いかにも今どきの若者」といったような風采だったが、その右手には大事そうに封筒に入った一通の書面を持っていた。
男の名はダヴィット・アントノーヴィッチ・グリーシン。現在、ロシア帝国軍務省で中尉を務めている。
「ルシード准将閣下、女帝陛下の勅名を持ってきて参りました。陛下は今回、ロシア帝国軍がキエフ公国を侵攻する際、首都であるキーウの包囲の為に2万の軍を引率せよとの仰せであります」
それを聞いたルシードは難色を示した。
「女帝陛下は本気でキエフ公国に攻め入るつもりなのですか?」
年下のグリーシンに対し、直接的な部下ではなかったので、ルシードは彼に対し比較的優しい言葉遣いだった。
しかし、グリーシンは、
「ええ、スヴォーロフ上級大将、ゲラシモフ中将、コレスニコフ少将らはすでに兵士の訓練に取り掛かっています」
と、ルシードに説明した。
「・・・・・・・・・・・・」
グリーシンにそう言われて、ルシードの方は覚悟を決めたようであった。
「わかった。それじゃ、キエフ公国の首都キーウを包囲する作戦をここで練ることにするよ・・・」
しかし、この時、2人の女子大生と女子高生姉妹の姉の方がこの場にいる者たちへ別れの言葉を掛けた。
「あの、私たち、何かお邪魔のようで、ここで帰らせて頂きます・・・」
「そうか・・・、まぁ、今日は仕方ないね。また、時間のある時来なよ」
「はい・・・」
「ではこの私も失礼致します」
その姉妹のうち、姉の方は幾らかルシードのその返事に小さな声で返事をしたのに対し、妹の方は慇懃に彼に挨拶して別れた。
ここで、比較的寡黙なカミンスキーが上官に問いかけた。
「しかし、閣下、閣下は何故、2ヶ月もの間姿を晦ましたのですか?」
ルシードが答えにくそうに言う。
「それはな、訊きにくいことだが、カミンスキー、今回の戦いにロシア帝国の「正義」や「大義」はあると思うか?」
それに対し、カミンスキーは冷然と答えた。
「失礼ですが、准将閣下、我々は軍人であり、国家や君主が戦いを望んだ以上、戦地に赴くのは当然の義務だと思います」
グリーシンも相槌を打った。
「ああ、だから、閣下は反戦の意味を含めて、この2ヶ月、公の場から姿を消した訳ですね。ただ、私もカミンスキー少佐の言うことは正論だと思います」
ルシードはその2人に嗾けられ、遂に、キーウ包囲戦の軍議を始めた。
「わかった、それじゃ、キーウを包囲する作戦をここで練るとしよう」
このルシードの返答を聞いたスプツニカヤは嬉しそうに彼にこう言った。
「ヴァレリー、これでやっとあなたらしい仕事をしてくれそうですね、これはほんのご褒美です」
と言って、スプツニカヤはルシードに高級ウオッカで作ったソルティドックを差し出した。
そして、ルシードにそう言われて、グリーシンは持ってきたキエフ公国の首都、キーウの地図をこのカフェのテーブルに広げた。
ルシードがまず、第一声を上げた。
「このキーウという都市はドニプロ川という大きな河川で二分されている。そして、わが軍の目的は直接キーウを陥落させ、ラージン大公の首級を上げることが目的ではない、だから・・・」
ルシードは一息置いた。
「今回、ロシア帝国軍から与えられた兵2万を3分割し、陣形は鶴翼の陣とする。僕がドニプロ地区、そして、カミンスキーがオボローニ地区から兵を駐屯させる。そして残るホロシーイウ地区の指揮は・・・」
ここでスプツニカヤが右手を上げた。
「では、私がホロシーイウ地区の兵を指揮します。私がロシア帝国軍軍務省に交渉し、兵士1000人を増派すれば、ヴァレリーとカミンスキー少佐、そして、私、きれいに7000人づつ兵を率いることができます」
その後、ルフィーナがこの軍議に容喙を始めた。
「あの、私は何をすれば良いのですか?」
ルシードがまた不機嫌そうに答えた。
「コロチナ・・・、君はキーウで敵軍であるキエフ公国軍の情報収集でもしててくれ、無論、報酬は払うから・・・」
「わかりました、ルシード先生」
グリーシンがルシードの方を向いた。
「ルシード准将閣下、私は何をすればいいのですか?」
「グリーシン中尉、卿にはカミンスキーが軍を指揮する代わりに僕の下で副官を務めて欲しい」
「わかりました、准将閣下」
ルシードがこの軍議を総括しようとした。
「だから、僕とカミンスキー、そしてスプツニカヤさんが率いる部隊はキーウの大公宮殿を三方向から取り囲み、キーウの守備兵を兵糧攻め、及び、キエフ公国東部、南部との連絡を遮断する。そして、スヴォーロフ上級大将やゲラシモフ中将がキエフ公国の東部・南部地域を制圧することを待つんだ」
「了解しました」
「閣下の仰せの通りに」
カミンスキーとグリーシンがそれぞれ、上官の指示に従うと、ここに至って、スプツニカヤがこの「軍議」を締めようとした。
「さあ、皆さん、この軍議もたけなわになりましたので、それぞれの任務に就かれた方が宜しいかと思われます」
ここで、ルシードがスプツニカヤに最後の依頼をした。
「スプツニカヤさん、明日から僕はこのサンクトペテルブルクの官舎に戻りますが、最後の頼みとして今夜だけここに泊まらせてください、お願いします」
スプツニカヤは仕方がないと言った表情だった。
「しょうがないですね、今夜だけですよ」
ここで、カミンスキーも、スプツニカヤに嘆願した。
「すみませんが、ミストレス、この私も今夜だけここに泊めて頂きたいのです」
「何ですか?あなた?もしかしたらこのヴァレリーと差しで何か話したいみたいですね・・・」
カミンスキーの依頼もスプツニカヤはやむを得ず承諾した。
そして、残る2人、ルフィーナは一足先にキエフ公国に向かい、グリーシンは一旦、帝都サンクトペテルブルクの軍務省に戻ったのであった。
その日の夜、スプツニカヤの経営するカフェにて、カミンスキーが、
「閣下、お話しがあります」
と言ったが、しかし、カフェのテーブルで手紙を書いているルシードの方は、
「カミンスキーか、夜も遅いのにご苦労なことだな、スプツニカヤさん、どうかこいつに、ジン・トニックでも、カフェラテでも、カプチーノでも、好きな飲み物と、ホットドッグとか、何か軽食を出してやってください」
「ええ・・・、わかりました」
そう言って、ルシードはスプツニカヤに飲み物と食べ物を出させたのであった。
しかし、その出された飲み物や軽食には手を付けずに、カミンスキーが問いかけた。
「准将閣下、今日の昼間の軍議のことに関してですが・・・」
「何が言いたい?カミンスキー?」
ルシードはカミンスキーにそう言いながら、半分は言わなくてもわかっている感じだった。それゆえ、ルシードが先に発言した。
「カミンスキー、お前が懸念しているのは、今回の戦いでの自国の兵士たちの士気の低さだろう」
「はい・・・、それに関しては、スヴォーロフ上級大将、ゲラシモフ中将、コレスニコフ少将も苦慮していると聞きました」
「まぁ、ロシア帝国とキエフ公国の主要民族は同じスラブ民族が多いし、両国の配偶者同士での婚姻が成立している例もかなりある」
「閣下はどうされるつもりですか?」
「・・・とりあえず、ラージン大公は自らの為政に反抗する者は、釜茹で、ファラリスの雄牛で焼き殺して、おまけに宮殿の後宮には東西ヨーロッパ、中央アジアから集めた美女を寵姫にしていると・・・、そういう流言蜚語を飛ばすことにする」
「そんなことで兵士たちの士気は上がりますかね?」
「おそらくそんなことはないと思う」
ルシードはスプツニカヤが出してくれたカフェオレを一口含んだ。それから、カミンスキーを一瞥してから彼に訊いた。
「カミンスキー、女帝陛下はおそらくこの度始まるキエフ公国との戦いの大義をロシア帝国臣民にどうやって説明すると思う?」
「それは、詳しくは知りません・・・」
緊張感が喉を渇かしたのか?カミンスキーはそう答えた後、スプツニカヤが出したカプチーノを一口入れた。
ルシードが手紙を書いていたペンを置いてカミンスキーに説明した。
「僕も政治家ではないから、詳しいことをお前に説明できないが、十数年前に建国されたアメリカ合衆国が中心となって、3年前にイングランド共和国やフランス王国、スペイン王国、ポルトガル王国、スウェーデン王国などの国々との間に軍事同盟を結んだ」
「はい・・・」
ルシードの話は続いた。
「この軍事同盟を環大西洋安全保障憲章という。実は、現在内戦が行われている神聖ローマ帝国の皇帝もこの内戦が終わったら、この軍事同盟に入りたいと言っている。キエフ公国のラージン大公も然り、つまり・・・」
ルシードが話をまとめた。
「女帝陛下はロシア帝国の君主として、アメリカ合衆国を中心とするこの環大西洋安全保障憲章の拡大を恐れているのさ」
カミンスキーがルシードの説明に納得したようであった。
「そうですか、それが今回、ロシア帝国がキエフ公国と戦う本音なのですね」
「そういうことだ」
ここで、カミンスキーは少し話題を変えた。
「ところで、閣下の教え子のコロチナさん、単独でキーウに向かわせて大丈夫なんでしょうか?」
「心配いらんよ、あいつはああ見えて結構、強かな女だからな」
「ですが・・・」
カミンスキーの老婆心とも思える心配に対し、ルシードは妙な詮索をする。
「何か?カミンスキー?まさかああいう女を従軍慰安婦に連れていきたいというのか?」
「ま、まさか、そんなことは・・・」
強く否定するカミンスキーに対し、ルシードは、
「いや、否定しなくてもいいんだぜ、僕だって今、今度の戦いで命を落とす可能性もあると、でもそうならないようになるべく神に祈って欲しいと、僕の母親や元妻に手紙を書いていたところだ。兵士であれ、将校であれ、国家に尽くす面もあれば、個人的な欲求を満たしたい時だってあるさ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
彼がそう言うと、カミンスキーは無言のままだった。
ここで、スプツニカヤが2人の会話を制止させようとした。
「お二人共、議論は尽きないと思いますが、もう夜も更けています。ヴァレリーは早く手紙を書き終えて、カミンスキー少佐は早く床に就いた方が良いと思います」
「そうですね、ではそうしましょう」
ルシードが手紙を書くスピードを速めた。
そのルシードとカミンスキーのこの度の戦いおける話合いのあった日の翌朝―――、
ルシードがスプツニカヤに別れを告げる。
「スプツニカヤさん、色々と世話になりました。これからは軍人としても、技術者としても、より一層努力するつもりです。そして、ここにいるカミンスキーと共に今回の戦いに赴きます」
「では、再び、キーウでお会いしましょう。ミストレス」
そう言って、カミンスキーはスプツニカヤに一礼をした。
それに対し、スプツニカヤは、
「ヴァレリー、あなた程の人であれば、今回、私のカフェに暫くの間、身を隠したのは、逃避ではなく療養であったと思います。私の方も今度の戦いに参戦できるかわかりませんが、取り敢えずここで、あなた方のご武運を祈らせて頂きます」
「それじゃ、キエフ公国軍と勇敢に戦ってきます」
ルシードとスプツニカヤは「恋人同士」ではないので、2人は固い握手をして別れた。
スプツニカヤの経営するカフェを後にしたルシードとカミンスキーが朝日を背に個人的な会話を始めた。
「なあ、カミンスキー、君は女と同棲の経験があるか?」
「いえ、まだありませんが」
カミンスキーの短い応答に、ルシードは、
「男とは勝手な生き物だな。自分がピンチの時は力のある女と一緒にいたがるのに、いざ、そのピンチを脱すると、今度は自分より弱い女を守りたがる傾向にある」
そう言って、ルシードは自分のエゴイズムを肯定した。
「そうですか、僕は自分の信頼できる女が現れれば、その人を一生、大切にしていきたいと思いますが」
「そうか、卿はその顔と体格通りの真面目な人となりだな・・・」
しかし、ルシードはこのプライベートな会話を止め、急に軍事的な会話を歩きながら始めた。
「グリーシン中尉の引率する兵の出身、年齢層はどうなっている?」
「グリーシン中尉に訊いたところ、兵士たちの出身地はシベリア、中央アジア、あるいはモスクワ、そして、中東など様々です。兵士たちの年齢層は20代、30代が中心ですが、中には高等学校を卒業したての少年兵もいます」
「そうか、それならば、我々の戦術力・戦略力が試されるな・・・」
ここで、カミンスキーは自らの上官に話題を変えるようなことを言った。
「ところで、閣下、閣下はチェスをやりますか?」
「うーん、残念ながらチェスはあまりする方ではないな」
「私、結構、チェスが得意なんですよ、機会があったら今度一局、お手合わせできませんか?」
「ああいいよ、勿論、何なら、少しくらいの小遣い、賭けようか?」
ここで、ルシードはカミンスキーの腰に帯びている剣の柄が赤い紐で刺繍されていることに気が付いた。
「あっ、カミンスキー、今気が付いたが、お前の剣の柄は真紅の色を帯びているのだな」
カミンスキーは頷いてルシードに答えた。
「はい、赤は血の色ですから、剣を抜く時は血が流れることを自分なりに覚悟させているのです」
「ふーむ、そうか・・・」
そうカミンスキーに答えるルシードの右手のアタッシュケースの中には愛用するノート型のパーソナルコンピューターが入っていた。
それから、そのルシードとカミンスキーがスプツニカヤと別れた数日後、キエフ公国の首都キーウの夜にて、
ルシードが忌み嫌うルフィーナ・イヴァノヴナ・コロチナが氷点下マイナス10度の中、ロングコートにミニスカート、ロングブーツという出で立ちで、キエフ公国の首都キーウの歓楽街があるダルニツヤ区にて、若いキエフ公国軍の兵士と思われる男に声を掛けた。
「ねぇ、キエフ公国軍のお兄さん、私とちょっと遊ばない?2時間1万2000グリヴナにしておくから」
「・・・・・・・・・・・・・」
その若い兵士は暫く考えてから、ルフィーナに話しかけた。
「いいよ、それじゃ、一緒にホテルに行こうか?」
2人はキーウの厳寒の中、逢瀬を楽しもうとしていた。
「ねえ、あなた、名前は何て言うの?私にこんな変態プレイをさせるなんて、相当な好きモノね」
この時、ベッドの上でルフィーナは下着姿に両手を上げさせられた上に縛られ、目隠しをされ、その柔らかな肢体を露出していた。
「俺の名前はキール・ドナートヴィッチ・スーホフだ。一応、これでも、キエフ公国軍では軍曹なんだぜ」
「ふーん、そうなの、それじゃこんなプレイを楽しむところは部下の兵士たちに見せられないわね」
その後、2人は悦楽の限りを楽しむことになったが、それが終わると、ルフィーナはスーホフに色々と訊いてきた。
ルフィーナが座っている椅子からベッド上で半裸で寝そべっているスーホフの方を向いた。
「あなたにちょっと訊きたいんだけど、もしも、このキーウがロシア帝国軍に攻められたら、誰がここを防衛するの?」
「このキーウを守るのはヤロスラーブ・オレクサンドヴィッチ・コヴァーリ将軍だよ。何せ、ラージン大公の信頼が最も篤いからな」
「ラージン大公は西欧諸国に支援を求めるかしら?」
「そりゃそうだろ、まともにキエフ公国軍がロシア帝国軍と戦ったら、勝ち目は薄い。だけど、ここは俺たちウクライナ人の土地だ、イゾルデが何と言おうとも、俺たちはこの土地を死守するぜ」
「そう・・・、じゃあ、ウクライナ人の愛国心はロシア人の想像以上なのね」
「当たり前だ、ところで、お前、ロシア人なのか?」
「・・・いや、違うわ、私はリトアニア=ポーランド共和国の生まれよ」
ルフィーナは慌てて自らの出自を隠すと、そのスーホフから1万2000グリヴナを受け取った後、翌日には今まで数人のウクライナ人から聞いた情報をルシードにノートパソコンのメールで送信した。