2番の女王
Mはルーレットの球を右手の指で挟みながら、ホイールをゆっくりトントンと軽く叩き反時計周りに回し、球は時計回りに回す。球が落ちた所のピンの場所をテーブルの数字のます目の周りに球が落ちるたびにチップを1枚ずつ置いていった。その作業をMはひたすら繰り返し行っていた。Mがディーラーとして働いているハウスは24時間営業で3交代制である。ハウスの規模としては同業他社の店舗と比べると規模が大きいハウスで支店もある。ディーラーは50人以上いる。ブラックジャックのテーブルが5台、小バカラのテーブルが2台、大バカラのテーブルが3台あり5人のお客さんがいた。ルーレットは5台あり、ポーカーのテーブルも3台あった。平日の昼間なので、今お客はブラックジャックのテーブルの3人と、大バカラもゲームが進んでいる。店内には微かに大人しい音楽が流れている。これがないと店内ではささやき声も煩く聞こえる。
来客を告げるチャイムが鳴ったので見ると社長だった。
「社長おはようございます」
「おはようM。そうか、今日からこっちの店舗に帰ってくるんだったな」
「はい、そうです」
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
「散っているな」
社長はMがテーブルに置いたチップを見ると言った。
「散っています」
とMも言った。
二人で話しているとチャイムが店内に響き濃紺のスーツを着た30歳位のボブカットの女性が来店した。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
スタッフ全員が言う。
「2番の女王がお見えになった」
社長はそう言うとロフト状になっているフロアーへ昇って行った。そこにはソファーがあり、スタッフのロッカールームと数台のデジタルゲーム機も置いてある。お客さんもスタッフも休憩などに使う多目的なスペースとなっている。
女性は迷わずチェックカウンターまで行くと、バックの中から帯の付いた札束を5つスタッフに渡した。受け取ったスタッフは札束の帯を切り紙幣計数機ですぐに計数された。スタッフはやや小ぶりのバスケットに1枚50万円の板状の高額チップを10枚入れた。
女性はMのいる台に向かって来たので、テーブルに先ほどまで置いていたチップを手早く片付けて、女性がテーブルに着くとフロアスタッフの女性が温かいおしぼりを渡し、お飲み物を訊いた。
「レミーマルタン13世はあったかしら?」
「はい、ございます」
「ストレートでお願いね、おつまみはいらないわ」
2番の女王は、おしぼりで手をふきながら言った。
「かしこまりました」
ハウスでは飲食、タバコなどをすべて無料で提供している。
スタッフは女性に一礼し飲み物を取りに行ったが、すぐに飲み物を持って来ると場が落ち着いた。
「どうぞよろしく」
「初めまして、どうぞよろしくお願いします。それではゲームを始めさせていただきますがよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわ」
女性はそう言うと微笑みを浮かべた
Mはホイールをゆっくり回し球を投げてベルを一回鳴らしベットを促した。ラスベガスなどのようにディーラーが球を投げる前に先にチップをベットすることはまずないが、もちろん投球前にチップをベットしてもいい事になっている。ただ、投球前にベットするより、球のスピードが緩んでからベットしたほうが得である。回転している数字がよく見えるようにホイールの回転もゆっくりなのだから。
Mが勤めるハウスのルーレットはアメリカンスタイルを採用している。
女性は2番のます目の中央に高額の板状の50万円のチップを躊躇することなく2枚置いた。回転していた球の速度が緩んだのでノーモアベットと言いベルを2度鳴らした。ほどなく球が落ちて18番のポケットに入った。失礼しますと言い賭けられていたチップを回収した。ゲームは続き球を投げた。すると女性は2番に今度は3枚の1目賭けをした。Mは先ほどの社長の言葉を思い出しなるほどと心の中でつぶやいた。Mはホイールに目を移し様子を見たが2番には入りそうもなかった。他にルーレットのお客はいないから、ノーモアベットとは言う必要もないのでベルだけ2度鳴らした。球が落ちた今度は35番だったので失礼しますと言ってチップを回収した。
ゲーム開始わずか5分足らずで女性の250万円が消えたが、女性は顔色も変えずにグラスを傾けている。
第3球目右手でホイールを軽くトントンと叩きゆっくりと回し、球を投げると女性はためらいもせずに2番に今度は5枚1目賭けして飲み物を口にしてホイールを見ている。ホイールを見ていたMは今度は入るかもしれないとわずかに期待した。
Mの勤めるハウスではお客を殺すようなことはしない。生物学的の殺すではもちろんなく、細く長くのお付き合いをハウスの総意としている。ハウスはお客の一人一人の勝ち負けなどは考えなくてもいい。これはカジノでなくとも、あらゆるギャンブル全体に言えることだ。胴元はお客が賭けているだけで儲かる仕組みが出来上がっているのだから。
回転していた球の速度が緩みベルを鳴らした。球は落ちたが2番には入らなかった。女性はチップがなくななった。、
「ちょっとまってね」
そう言うとバックを持ってチェックカウンターに向かった。バックから帯の付いた100万円の札束を5つスタッフに渡すと直ぐに計数され今度は女性が1枚100万円の高額チップを5枚でいいと言ったのでスタッフはチップをバスケット入れて渡した。
女性はテーブルに戻って来た。
「お待ちどうさま」
そう言いいゲーム再開を促した。
Mはそれでは始めますと言い球を人差し指と中指で挟み回転させた。すると女性は1枚100万円の板状のチップを5枚を2番に1目賭けした。入れば1億8000万円である。Mは何気なくロフトにいる社長を見るとにこやかに笑っていて、ゲームを眺めていた。球が落ちてコロコロと音を立てて転がり25番に入った2番の隣のポケットである。
「あー残念っ」
2番の女王は軽く声を上げて笑った。
次はブラックジャックテーブル。
ディーラーが先ず4組のカードの絵柄の数字がエースからキングまで順番にセットしてあるカードを全て見えるようにカードを滑らせて広げてお客に見せる。それからディーラーがシャッフルしたカードを横にしてカードの上に、一枚の色違いのカードで端がカットされたカードを載せて、希望するお客がその色違いのカードを好きな所に差し込む。その差し込まれたカードの所から分けてカードの山の後ろにしてカードを組み替える。そして、ディーラーがカードシューターに入れる。ディーラーから見て左のお客から一枚ずつディーラーが左手でカードシューターからカードを引き、右手でカードを表にして配る。
お客は思い思いに一枚10万円の円形のカラフルな模様のチップを好きなだけチップを置く。ディーラーから見て、左のお客から順番にカードを配っていく。最後にカードを配り終えるのがディーラーで配られたカードは絵札であったので、ディーラーは絵札の下の二枚目のカードを誰からも見れないように捲ったが、二枚目に配られたカードを見たがエースではなかったようだ。サブディーラーについてるスタッフが黙然として見届ける。
テーブルには3人が座ってゲームを楽しんでいる。一番左の男性に配られたカードの数は15だったので、お客はヒットと言った。次のカードは8だったのでディーラーがバーストと言い失礼しますとチップを回収した。次のお客は絵札が2枚でスプリットと宣言して、前もって賭けていたチップと同額のチップを置いた。ディーラーがカードを配ると一枚目の所はエースが配られたのでナイスブラックジャックとサブディーラーが祝辞を述べてから、賭けたチップの1.5倍をディーラーが配当した。二枚目の所は9だったので20になりステイと言った。最後のお客の女性のカードは最初がエースでで、二枚目がエースだったので、ナイスブラックジャックとディーラーとサブディーラーが祝辞を述べてから、賭けたチップの1.5倍をディーラーが配当した。
最後にディーラーが絵札を右手で軽くつまんで伏せてあるカードを、カードでの角でひっくり返すと二枚目も絵札なので決まった。ディーラーが負けたところにはチップを配当して、勝った所はチップを回収した。引き分けのところはそのままだ。
次のゲームである。お客がチップを賭ける、カードが配られる。お客でも円形のチップを扱いなれている人は20枚のチップを左手で、あるいは右手でチップを二山に分けて分け目に指をやり、手を上にしてチップを弄ぶと一山になる。チップは片手で20枚である。ディーラーは数えないでもチップを集めながら、片手で20枚が判るように、両手で40枚が数えなくても判るように誰でも訓練する。このテクニックが特に役に立つゲームがルーレットである。
カードが配られお客が口々に何か言う人も居る。ただ黙々とゲームを楽しむ方も当然いる。
カードが配り終えるとディーラーに配られた最初のカードがエースだったので、ディーラーがインシュランスと声を出した。その声を聴いても皆強気のお客様で皆そのままに捨て置いた。
ディーラーが二枚目のカードを見ると絵札だったので失礼しますと言い、チップを回収した。嘆くお客もあったがそれも直ぐに落ち着く。サブディーラーは内心思った、今のところディーラーが調子の良いのがよく判る。
次は大バカラのテーブル。
プレイヤー、バンカー、プレイヤー、バンカーとディーラーが声を出しながらカードシューターからカードを引き出しディーラーの目の前にカードを上下2列に並べる。下がバンカーで、上がプレイヤーだ。今は5人のお客がゲームを楽しんでいる。賭けているチップが多いお客の所にディーラーが、左官屋が使うような大きなプラスティックで出来たこてにカードを伏せて乗せてお客の前に配る。
するとお客は何のカードかカードをしぼって確認する。最初にカードをしぼったお客のカードは9だった。二人目のプレイヤーのお客のカードは9だったのでディーラーはナチュラルエイトと宣言した。バンカーに賭けていたお客が嘆きの声を発した。次はバンカーでディーラーは先ほどと同じようにカードをこてに乗せてお客の前にカードをこてから滑らせて配った。一人目のお客は念を入れてカードをしぼったが9だった。バンカーのお客の顔も声もやや華やいだ。二人目のプレイヤーのお客がカードをやや力を入れてしぼったが、カードは絵札だったので、ディーラーはナチュラルナインと言い、バンカーの勝ちが決まった。そして、プレイヤーに賭けていたチップは回収され、バンカーのお客へディーラーの対面に座って居る二人のアシスタントがそれぞれコミッションを差し引いて配当した。バンカーに賭けていたお客は顔をほころばせ、プレイヤーのお客は上品に小さめな声を発して残念がった。
因みに大バカラで使われた6組のカードはお客がしぼるので、カードは使い捨てである。
「お待たせ、待った?」
Ⅿは言った。
「もう遅いよ」
S子は文句を言う。
「ごめんごめん、ポーカーが調子よくって長引いちゃったんだ」
「ポーカー勝ったの?」
「勝ったよ、今日はついてた。社長がゲームに参加したから、すぐにテーブルタップが20万円台になちゃんうんだよね。だから儲けも多くなったんだ。ところでお腹空いてる?」
「あんまりお腹空いてない。Ⅿはどうお腹空いてる?」
「僕もお腹は空いてないんだ。それならスロットやりに行こうよ」
「うんそうしよう。でも私スロットやった事ないんだよね」
「簡単だよ、ただメダルを入れてレバー引くだけだから。後は見てるだけでいいんだ。勝手にリールが停まるから」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
話は決まり2人でスロット専門店に行く事にした。お店に入ると「いらっしゃいませ」と、大声で言われた。清潔で明るい店内には大勢の客がいた。
Ⅿは受付カウンターに向かうと2万円出して、メダルを2カップ店員から受け取り、1カップをS子に渡した。
「このメダル1枚いくらなの?」
「1枚20円の等価交換だから」
「ふーんそうなんだ」
「まずここにメダルを6枚入れて、横にあるレバーをガチャンと引くとリールが回転を始めてすぐに勝手に止まるから。やってみて」
「簡単だね。メダルを入れてレバーを引く」
リールが回り停止するといきなりトリプルBARが揃ってメダルがジャラジャラ出てきた。
「幸先いいな」
「どうなると1番いいの?」
「セブンがセンター、ボトム、トップに揃うのがいいんだけど、その中でもセンターセブンが1番配当がいいんだよ」
「セブンが揃えばいい訳ね」
「そうそう、簡単でしょ。飲み物とって来るけど何がいい?」
「コーラがいい」
「OK」
そう返事をするとⅯはドリンクバーのコーナーに向かって、おしぼりとドリンクを持って帰ってくるとS子に渡した。
「ありがとう」
Ⅿもプレイを始めた。店内のあちこちでガチャンやジャラジャラと音が聞こえる。
「調子はどう?」
「チェリーとかはよく出るけど、最初のBARが出てからは大きいのは来ないわ」
「まあ、気長に行こうよ」
「うん」
その時だった店内のイルミネーションが一斉に輝いた。Mは誰かにセブンが揃った事を知った。どこかなと思って周りを見渡すとS子の台だった。
「やったね、センターセブンだ」
「センターセブン揃っちゃった」
メダルが沢山出ていて喜んでいる。スタッフが直ぐにやって来て、こちらへとS子に声を掛けた。
「何かこちらへって言われたんだけど、何か悪い事したかな?」
「違うよ、メダルが沢山出すぎるので全部は出ないから、現金を直接もらえるんだよ」
「本当に?」
「ほんとほんと。僕も一緒に行くから大丈夫だから」
S子とMはスタッフの後に続きカウンターまで行くと10万円丁寧に数えられて渡された。直ぐに帰るのは悪いと思ったので既に出た残りのメダルを使い切って帰る事にした。
今日は2人ともラッキーデイだった。